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[完結]1-A 第15話 夜の公園 揺れるブランコ 選択の時

 扉をくぐって来たはずが。

 気が付くとハジメは公園のベンチに座っていた。

 だんだんとこの世界に慣れてきたのか、ハジメは特に驚くこともない。努めて冷静に、視線を動かし辺りを見回す。


(……どこだここ? 公園? あーそうだ、ここってあの子に初めて会った時の)


 この公園には覚えがある。彼女と初めて会った時や、螺旋階段を昇る前に訪れた公園だ。

 思えば2度ともに公園を外から眺めるだけだった。こうして公園の中から見る景色は、外から見る景色と違って見える。


(あれだけ色々遠回りして、結局ここに逆戻りか……って雪こんなに降ってたっけ?)


 以前に訪れた時とは違い、公園の中や辺り一帯に雪が積もっていた。白いじゅうたんが敷かれた公園の中で、ハジメは少し思考を巡らせる。


(思えばあの子にに出くわした辺りから、ずーっとせわしなく動き続けたな。色々なことがありすぎて脳ミソがパンクしそうだ)


 ハジメはベンチに座りながら、澄んだ夜空を見上げた。

 その時――ぎい、と。ハジメの耳が軋む金属音を捉える。


「ッ!?」


 音はハジメの真後ろから聞こえてきた。怖気を感じたハジメは、急いでベンチから立ち上がる。飛び起きるように立ち上がり、それから後ろを注視した。

 するとそこには2台のブランコがあった。ハジメから見て左右、横に並んで設置されている。

 右側のブランコには透き通った白色の街灯が当たっている。こちらのブランコはペンキを塗ったばかりのようだ。おそらくこちらが後に追加されたのだろう。

 逆に左側のブランコはさびびが目立つ。ブランコに当たる街灯も寿命が近いのか、チカチカと点滅していて頼りない。見ているだけで不安になってくる。

 そんな左側のブランコに、誰かが1人座っていた。


(誰だ?)


 誰かは座板を吊り上げる左右2本の鎖を、左右それぞれの手で掴み、足を使って軽く前後に動かしている。

 夜の公園でブランコを漕いでいる人がいる。しかも『この世界』で、だ。ハジメはそれだけで身構えてしまうが……


(……ピエロ……?)


 ブランコを漕いでいる誰かは、何故か道化の格好をしていた。

 赤を基調にした毒々しい色合いの服。その上明らかに体型にそぐわないぶかぶかな服を着て、愉快なメイクで顔を隠し、赤い髪をしたピエロが1人。うつむいたままブランコを漕いでいる。

 あまりの異様さにハジメはも言われぬ恐ろしさを覚えた。危ないとは思いつつも、つい恐怖に負けて話しかけてしまう。


「あ、あの……」


 するとうつむいていたピエロが急に顔を上げた。ビクつくハジメをじいっと見つめてくる。目の下にメイクされた涙のマークを歪ませながら、ピエロはにやりと笑うのだ。それがまた、ハジメに恐怖を与えてくる。

 

(何? 何なのこの人!?)


 ハジメは少しの間、ピエロからの応答を待ってみた。

 だがピエロは一言もしゃべらない。公園を沈黙が、ますます恐怖を煽ってくる。どうすればいいのか分からない。


「……まあそう構えずに。肩の力を抜きたまえよ」


 困惑するハジメに、声をかける誰かがいた。



(!? いや誰も、いない……?)


 謎の声はハジメから見て右側から聞こえてきた。急いで右のブランコ周辺を見たが、辺りには誰もいない。


「ここだよ、ここ」

(!?!?)


 声は右側のブランコから聞こえてくる。しかし右側のブランコには誰もいない。

 誰もいないのにひとりでにブランコが前後している。あまりの怖さに自分はどうにかなってしまったのか。


「ああそうか。君からは見えていないのだね……ならそうだな、影を見てくれ」

(か、影? って――)


 謎の声にしたがい、ハジメは目線を下に向ける。そこでハジメはある異変に気付いた。

 ブランコが前後する空間の足元だけは、雪が払われ地面があらわになっている。

あらわになった空間に、揺らめく黒いナニかが見えた。あれは……人影か。たしかに白い街灯に照らされた影が、ブランコの動きに連動して前後している。

 見えない誰かが、ブランコの上にいるとでも言うのだろうか。


「っほ。本当に、そこに?」

「いるよ。あっちで漕いでる彼の腹話術とかでは、なくね。ああ見えないかこれは失礼」


 そう言うと影がゆらめき、笑い声が公園に響く。見えない誰かが笑う中、押し黙るピエロがじいっとハジメを見つめてくる。ハジメの余裕がどんどん削り取られていく。


(ビビるな! 落ちつけ……たぶん影の人はけっこう年上っぽいな)


