[完結]1-A 第13話 滑り台が付いた螺旋階段を
「そこかぁああああ!!」
彼女の手からミカンが放たれる。輝くミカンは夜を切り裂き、奇っ怪な自動販売機に突き刺さった。
着弾ならぬ着ミカン点を中心に、自動販売機の表面に凹みが生じる。
めり込んだミカンの回転が止まってから、数秒後。ナニかが破裂し、自動販売機から放射状に光があふれた。
辺りをオレンジ色の光が埋め尽くし、思わずハジメは目を細める。自動販売機だったであろう部品がパラパラと剥がれ落ち、光の流れに乗って空へと散っていく。
(? 何の音だ?)
なのに不思議と金属が軋む音はしない。変わりに乾いた陶器が割れる時に似た、耳に響く音がした。
光の奔流が収まった後には、正体を暴かれた自動販売機が残るのみ。彼女のミカンによって表面の扉が吹き飛び、奇っ怪な中身があらわになっている。
「なんだコレ」
自動販売機の中には、黒いもやのようなモノがびっしりと詰まっていた。もやのようでありながら、空気に乗って流れていったりもしない。これは気体なのだろうか。手を伸ばせば触れてしまいそうだ。
「グズグズしてる余裕ないよっ」
声につられて首を回せば。ミカンを投げ終えた彼女がハジメの方へ走って来ている。
(あ、そうかアイツらが追ってきてるんだった)
つい失念してしまっていたが、ハジメと彼女は追われている最中だ。初めて見る謎の物体に興味を示すヒマも無いらしい。
「でも、行くってどこに」
「もちろんこの中!」
彼女はハジメに近付くや手を掴む。そしてハジメを引きずるようにして、黒いもやの中へ飛び込んでいった。
「は!? いやまっ…………」
自動販売機の中に、2人が入り込むスペースなんてない。そう思ったハジメは、ぶつかるショックに備えていたのだが……
「……あれ? 痛く、ない……?」
身体のどこにも痛みを感じない。不思議に思ったハジメは、恐る恐る目を開く。すると目の前には、不思議な空間が広がっていた。
そこはがらんどうな、大きな筒状の空間だった。空間すべての壁や床は、白色2色の市松模様で統一されている。そして床の中央には、ところどころに明かりが点いた螺旋階段が1つ、空に向かって伸びていた。
建造物が螺旋階段しかない、不可解な構造の空間。
(どこまで続いているんだ? コレ)
思わず上を見上げてみても、天井がどこにあるのか見通せない。かなりの高さがあるようだ。
螺旋階段を照らすライト以外に照明は無く、空間内は不気味に暗い。
ハジメには不合理極まりない構造に思えるが、これがこの世界では当たり前なのだろうか。
「やっぱり。ここが正解だったみたいね。高梨君、今からあの階段を昇るよ」
「あ、ああ、分かった。グズグズしてたらまたアイツら来るかも知れないもんな」
「この世界の高梨君は察しが良くて助かるなー」
「皮肉? オロオロしてゴメンね余裕なくて」
「皮肉じゃないよ」
「どうだか……さっきまで歩きっぱなしで、今度は階段昇りかぁ」
「立ち止まっててもどこにも進まないよ。目指す先が見えたなら、歩くのみ!」
彼女の指示を受け、2人は螺旋階段を上ることにした。
昇り始めてから気がついたのだが、螺旋階段の外周にはスロープが付属されていた。まるで螺旋階段に備え付けられた滑り台のように見える。
昇り始める前から思っていたが、この螺旋階段は精神的に辛い。街を歩いていた時とは違い、景色に一切変化が見られないのだ。それに加えてどこまで昇ればいいのかも分からない。
ハジメは苦痛を和らげようと、並んで進んでいる彼女に話しかけた。
「あのさ」
「なに?」
「トンネルみたいなとこでアイツらに囲まれた時。言いかけてやめてただろ? 私は高梨君の知ってる私じゃないとかなんとか。アレずっと気になってたんだ。どうせ階段昇るだけでヒマだし、難しい話でも聞いとこうかなーっと」
「……今の高梨君になら、まっすぐ伝わるかな。それじゃ、1つずついくね」
「分かった」
