[完結]1-A 第7話 ハジメて笑って彼女が困って
「せっっっ!!!!」
それは空洞内を貫く、一筋の光。放たれたミカンは輝くオレンジ色の軌跡を残しながら、目の間に大挙するデコポンの群れへと突き刺さる。
だが彼女のミカンは爆発しなかった。1つのデコポンに当たった程度では止まらない。投てきされたミカンに触れたデコポン群は一方的に貫かれ、次々に薙ぎ払われてく。
どれだけの数のデコポンがいようが、彼女から放たれたミカンを阻めはしない。
風穴を空け、半身を奪われ。彼女のミカンが通った後には、一筋のオレンジ色の軌跡だけが残った。
デコポンの壁に穴が空いた。オレンジ色の光越しに、確かに続く道が見える。
数秒ほどだろうか。半壊したデコポンたちは形を保った後――
一斉に破裂、大爆散した。
空洞内を埋め尽くすさまざまな色の奔流。眩い光と空洞全域を揺るがさんばかりの爆音に包まれながら。
ハジメは彼女のスカートにばかり気を取られていた。
(あっ……)
彼女はハジメの右斜め前に立っていた。ハジメは身動き一つ取れない。
そして彼女は足を高く上げ、全力で振りかぶってミカンを投げた。短いスカートで、だ。当然のごとくスカートは翻り、上に着込んだコートのすき間から太ももが覗いた。
それは男の本能か。それともワケの分からない事象よりも、よく見知った現象を脳が優先して見ようとしたのか。
身動き一つ出来ず、他にすることがなかったハジメは。
目の前で動き、変化するスカートを無意識に目で追ってしまった。
(……あー……)
切羽詰まった状況なのだろう。生死がかかった瀬戸際なのかもしれない。
だが、だがそれでも。ハジメの視線は彼女のスカートに釘付けだった。
跳ね上がったスカートがふわりと宙に浮き、重力に引かれる瞬間。ハジメの全神経が注がれた刹那。
空洞内を眩い光が覆った。ハジメの視界も光に包まれる。突然の閃光に目がくらむ中、それでも目で追ったスカートの内側は。
光を受けて影になり、彼の目では何も
(見えなかった……)
事ここに至り、ふとハジメは我に返った。自分は何をしていたのだろう。
「……っぷっ」
ミカンを投げ終えた彼女は、不審な動きをするハジメの方へと向き直る。
「……高梨君?」
どうかしたのかと心配する彼女をよそに、ハジメは自らの行動に笑いが抑えられない。
「アハハハハハハバッカじゃねーの俺! アハハハハ!」
これまで不条理に不合理なこの世界に迷い込み、分からないことばかりだった。
自らの存在の危機にひんしてなお、足元さえおぼつかない。誰とも知れない少女に頼るほかなかった自分。そんな自分は、こんな大事な時でも下らない事に目移りするほど大馬鹿だったのか。
それに気付いてしまうと、もう我慢できない。腹の底から笑えてきた。
「??? どうしたの、一体何が……?」
彼女には何が起こったのか分からない。分かっても理解できないだろう。珍しく何も分からずオロオロする彼女が見れ、ハジメは何か得した気分になった。
「アハハハハ……ごめん、ビックリしたよね」
「ううん……うん。一体どうしたの」
「いや、何でもない。むしろゴメンナサイ」
今のハジメは首から上くらいしか動かせない。だから首を曲げ彼女に頭を下げようとする。
「??? なんで謝るの?」
それが彼女には奇妙に映ったようだ。なぜ謝られているのかすこしも分かっていない。
困惑する彼女と、一人納得するハジメ。いつの間にか立場が逆になっている。
(……そうか。何も出来ないと思ってたけど……笑うことくらいなら。俺にも出来るんだ)
どうせ自分は馬鹿なのだ。そんな馬鹿なら……開き直れ。せめて笑っていこう。
「? 流れデコポンにでも当たったとか? いやそんなハズないし……」
態度が急変したハジメを見て、彼女はますます疑念を深めていく。首をかしげすぎて横に倒れそうなくらいだ。唇に手を当ててうんうん唸っているのが妙に愛らしい。
「……あっ! 前見て前!」
しかしゆるんだ時間は長く続かない。ハジメが見咎めた先には新たな脅威が。
「ッ! ……また集まってきてる……」
ハジメの指摘を受け彼女は進行方向に向き直る。空洞内の奥闇から、またデコポンが迫ってきていた。彼女のミカンによって一掃された一群とは別のデコポンなのだろうか。
「どうする? またさっきのやつを――」
「ちょっと無理かな。実はここに来るまで色々やってて。しばらくあのレベルのは無理」
「マジか……あでもさっきよりはデコポンの数減ってない?」
「そうね。まだそれほど集まってきてない……ミカンが通れるくらいのすき間もある……」
彼女の行動は早かった。足元のミカンに座り込みながら長髪を輝かせ、何かしら働きかける。
するとミカンから航空機についていそうなハンドルらしきものが生えてきたではないか。よく見れば車に付属するアクセルやブレーキもミカンから生えてきているような……
「!? ハハッホンっと何でもありなんだな」
「ミカンだもの。操縦桿くらい生えてくるわ」
「マジかよミカンってすげー!」
ハジメはもう突っ込むのを諦めた。今を受け入れ彼女に託すと決めたのだ。
「しゃべってると舌噛むよ! 飛ばすか……らっ!」
そう言いながら彼女は自らの身体にシートベルトのような帯を巻きつかせる。そしてミカンから出てきたオレンジ色のアイガードらしきものを装着し、アクセルを強く踏み込んだ。
するとミカンが急加速。車体ならぬミカン体がゆがむほどの速さだった。辺りに浮かんでいたミカンたちを置き去りにし、迫ってくるデコポンたちの間を縫ってどんどん加速していく。
「アハハハ! すっげーはえー!」
「しゃべってると舌噛むよって言ったよ!?」
不思議なテンションになったハジメにツッコむ彼女。しかしそう余裕はなさそうだ。彼女が真剣な顔で操縦するミカンは、すんでのところでデコポンをかわし続けている。
加速したあたりから、2人が乗るミカンは不思議な音を立てている。その速さとはかけ離れた間の抜ける音が、余計にハジメの腹筋を攻めてくるのだ。
笑い上戸にでもなったかのようなハジメの目の前には、おかしな世界が広がっている。
空洞内を包むオレンジ色の照明。襲い来るデコポンをかわし、ミカンをかっ飛ばす彼女と自分。何がどうなっているのかなんて、もはやどうでも良くなってきた。
「ホンっと、意味分かんねー……」
そうぼやきながらも、ハジメの顔は笑っていた。




