[完結]1―A 第11話 ハジメはミカンに導かれ 後編
(もしかして、コレバラバラに砕かれたから黄色いミカンみたいになってるだけで、元は建物の一部だったのか??)
ハジメが驚いている間にも、地面に散らばった破片はどんどん変化していく。窓の格子や鉄筋のようなモノまでも。小さく丸い、黄色い球体になっていく。
謎の黄色い物体は完全に形を作り終えると宙に浮き、順次移動を開始する。そして壊れた街の部分ごとに集合し始めた。
建築物の壊れた部分に触れるや黄色く発光。周囲に柑橘類特有の、鼻を刺激する臭いを振りまきながら。黄色いナニかは寄り集まり、それぞれが光を放った。
黄色い光が止んだ頃には、壁面が少しだけ、そう黄色いナニかの大きさ分だけ、元に戻っていた。
デコポンだけで手一杯なのに、新たなおかしなナニかが現れた。あれは一体何なのか。
ハジメは我慢できず、走りながら彼女に問いかける。
「え? え?? なんだアレ!? アレが、街を直してるってのか?」
「そうだよ。たぶんアレは……小夏」
ハジメには聞き馴染みがない単語だ。ミカンの一種なのだろうか。
「コナツ? ココナッツじゃなくて?」
「コ・ナ・ツ! 分からないならミカンの一種だと思ってくれればいいよもうっ」
「あ、アレもミカンなのか?」
「同類ではあるかな。同類だけど、違う種類だよ。アレはそうあったものをそうあった形に戻そうとしている。小夏の形を成しているのはこの世界特有かな? 危害を加えてくるわけじゃないから、安心して」
「そ、そうなのか」
そうは言われても。あちこちで光を放つミカンのような物体に安心出来るほど、ハジメはこの世界に適応出来ていない。
足元とわらわらと通っていき、壊れた壁にくっついて直していく。まるで生きているような奇妙な物体も、彼女の持つミカンと同類だと。そう彼女は言う。
「やっぱり、そうなんだね……」
この現象を目の当たりにして、彼女は何かに確信を持ったようだ。気になるところではあるが、今は聞いても答えてはくれないだろう。
(まずは、走りきらないとな)
まずはこの道を通り抜けよう。黄色く光る小夏たちが、街に出来た風穴を塞いでしまわないうちに。
2人はミカンが作り出した道をひた走る。迫るデコポンを振り切るために、走っていく。
――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――
ハジメと彼女。2人は夜の街を歩いていた。
どうやらうまくデコポンたちを引き離せたらしい。ハジメは今のうちに、と乱れた呼吸を整えていく。
彼女はハジメから手を離し、ぷらぷらと前後に振りながら歩く。
そんな彼女の気を抜いた動作を見ていると、ハジメもなんだか気が抜けてくる。
「……まさかあの巨体が転がってくるとは思わなかった……」
「高梨君は気づいてなかったみたいだけど……公園の前でさ、私が先を急いだ時あったよね?」
「ああ、あったあった。そのうち後ろから何かに追いかけられて……おいまさか」
「そのまさかだよ。あの時後ろから転がって来てたのも、さっきの転がってきたのも」
「あの時デコポ――」
「わああああストーーーーップ!!」
ハジメがヤツらの名を言い終わる前に。彼女がハジメの口に目がけて突っ込んできた。
体当たりするような勢いで突っ込んできた彼女は、両手を使ってハジメの口をふさいでくる。その目は真剣そのものだ。
「言っちゃ駄目なの。分かる?」
口をふさがれているハジメは、首を縦に振ることで肯定の意思を表した。
「ホントに分かってる? さっき言おうとしたカタカナ四文字が駄目なんだからね?」
彼女はじとりとハジメを見つつ、念を押すように確認する。ハジメは再び首を縦に振った。
「絶対言っちゃ駄目だからね。今度からは『アレ』とか『アイツら』とかって呼ぶよーに」
