[完結]1-A 第9話 『確信こそが、道を創る』
ハジメが抽選器を回し、落ちた玉の色は――白色だった。
「……なんか白が出たけど。これで?」
「ハズレ。もう一回」
「また俺が?」
「うん」
「君は?」
「いいの。はいはい次次!」
彼女の拍手に背中を押され、ハジメは抽選器を回す。しかし出てきた球の色は再び白色。
それから何度回そうとも。ハジメが抽選器を回して出てくる球の色は白色のみだった。
(これハズレしか入ってないんじゃないか?)
回す途中で一度止めてみたり、回すスピードを速めたりしてみるも。
何度抽選器を回しても、出てくる球の色は白色だけだった。
さすがに彼女も見過ごせなくなったのか。見守ることを止め、口を挟んできた。
「……高梨君なにか勘違いしてない?」
「勘違いって何が。ちゃんと回してるつもりだけど」
「こういう抽選器で白色が出てきた時。高梨君はなんて考えてる? 3等、とか?」
「いや、そうじゃないな。単純にハズレで景品無しだと思ってる」
「それじゃ駄目よ。ちゃんとやらなきゃ」
「どこがだよ? ちゃんとこう、ゆっくり矢印にそって――」
「違うの。ただ漠然と同じ事を繰り返しても、同じ結果が返ってくるだけよ?」
「同じ結果? いやさ、それだとこの箱の中身が全部白色ってことか? じゃなければ回せば違う色が出てくるかも知れないじゃないか」
「そうじゃないの。この世界でこういうモノが出てきたってことは……ちょっと見てて」
ハジメは抽選器の前から離れ、彼女に場所を譲る。代わって彼女が抽選器の前へ。
「この世界は普通じゃないのは高梨君も体感してるでしょ? 抽選器の体をしていても、実質は抽出器なのよ、コレは。『何が出るかな』じゃなくて、『何になるかな』の精神が大事」
「? ……ううん? ゴメンさっぱり分からない」
「回す前に中身は決まってないの。回す人によって、出てくる色も、現れる形も変動する。回す誰かの何かの思想を、形として成立させる。それがこの世界の抽選器なの」
「よく分からないな……回す人によって出る球の色が違うってこと?」
「間違ってないけど、足りてないかな。実際にやってみるからよく見ててね……」
彼女は抽選器の取っ手を掴み、ゆっくりと回し始めた。ハジメと同じ動作に見えるが……
「願うモノを心に決めて、現出させるのはただ1つの事柄。この世界においては――」
ハジメと彼女、どちらも同じ動作をしているハズなのに。
「確信こそが、道を創る」
彼女が回して出てきた球の色は。ハジメのものとは違い――オレンジ色だった。
そして出てきた球がテーブルに当たると、球は突然発光し始めた。放つ光の色は、彼女がミカンを操る時に発する色に酷似している。ハジメが目を細めるほどの眩い光を放った後、出てきた球は消えるように姿を薄め、跡形もなくなってしまった。
「……ほら、次は高梨君の番よ」
「え? もういいのか。出てきた球、消えちゃったけど……」
「私はもう形として持ってるから。この世界だと同じモノは2つ同時に存在しないの」
(? 待てよ、もう持ってる? えーと、そうなると彼女が持ってて俺が持ってない、しかもこの世界特有っぽいおかしなナニかってことか? だとすると……)
ハジメと彼女。両者を比較し、このおかしな世界を考慮した上で一番の特異点と言えば。
(……ミカンか?)
彼女が頭の上に置いている、また時折懐から取り出すミカンに他ならないだろう。
「じゃあ、俺がこれから引く……いや形にするってのは。その、頭の上に乗せてるミカンみたいな『ナニか』ってこと? それを決めるのが、この抽選器だと」
「? そうよ? そう言ってなかったかしら」
「全然言ってない! それならそうとハッキリ言ってくれよ……」
「言ってたつもりなのだけど……まだズレてるみたい。ま、高梨君が形を成せばそれも解決するわ。コレがこの世界でのズレ、認識を補正してくれるから」
彼女は自分の頭上にあるミカンを指差し、『コレ』と称した。ミカンが認識を補正する?
(やっぱりよく分からないけど、これもズレてるからってやつなのか。なら仕方ないか)
ここは彼女の指示通り、この抽選器を回すのが先決だ。ハジメは改めて抽選器の前に立つ。
「さっき『何が出るかな』じゃないって言ったのは、出てくるものは願う人が決めるからなの」
まだよく分かっていないハジメを後押しするように、横に立つ彼女からアドバイスが飛ぶ。
「願うことを心に決めてから、抽選器を回して。私をには出てくる『ソレ』がどんな形になるかは分からない。だから、どんなものになるかなって事で、『何になるかな』、なの」
(何が出るのか、じゃなくて……何になるかな。想いが形になる、か)
つい彼女が持つミカンのようなものを思い浮かべてしまうが、そうではないのだろう。現れる形を思うのではなく、想いを1つにまとめて回せば、自然と形に成って出てくるらしい。
自分がこの世界で、何を求めるのか。
少しばかり考えた後、ハジメは答えを出した。
(考えてみたら、ずっと助けてもらってばっかだ。この子に頼るだけじゃなくて、自分の事くらいは自分で決められるような。そんなモノが欲しい、かな?)
彼女の持つミカンくらい凄いものを自分が持つのは、何か違う気がする。
だから自分は、自分をなんとか出来る程度のものでいい。
こうしてハジメの心は固まった。
(心に描いた1つのモノを、信じる。そうなると確信して……)
抽選器の取っ手を掴み、ゆっくりと回す。そして彼女の真似をして、同じ言葉を言いながら。
「えーと……『確信こそが道を創る』、だっけ?」
ハジメは抽選器を回した。幾分間の抜けた言い方になってしまったが、彼女が言っていた言葉と相違ないはず。
そして抽選器から出てきた球の色は――薄緑色だった。
彼女が回した時と同じく、出てきた球はテーブルに当たるや眩い光を放ち始めた。放たれる光は球の色と同じ薄緑色。辺りを一色に染め上げた後、光は段々と失せていく。
それにともない球も消えてなくなり、後には何も残らなかった――かと思いきや。
(!?)
出てきた球が消えた瞬間から、ハジメは何やら頭の上に重さを感じる。何事かと自らの頭の上に手をやると、何やら固いものが乗っているようだ。手のひらサイズの、丸いものか?
(? なんだいきなり、重……)
何かが落ちてきたのなら、当たった衝撃で痛みを感じるはず。しかし不思議と痛みはない。
まるでハジメの頭の上に突然現れたような。もとからそこに在ったモノが、形を成したような。
「あはははっ……もう、別に私の真似しなくても良かったのに」
「え? あっ……あの言葉? あれ必要じゃなかったのか」
「あれは私なりのマインドセットだよ。一切悩まないように習慣化させてるの。まあ、イヤじゃないなら別にいいんだけど……それより、ソレ。やっと手にしたみたいだね」
彼女は少し照れくさそうに微笑みながら、ハジメの頭の上を指差した。やはり何かあるのか。
彼女からはハジメの頭の上にあるものが見えている。一体この重みの正体は何なのだろうと、ハジメは頭の上にある『ナニか』を掴み、目線の高さに下ろしてみた。
「……なんだよコレ」
ハジメが奇妙な抽選器を回し、やっと手に入れた認識を補正する新しい力。そのナニかとは――
「なんでここで梨なんだ?」
ハジメがよく知る、ただの新高梨だった。