「この世界――『ミカンセイ空間』は、いろんな世界と繋がってるの。私たちがいるいつもの世界は、世界の法則が同じでも、同じ世界というわけじゃない」
「ああ、よく聞く平行世界ってやつ?」
「わかりやすいモノに置き換えてもらえればいいかな? それでね、いまの高梨君がいるいつもの世界に、今高梨君の前にいるこの私じゃない私がいるハズなの。言い切ってもいい」
頭が混乱しそうになるが、一度聞いている話だ。ハジメはなんとか飲み込み、続きを待つ。
「それとおんなじように、今高梨君の前にいる、この私が住むいつもの世界にも、今私の目の前にいて、話してる高梨君じゃない高梨君がいる……大丈夫? 分かる?」
「な、なんとか……」
「そうだなー……私の住む世界をA世界にしよう。それで、高梨君の住む世界をB世界とする」
「あーそれなら少し分かりやすくなったかも。それで?」
「なら次は高梨君が感じてる私の態度の変化についてかな? ……私はいつもミカンセイ空間に迷い込んだ人を元の世界に送り届ける案内人をやってたの。A世界に居る高梨君と一緒にね」
意外な一言だった。向こうの世界では自分が彼女の手伝いをしていただなんて。今の自分が彼女に助けられっぱなしなだけに、彼女の手伝いをしている自分が想像できない。
彼女は額に手を当てて『困ったもんだ』といったジェスチャーをしながら話を続ける。
「それなのに今回ミカンセイ空間に迷い込んだのが高梨君だったからさ。この世界に同じものは2つ同時にいれないからもう困っちゃって。A世界の高梨君は入ってこれないし、B世界の高梨君は私のこと何も知らない風だし。それで焦ったらアイツら呼んじゃうし。大変だったよ」
「……そうだったのか。それで初対面ぽくなかったのか」
「ほかの世界からこの世界に迷い込んだ人ってさ、A世界の私と認識がズレてることが多いんだ。言ってることが素直に伝わらないの。そういう時に認識のズレを補正する力を持ってたのがA世界の高梨君だったから。いつも頼ってた分、今日みたいになると勝手が分からなくて」
彼女は目の前で指を合わせ、すこしうつむきがちになっている。有り余っていたあの自信はどこへやら。
自信なさ気な上目遣いでハジメのことを見つめながら、こう続けた。
「見知っている人に知らない人っぽく扱われてさ。内心、余裕が無かったんだ。ごめんね」
彼女はぺこりと頭を下げたが、ハジメは納得出来ない。
「なんで謝るのさ。威張ることでもないけどさ、俺は君に助けてもらえてよかったよ」
「そう? 言ってること分かり辛い図々しい奴っぽくなかった?」
「分かってたならなんとかしてくれよ! ……うん、まあ。それを引いてもだよ」
「いやーまさか梨持ってない違う世界の高梨君を案内することになるなんて思わなくてさー。今だから言うけどそーとーテンパってた」
そう言いながら彼女はおどけるように、歯が見えるくらい大きく笑顔を作った。
「俺よりは全然マシだったよ。俺なにも出来なかったし……そっち、A世界の俺も、今と俺の持ってる新高梨みたいな、この梨と同じ形のやつ持ってるんだっけ?」
「そうだね。同じような形してたよ」
「そうか。でも新高梨ってさ、薄緑色じゃない気がするんだよ。褐色混じりの黄色って感じだよね。なんでさっき出てきた球、薄緑色だったのかな」
「うーん……形を成したのはいいけど、何か雑念が混じったんじゃないかな? そのせいで高梨君が思い浮かぶモノとは、すこしだけズレてしまったのかも。心当たりない?」
(心当たりか……)
自分のことを自分で解決出来るようにと願った時。たしかにすこしだけ、他の想いが混じってしまったように思う。
自分の事は自分で解決したいと思った。けど、もし自分が大丈夫な時は、隣にいる彼女の手助けになるようなモノであって欲しいと。あの時ハジメは思ってしまった。
「……秘密」
「何それ。聞いてきたの高梨君じゃない。気になるんですけど」
「いーやーだ。絶対に言わない」
2人は軽い話をしながら、螺旋階段を昇っていく。