[完結]1―A 第12話 ミカンを用いてコナツの向こうへ
ハジメと彼女。2人は夜の街を歩いていた。
光りながら宙に浮く、オレンジ色のナビゲーターを追いかけながら。空に昇る月明かりを浴びながら、おかしな街を通り抜けていく。
2人が住宅街にさしかかった時、ハジメはあることに気が付いた。
(音が少なくなったな)
この辺りは静かだ。道路には車1つ走らず、人の1人にも出くわさない。それに加えて
(電気が点いてる家が1つもない?)
道路を通っている時には、それなりに光源があった。ずっと黄色を灯し続ける信号や、ぽつぽつ見当たる自動販売機。ビルにもいくらか明かりが点いていたハズだ。
だがこの住宅街は違う。左右に立ち並ぶ家々、そのすべてに明かりが見当たらない。灯っているものといえば、電柱に付属している街路灯くらいなものか。
この事に気付いてしまうと、街路灯が放つオレンジ色の暖かそうな光さえ、何やら薄気味悪さを覚えるようになってしまう。
不安を紛らわせるために、ハジメは彼女に話しかけた。
「い、いやーさっきのは凄かったなー壁ごと街をブチ抜くとか。俺アイツらに挟まれた時もう駄目かと思ったよ」
「?」
彼女はハジメの顔を見て、何か勘付いたようだ。公園に向かう道すがら、たわいのない雑談に付き合ってくれる。
「それはどーも。でもそんな凄いことでもないよ。ちょっとガス欠気味だったから、ミカン1個使うだけで済む方法を選んだだけ。ホントならミカンをたくさん浮かべて、アイツらの上を通っていく事だって出来たんだけどね……」
彼女は一度口を止め、口をへの字に曲げた。腕を組みながらうんうんうなっている。
「なら、なんでさっきソレやらなかったんだ?」
「うーん……どこまで言っていいんだろ。えー高梨君と出会う前にも、ちょっと色々ありまして。高梨君みたいに、この世界に迷い込んでた人がいて。その人を元の世界に送り届けてたりしてきた後だったりするんですよダンナ」
「どんなノリだよツッコミきれないから……ってそうなのか!? なら、この世界にも俺以外に誰かいたって――」
「ああゴメン言い間違え。たしかにこの世界って言うのはミカンセイ空間のことね。今高梨君と私がいるミカンセイ空間とは、別のミカンセイ空間での話」
そう言いながら、彼女は舌をペロリと出した。『ゴメンね』のジェスチャーだろうか。
「あーなるほど。いろんな人の……案内人? をやってるのか」
「うん。高梨君忘れてそうだからもう一度言うけど、私はこうやってミカンセイ空間に迷い込んだ人を導いて、元いた世界に帰す手伝いをしてるの。私は迷いビトの案内人だから、いろんなミカンセイ空間に行って、いろんな人を案内してる」
なるほど。彼女がこのミカンセイ空間なる、おかしな世界に慣れ親しんでいる理由が分かった。
ハジメと違って、彼女は場数を踏んでいる上に、元から立場が違う存在らしい。
(そりゃあ、俺なんかと違うワケだわ)
彼女との明確な差を感じ、ハジメはなぜか寂しさを感じた。寂しさを表に出さないように、ハジメは話をつなげていく。
「えーと、なら俺と会う前に、別のミカンセイ空間で誰かを案内し終わった……うん? でもそれって『この世界に俺の以外迷いビトがいないのか』、っていう事への答えになってないような」
「バレたか。まあこの世界に高梨君以外の迷いビトがいないのかって言われると……1人居るけど」
「いるのかよ! 俺だけ助けて、その人の事は放っておいていいのか?」
思わず語気を強めるハジメに対して、彼女はいたって冷静だ。頭の後ろで指を組んで、愉快そうに笑っている。そしてチラリとハジメの顔を見ながらこう続けた。
「実はその子のところにたどり着くのが目的なんだ。で、最後に大一番あるの分かってるから、出来るだけ温存しながら行きたい。よって、ミカン複数操作より燃費がいい、街破壊っていう発想を選びました。これでいい?」
「OK分かった。しかし街ぶっ壊す発想とか、よく思いつくなあ。俺じゃ絶対思いつかないよ」
「そうかな? 発想ってさ、私は物事をどう見てるかだと思うんだ。さっきはたまたま、高梨君が見ていない認識の仕方を私がしてたってだけ」
