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[完結]1-A 第14話 『最後の一歩は、自分で決める』

 ハジメと彼女。2人は滑り台のついた螺旋階段を昇っていく。

 辺りは薄暗く、肌に触る風も生あたたかい。一切変化の見えない景色に囲まれていると、本当に自分が昇っているのか。それさえも怪しく思えてくる。

 上がれば上がるほど、どんどん気分は沈んでいく。身体の位置と心の位置が反比例していく。ついついハジメは愚痴をこぼしてしまった。


「……どこまで続いてんだこの階段」


 そんな愚痴を、彼女が拾う。


「心が決まるまでだよ」

「なんだよそれ」

「分からないなら、もうちょっと昇らないとね」

「意味が分からない……なあ、ここらで一回休憩しないか?」

「止まっちゃう? ここで?……あーあ。お兄さんの方が、まだ根気あったな~」


 彼女は意地悪げな顔をし、笑いながらハジメをあおる。こんなところで止まるのかと、そんなものなのかと言外に伝えてきた。


「はあ? いやまだまだ行けるから……ってアレ? なんで兄貴の事知って――」

「細かい事は気にしない気にしない! ホラホラ、やる気出たなら頑張るよ!」


 彼女は何かを誤魔化した。ハジメの後ろに回ると、両手をハジメの背中に当ててくる。そして後ろからハジメを押し始めた。もっと前に進めということか。


(なーんか怪しいな……まあ助けてもらってるし、あえて誤魔化されてやるか)


 ハジメは軽く息を吐き、視点を下へ向けた。自分がどこまで上がってきたのか確かめるために。


(……どこまで上がってきたんだろう)


 こうして下を見れば、ずい分と上まで来たような気がする。こんな陰湿で不気味で暗い階段を、よくもまあ昇ってきたものだ。

 こうして彼女と話しながらでなければ、きっと気が滅入めいっていただろう。

 昇り始めた頃には分からなかったが、今なら分かる。

螺旋階段の外周に取り付けられた、スロープのような滑り台。おそらくこれは、この階段を昇る者への救済措置なのだろう。

 この長くどこまで続くかわからない螺旋階段。心がくじけ、先に進むことができなくなってしまった者は、このスロープを滑り台のように降りていけと、そういうことなのだろう。


(上るのは暗くて長くて先が見えないけど。滑り降りるだけなら簡単だよな。なんの力もいらない。下に落ちろと引っ張ってくる力に逆らわず、転がり落ちりゃあっという間だ)


 落ちる先も、目指す先とは違って見知った場所だ。

 何の危険もない、昇り始めたスタート地点に戻るだけ。何があるのか分からない上、辛く苦しい上りよりもはるかに楽だし、安全だ。


(上るのに心折れた人は滑って帰ってくださいね、か。性格悪い階段だなホント)


 確かに滑り降りるだけなら簡単だろう。常に逃げ道を用意された状態で、先の見えない道を上り続けるのは精神力を要する。つい立ち止まり、楽なところに行きたくなる。


(でもなー……この階段なんかムカつくんだよな。意地でも次に進んでやるわって感じになる。なんで階段に試されないといけないんだっつーの)


