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[完結]1―A 第10話 3度目のデコポン

 願いが形を成し、現れたモノが新高梨にいたかなしだった。その事実をハジメはどう受け止めて良いのか分からない。眉にシワを寄せ、苦いものでも食べているような顔になってしまう。


(いや、別に形がどうなって欲しいとかは考えなかったけどさ。でもコレはどうなんだ)


 そんなハジメとうって変わって。

 彼女はハジメが手にした梨に納得がいったようだ。自らのアゴに手をあて、梨をじっと見つめがら


「ふーむ、やっぱりソレになるんだね」


 と言いながらひたすらうなずいている。とても満足げだ。


「やっぱりって。そんな1人で納得されてもこっちはコレが何なのかサッパリなんだけど」

「いやー。私が知ってる高梨君もさ、やっぱりその梨になったんだよね。おんなじ新高梨だなーって。思ってさっ」


 さっぱり分からないが、彼女にとってこの梨の形になったことはとても嬉しいことらしい。

 彼女は両手を後ろに組んで胸を反らし、身体を左右に振った。身体ごと右を向いては左を向き、何度も往復させる。その動きに少しだけ遅れて、長い黒髪も宙を舞う。


(なんだか急に機嫌が良くなったような……というかこんな子だったっけ?)


 ここにきてハジメは、彼女の変化を明確に感じ取り始めていた。何かが変わってきている。

 初めて会った時の彼女は、表情が固く口調も努めて冷静で、どこか感情が読めない子だった。それがどうだ。

 今ハジメの芽の前にいる彼女は、今まで見せたことのないニヤケ顔で、梨とハジメを交互に見ている。一体何が起きているのか。


「私が知ってるって。そんなまるで俺が俺以外にもいるみたいな言い方」

「この世界にはいないけど、私が元いた世界にいる高梨君のことだよ。途中になっちゃったけどさ、ほらさっきまでいた大きなトンネルみたいな空間でさ、そんな話してたじゃん?」

(そう言われてみれば……)


 彼女の言葉を受け、ハジメは先ほどまでいた場所を思い返す。大きなミカンの上で、たしかそのような話をしていたような。


「あー私はあなたが知ってる私じゃない的なナニかを言ってた……」

「そうソレ。その時にしてた話」

「あー……ごめんあんまり覚えてない。その後すぐにどでかいデコポンが大量に襲って来たからさ。そっちばっかり記憶に残ってて……っておーい」


 彼女の反応が止まった事に気付いたハジメは、何かあったのかと彼女の方を見る。

 すると彼女は今まで見せたことのない顔をしていた。信じられないものを見たかのように、もとから大きい目を力いっぱい広げて、口も半開きで。あ然、といった言葉がピッタリなほうけた顔だ。

 ハジメが彼女の目の前で手を振ると、数秒ほど遅れて反応があった。


「あ……あああああああ!!」


 突然彼女はハジメの胸ぐらを掴んだ。そして両手で一気に引き寄せる。


「ってうわっ」

「言ったなーー!? なんで!? なんで言ったー!?」

「え、ええ? 言ったって何を?」


 自分は何を言ってしまったのだろう。ハジメはワケが分からず両手を上げ、降参の意思を示した。だが今の彼女にはこの動作が見えているのか怪しい。


「あ、ああそうだよね。この高梨君に言っちゃ駄目って言ってなかったもんね」


 彼女はハジメが見て分かるくらいにうろたえている。いきなり胸ぐらを掴んできたかと思えば、今度は急に突き放して自らの頭を抱えている。明らかに挙動不審である。


「ご、ごめんなさいちょっとテンパっちゃってて。そうだよね、こっちの高梨君も知ってるとばかり思ってた完全に私のミスだよね。てっきり向こうの高梨君みたいに知ってると思ってて……」

「い、いいやいいよ。こっちこそ何かマズイこと言ったのかな」

「そう……そうソレ! 高梨君ちょっと今緊急事態!」 


 彼女は急に思い出したように動き出した。跳ねるようにハジメに駆け寄ると、何のためらいもなくハジメと手を繋ぐ。そして何の説明もなく急ぎ足で歩き始めた。

 急に進み始めた彼女に引っ張られ、ハジメはあやうく転びそうになる。すんでのところで足を前に出し、大股開きで一歩二歩。少しずつ彼女と歩幅を合わせていく。


「ちょっちょっちょ」

「曲がり角。後ろの曲がり角にカーブミラーがあるでしょ? ちょっと見てみて」


 彼女は振り向かない。後ろにいるハジメに指示を出し、自分は前だけを見ていた。

 もう毎度の事になってきているが、相変わらず彼女の行動が読めない。どういう意図があるのか分からずに、ハジメは彼女に言われた通り後ろを見る。

 たしかに彼女の言うとおりだった。今いる通りの終点、T字路の分岐点にオレンジ色のカーブミラーがある。そしてカーブミラーの鏡面部分に、ナニかが映っているのが見て取れた。


「……おい」


 ハジメの口からこぼれた言葉は、困惑と恐怖に染まっていた。

 ハジメの目が捉えたのは、鏡面に映る巨大な物体。カーブミラーに接近し、今まさに曲がり角をハジメたちに向かって曲がってきているナニか。

 ごろり、ごろりと。巨大なオレンジ色の球体が、回転しながら迫ってきていた。


「なんでだよ」


 その物体に、ハジメは見覚えがある。大空洞でその脅威にさらされ、嫌と言うほど目に焼き付けた球体だ。忘れろと言われても忘れられない奴が、また目の前に現れた。


「なんでって……」


 オレンジ色の球体に、おへそのように一箇所だけ飛び出た部分が付属している。

 この世界から異物を排除するために存在するという――


「おいおいおいなんでまたいるんだ!?」

「高梨君が呼んじゃったの! つい! さっき!」


 通称デコポンが、再び2人を追いかけ始めた。

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