「そうかな……ていうかちょっと前から思ってんだけど。なんか話し方変わってない?」
「私はずっとこうだよ? 変わったように思うのなら、高梨君の認識が変化したんだよ」
そうなのだろうか。彼女は口調も、態度も。ハジメには初めて会った時とは明確に変化しているように思えるのだが。そう感じるのはハジメの認識が変化したからだというのか。
「認識が変わったってのは、コイツのせい?」
ハジメは手の内にあった梨を掲げ、彼女の前に突き出した。
「だと思うよ。高梨君は新たに梨を得て、この世界に適応した新しい認識を、力を得た。新たな新高梨を手に入れた高梨君……名付けて新高梨!」
「うるさいな! ……絶対性格変わったよ」
「だから一緒だって。私はずっとこんなですー」
(猫かぶるの止めたようにしか見えない……)
「……話戻すけどさ、さっきの発想の違いを忘れないで欲しいな」
そこで彼女は振り向いて、ハジメに指をつきつける。人差し指だけピンと伸ばし、どこか諭すように言葉を紡ぐ。
「私が高梨君の思いつかない行動を取れたってことはさ。高梨君にだって、私が思いつかない何かをきっと思いつけるかもってことだよ。発想の違いはプラスにもマイナスにも、本人の捉え方次第でいくらでも変化するんだよ! ……受け売りだけどねっ」
そう言いながら彼女は奇妙なポーズを取る。以前までの彼女には見られなかった行動だ。
「そう、なのかな。しっかし、そう言われてもコイツで一体何が出来るんだろう」
「? 使い方なら頭の中に入ってるでしょ?」
「ああ。コイツが梨だって認識したら、すっと頭の中に入ってきた感じだった」
「なら何が不安なの」
「いや、分かってはいるんだけど、イマイチ効果が信用出来ないって言うか……まあ使う機会なんてこない方がいいって感じかな。これまで通り、ミカンにお任せで行かせてもらうよ」
「そ。私は高梨君の案内人だからね。お任せあれ」
そんな話をしている内に、どうやら目的地に着いたらしい。宙に浮き先行していたミカンは進むのを止め、一定の場所をぐるぐる旋回していた。
ミカンが示している場所は、ある公園。おかしな世界でおかしな彼女に出会った、あの公園の前だった。
ミカンは公園の中には入らず、入り口の脇にある自動販売機の上を旋回している。
(あーなんか、ついさっきの事なのにもう懐かしいな。自販機なのにミカンジュースしか売ってなくてなんだコレって思った自販機だ)
ハジメは懐かしい気分になりながら、奇妙なラインナップの自動販売機に近付いていく。
「思えばあの時からすでにミカンセイ空間ってやつに入ってたのか……ってアレ?」
自動販売機に表示されている商品は、『あたたかい』から『つめたい』まですべて同じ。これは以前と変わらない。
だが商品の種類が違う。売られているジュースの種類が、以前ハジメが見た時とは違い――
「全部、小夏ジュースになってる?? っていうか小夏ジュースってなんだよ!?」
ミカンジュースから小夏ジュースへと。販売されているジュースが変化していた。それを見たハジメが、すっとんきょうな声を上げたのと同じ頃。
突然地面が揺れ始めた。すこし遅れて何か地鳴りのような低い音が響いてくる。
「!? なになになに!?」
ハジメはうろたえながら辺りを見回す。耳を澄ませば、どうやら音の発生源が近付いてきているようだ。それも複数。
何か重い、質量を持ったナニかが近くを移動しているのか。各々《おのおの》が別個に地面を転がってきてるような、多層に連なった音がどんどん大きくなってきている。
「気付かれたかな。高梨君、ちょっとそこから離れて」
彼女の声を耳に受け、ハジメは後ろへ振り返る。
そこにはミカンを握りしめ、自動販売機をにらむ彼女がいた。彼女は握るミカンにオレンジ色の光を宿し、投ミカンの準備に入っている。
「気付かれたって。まさかデ――アイツらに?」
「だと思う。ココに来られる前に、逃げ切りましょう」
「ちょわっわっ」
あわててハジメが自動販売機から離れる間に、彼女が発する光は増す。
「はー……さんっざん探し回って結局……」
そして振りかぶったミカンを――投げた。
「そこかぁああああ!!」