 だがハジメは逆に上を目指したくなった。彼女が『この道が正解だ』と教えてくれている。

 だから自分は上に進める。先にあるものが何であろうと構わない。自分は、見えない階段の上を目指しているのだ。

 結果は最後になれば嫌でも分かる。今はただ進むのみ。

 ハジメは自らの手の内にある梨を眺めながら、螺旋階段を上っていく。


 ――――――◇◇◇――――――


 性根の曲がった螺旋階段にも、終わりはあった。

 2人が昇る段は無くなり、平坦な広間が目の前に広がっている。どうやら、滑り台の付いた螺旋階段を昇りきったようだ。

 ハジメは天に両手を突き上げ、ガッツポーズを取った。顔には喜色が浮かんでいる。


「……っしゃあああ昇りきった!」

「お疲れ様。でも、一息つくには早いんじゃない? 高梨君にも『アレ』、見えてるでしょ?」


 浮かれるハジメとは対照的に、彼女は冷静に釘を差してくる。そしてあるモノを指差し、ハジメに注意をうながした。


「ああ、見えてるよ。2つ並んでドアがあるな」


 螺旋階段を上りきった先には、2つの扉があった。

 左側の扉はオレンジ色、右側の扉は薄緑色をしている。奇しくもこの2色は、2人が持つオレンジと梨に対応していた。


「これってさ。どっちかに2人で行くとかは……?」

「無理。前に私が『高梨君は外因性迷いビト』って言ったの、覚えてる? それとこの世界には高梨君以外にも迷いビトがいるって言ったのも」

「なんかそんなこと言ってたな……ゴメンよく覚えてない」

「別にいいよ。あれってね、この世界に高梨君が迷い込んだって意味だったけど。他にもこの世界の核になっている人がいるってことの裏返しでもあったんだ」


 彼女は軽く伸びをしながら、こった身体をほぐしていた。リラックスした口調で、ハジメの疑問に答えてくれる。


「核? それも迷いビトってやつなのか」

「うん。高梨君以外の、私が探してた迷いビトが、この世界の核。内因性迷いビト」

「内因性ねぇ。そいつがこの世界を作った元凶てことか?」

「元凶……っていうと悪者みたいだね。えっとね、高梨君の方は外へ連れ出すだけで解決するんだけど、こっちのタイプの人は原因になってるナニかも解決しないといけない。そうしないとこの世界が無くならないから。困ったもんだよ」


 そう言うと彼女は苦笑をもらした。これから何か、大きな仕事があるかのようだ。


「高梨君は右の扉に行かないといけない。それは分かるよね」

「ああ、なんとなく」


 自らが進むべき扉はどちらなのか。ハジメ自身なぜだか分からないが、右しかないという確信がある。そして、彼女が左に行くということも。なぜか分かってしまった。


「私も、この世界の核になってる子を案内しないといけない。その子は左の扉にいる。だからここで……お別れだね」

「……大丈夫なのか? ここまで色々してもらっといて言うのもあれだけど。どう聞いても大変そうなんだけど」

「そうだね大変だ。でもそれが私の役目だから……ああ、こっちの仕事を片付けたら、高梨君の案内人に戻るから安心して?」

「べ、別に1人で行くのが不安とか言ってないだろ。それぐらい自分で出来るから」


 内心を見透かされたようで、ハジメは急に恥ずかしくなる。顔が熱くなっているのを自覚しながら、ハジメは彼女に軽口を返そた。


「ふふっ。なーら安心」

「なんだよ笑うなよ。ほら、今ならこの梨もあるしさ。本気で自分1人でなんとかするって」

「……なら最後に。たぶん右の扉の先にね、私とは違う同業者がいる」

「同業者? 案内人ってやつか」

「そう。誰が居るのかまでは分かんないけど……その扉の先で高梨君は、1つの『選択』を迫られるよ。あの人ならともかく、アイツだったらかなり面倒だと思う」


 彼女はさらりと言い放ったが、どうやら彼女と同じような『案内人』がいるらしい。しかもこの世界に複数人。

 彼女の口ぶりからすると、そう危ない人では無さそうだが……


「高梨君は……ああ面倒だね。B世界の、今目の前にいる高梨君はこの世界に慣れてない。だから色々迷ったり、驚いたり、逃げたくなると思う。それは何もおかしいことじゃない」

「なんだよ改まって。別にこれが最後ってわけでもないだろうに」

「ごめんね心配性で。ホントにこれで最後だから」


 彼女は笑みを浮かべながら、ハジメに忠告を続ける。


「もし悩んで答えが出なくて、何かに流されそうになった時は、この言葉を思い出して。この世界での、曲がらない答えがこれだから」

「……いいよ。なに?」

「――『最後の一歩は、自分で決める』。これだけだよ」

「それだけ? なんか色々言ってたから、てっきりすごい言葉がズラーっと出てくるかと」

「ホントに大事な言葉は短く! これ私のモットーなんだ」

「ハハハッなんだよそれ……まあそれじゃ、また向こうで」

「また向こうで。頑張ってね。信じてるよ」


 彼女は手を振りながら、笑って扉をくぐっていった。自分もそろそろ進むとしよ

う。

 ハジメは薄緑色の扉、そのドアノブに手をかけた。幸い鍵はかかっていない。


(さーて。いったい誰がいるんでしょうね……)


 誰が居て。何がどうなったとしても。自分でなんとかしてみせる。そう心に誓ったハジメは、ドアノブを回す。自らの意思で先へ進む。

 扉を少し開けると、向こう側から眩い光が漏れ出してきた。構わずハジメは扉を開け放ち、扉の向こう側へ。

 輝く薄緑色の光に飲まれ、ハジメの全身が見えなくなり、そして――


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