そう言いながら彼女はハジメの口から手を離した。ハジメは彼女の要求を受け入れる。
「ゴメンもう二度と言わない。ええとさ、あの時も――アレに追いかけられてたのか。後ろを振り向くなって」
「そ。でもあの時は今とは少し違ってた。あんなにハッキリとした形してなくて、半透明で不確かな感じ。現象が確定していなかったから、私は高梨君に見るなって言ったの」
「う、うん?」
「異物判定されてた、って感じしなかったし……たぶんアレが現れた公園に、ナニかがあるんだと思う」
彼女の態度は最初に会った時とは、確実に変わってきている。
だが彼女がしゃべる内容は、まだまだハジメには分からないことばかり。
「えーと、ならとりあえず今向かってるのは、あの公園ってこと?」
「そうだよ。今私の目の前にいる高梨君と初めて出会ったあの公園の前」
「OK分かった……そうか、あんなのに襲われるのも実は三度目だったのか……どうやったらあの公園に着くのか分かってるの?」
「大体は、ね。でもゆっくりしてたらアイツらに追いつかれそうだし、コレを追いかけていきましょう」
そう言うと彼女は内ポケットからミカンを取り出した。
続けてミカンに光を灯すと、ミカンは彼女の手を離れ、ひとりで空へと浮かび上がる。ある程度の高さまで浮いたミカンは、その場でくるくると円を描き始めた。一体何をするのだろう。
「コレは?」
「ちょっとお探し中。すぐに見つかるよ」
十数秒ほど経った頃、浮かんだミカンに変化が見られた。ミカンは目指す目標を見つけたのか、ある方角に向かってゆっくりと進み始める。
「アレを追っていけば、あの時の公園に着くハズだよ」
彼女の手招きに応じて、ハジメは彼女の近くへ。そして2人は宙に浮くミカンを追いかける。目的地が定まったからか、自然と歩くスピードも上がっていた。
「あーマズイな。ちょっとガス欠気味かも……」
そう彼女は愚痴をこぼすと、自らの胸元に手を入れ、内ポケットをまさぐり始めた。
一体何をするのかと思えば。彼女は内ポケットからミカンを取り出すと、歩きながらミカンの皮をむき始めたではないか。綺麗に表皮をむきおわると、むいた皮は内ポケットの中へ。中身は1つずつもいで口の中へ。
もぐもぐ、もぐもぐ。彼女が口に運ぶミカンを、ハジメはじっと見つめる。
(あ、そのミカン食べられるんだ)
ハジメには彼女が宙に浮かべているミカンと、彼女が今食しているミカンを交互に見やる。どちらもただのミカンに見える。たしかに見た目はどちらも同じミカンなのだが、ハジメにはまったく別のナニかに思えて仕方がない。ついつい眉間にシワを寄せ、食い入るように見つめてしまう。
そんなハジメの視線を勘違いしたのか
「? 高梨君もいる?」
彼女は手にもったミカンをハジメに差し出してきた。どうやらハジメもミカンを食べたいのか、と勘違いしたらしい。
「いや、俺はいいよ」
「そう? ならいいけど」
彼女はミカンを1つ食べ終えた。そして内ポケットから新たなミカンを取り出し、1つ食す。するとミカンが無くなったハズの内ポケットが突然膨らんだ。
彼女は再び同じ内ポケットの中に手を入れる。次に手を出した時には、またミカンが握られていた。
ハジメが見る限りでは、まったく膨らんでいないポケットに、ミカンが降って湧いているように見えるのだが……
(……あのポケットどうなってんの?)
ハジメが内ポケットとミカンを交互にジッと見つめていると、彼女がハジメの視線に気付いたようだ。手に持つミカンをハジメに差し出しながら、こう言った。
「やっぱり欲しいの? ミカン」
「いや、そうじゃなくて……(なんかもう突っ込むのにも疲れたよ)」
この世界では、これが当たり前なのかも知れない。そう思い始めたハジメであった。