 声の調子から、ハジメにはある程度年のいった男性のように聞き取れた。

 ハジメの警戒が影しか見えない誰かにも伝わったのか。影だけを見てハジメが理解出来るように、わざと大げさな動作で。笑う影は腕を伸ばし、左側のピエロを指差した。


「彼はこの世界では喋れなくてね。『内側の想い』を伝えることが出来ないんだ。そして私は、君からは姿が見えない。だが声は届く。『外側の姿』を伝えることが出来ない、というワケだ」


 影は声の調子を上げた。怖がるハジメとは対照的に、愉快そうに話しかけてくる。


「はじめまして、かな? 高梨ハジメ君。私のことはただよしと呼んでくれ」


 影しか見えない誰かとの会話に、ハジメはどう接したらいいのか分からない。


「そっちの彼は……そうだな、道化とでも呼んでくれて構わないよ。たとえ異論があっても喋れないからね」


 そう言いながら影は心底楽しそうに笑う。影なりのジョークだったのかもしれないが、今のハジメにはすこしも笑えなかった。

 ハジメはこの世界に来てから、おかしな出来事に巻き込まれてきた。だが、姿形すらハッキリしない相手に会うのはこれが初めてだ。


「ハハハハ……そう身構えないでくれ。怪しく見えているだろうが、これでも私は『案内人』でね。ただ君と認識がズレているだけなんだよ。君をこれまで手助けしてきた彼女と同類さ」

「同じってあの、ミカンを乗せた……あの子のことですか?」

「そのとおり! ……ああ『何故知っているのか』って? それは言えないんだ高梨君。伝えようとするとあのオレンジ色の悪魔たちがここにやって来てしまう! 君もアレに遭うのは避けたいだろう?」


 影はどんどん芝居がかってくる。ハジメとのズレを埋める為の方策なのだろうか。

 影は雄弁さを増し、受けるハジメはただうなずくことしかできない。


「彼女が自分でやりたがっていたから、今までは手を出さなかった。そんな彼女も今は別件で忙しい。そもそも彼女では君に選択をさせることが出来ない。そこで私の出番だ」


 いつの間にか、この公園を影が支配していた。影はハジメの緊張をほぐそうと軽い話を投げかけてくる。

 だが姿の見えない誰かと物言わぬピエロとでは話が弾むはずもなく。

 ハジメは身の入らない相槌をうつくらいが精一杯だった。

 どうすればいいのか分からない。ハジメが頭を悩ませていると、突如足元が大きく揺らいだ。


(!? 今度はなんだよ!?)


 咄嗟に足を大きく開きバランスを取ろうとする。どうやらハジメの足元だけではない。公園内、いや一帯が大きく揺らいだようだ。


「おーおー派手にやってるねぇ。結局のところは全力でぶつかり合い、か。実に彼女らしい」


 影は揺れの原因を知っているのか。余裕の態度を崩さない。

「さて、高梨ハジメ君。どうやら時間が差し迫っているようだ……『選択の時間』だ」

「(選択? 時間?)……俺に何かをさせようって事ですか」

「だがらそう身構えるなよ、高梨君……なあに、難しいことなんて何もない。ここにいる『私』と。そこにいる『道化』と。どちらを『案内人』にするのか、君が選んでくれるだけでいい」


 影が持ちかけたのは1つの選択。ハジメに両者の内どちらかを選べと、そう言うのか。


「選ぶって。どこに行くのかとか知らないけど、あなたが案内人じゃないんですか?」

「……そうだな、私は案内人だ。だが道化も案内人だ。どちらも同じ案内人だが、案内する先が違う。そこで案内される側である君に、どちらに案内されたいか。選ぶ権利が、ある」


 影の声に凄みが増し、どこかふざけていた態度が一変した。


「選ぶって……そんな、いきなり言われても」

「残念だが悠長に構えていられないんだよ、高梨君。先ほどの揺れ、君も感じただろう? あれは彼女がこの世界の核と向かい合っている証だ。そして、終わりが近いということでもある」

(終わり? 彼女が向かい合う? 誰と?)


 影が話すことは、ハジメにとって分からないことだらけだ。

 分かるのは影の肝心な部分をぼかすような物言いが、彼女に似ている事くらいか。確かに彼女と同類なのだろう。


「終わりってどういうことですか」

「その通りだよ。君は巻き込まれただけ、それは彼女から聞いているだろう? そしてこの世界の核を、今まさに彼女が案内しようとしている。そこでだ。彼女が案内し、核がこの世界からいなくなったらどうなると思う? 役目を終えた世界は、《《崩れて終わるんだよ》》」

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