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プロローグ

 朝は嫌いだ、と私は思う。瞼を突き抜けて強制的に私を目覚めさせるあの朝日。あらゆる人が仕事や学校に向かって慌ただしく、1分1秒を争う雰囲気。今も、なにもそんなに怒らなくてもいいのにってくらいの足音でお母さんが階段を駆け上がってくる。

「莉子、いい加減起きなさい!遅刻するわよ!」

はいはい起きますよ。近所迷惑だからちょっと黙っててくれないものか。

 大きく背伸びをして窓の外に目をやる。ふと見ると、何事かとこちらを覗き込む目と視線がぶつかった。

「んん・・・?朝から覗きシュミの元気な人はどこのだれですかー・・・」

と、窓の外にいたのは小柄な黒い猫。ちょっと弱々しいこの子は子猫かな?

「おはよう、黒猫クン・・・朝からどうしたの」

黒猫クンってなんか呼びづらいなぁ・・・。黒だからブラック・・・いやブラックはなんか嫌だ、フランス語みたいにノアールとか・・・

「すみません、助けてください!」

突然、男の子の声が聞こえた。

「え・・・いまの声、誰・・・?」

思わず周りを見渡したけど、この部屋には私しかいない。それに、私には兄弟も男のいとこもいないから、声の主が誰かなんて思い当たらない。そもそも今日は平日だからいとこが来るなんてことはあるはずがない。いけない、まだ寝ぼけてる・・・。

 空耳だったのかな・・・下でお母さんも呼んでるしそろそろ準備しなきゃ・・・。そう思って部屋を出ようとしたとき、

「待って!お願いだから助けてください!」

今度ははっきり聞こえた。空耳なんかじゃない、もっと明瞭に、頭の中に響いた日本語・・・!

「だれ、なの・・・」

「僕です!窓の外!」

窓の外・・・?窓の外にはノアールしかいなかったじゃない。そう思って窓の外を見ると、

「お願いです!僕に力を貸してください!」

あのノアールが必至に前足で窓を叩いていた。引っ掻いているのではない。叩いているのだ。

「もしかして・・・あの声は君・・・?」

「そうです!お願いですからここを開けてください!」

これは夢なのだろうか。猫の言葉が分かるなんてどうかしてる。でも、夢なら夢でいい。せいぜい猫とお話ししてこの夢を楽しもう。

 窓を開けてやると、ノアールが勢いよく飛び込んできた。苦しそうに息をしている。どうしたんだろう。

「大丈夫?」

「はい、全然、へいき、です・・・!」

しばらく苦しそうにしていたノアールも、(声から推測するに)若いからか、徐々に呼吸が落ち着いてきた。

「朝早くに失礼しました。僕には大事な使命があるのです」

「なにかしら?」

「人を探しているんです」

子猫が人探し?迷子にでもなっちゃったのかしら?でも子猫ってそんなふらふら出歩いたりする生き物かしら?と思案を巡らせていると、ノアールは驚くべき質問を私にぶつけてきた。

「このあたりに、猫屋敷莉子さんという方がお住まいだときいたのですが」

ネコヤシキリコさんを探してるのね。ずいぶんと切羽詰まった感じだったけどその飼い主さんが見つかれば一安心ってことよね、あれ?ネコヤシキリコ・・・ネコヤシキ・・・猫屋敷・・・

「えええええええええっ?!」

猫屋敷莉子?!私?!

「ご存じなんですか?!」

ノアールがすかさず食いついてきた。

「ご存じもなにも私のことなんだけど・・・」

「え・・・あなたが・・・?!」

そう言って私の顔を覗き込んでくるノアール。可愛いなぁ。そういえば、なんで私を探してるんだろう。

「ねえ、なんで私を探してるの?」

「なんでって・・・困ったときは猫屋敷さんのところへ行けっていろんな人が・・・」

「いろんな人?あ、あと莉子でいいよ。猫屋敷って苗字なんか長くて好きじゃないし」

「あ、はいっ!えっと、僕のお隣のトメさんとか、大通りの魚屋のゴンさんとか、野良のトラさんとか・・・みんな、困ったときには莉子さんに助けてもらったって言ってるんです」

「トメさん・・・?ゴンさん・・・?トラさん・・・?」

もしかしてみんな猫なのかな・・・?この流れはきっとそうだけど。

「ご存じないんですか?トラさんなんかは側溝で死にかけてたところをわざわざ見つけてくれたってすごい感謝してましたよ?」

「側溝のトラ・・・あっ・・・!」

 思い出した。ちょっと前の帰り道に、学校のすぐ横の路地を通って帰ろうとしたときだ。あの時はテストの点数がすごく悪くて、なんとなく気分で細い道に足が向いちゃったんだっけ。そうしたら側溝ですごくお腹が空いてそうなトラ柄の猫がうずくまってたんだ。なぜだかすごく可哀そうに見えてこっそり家に連れて帰って、ごはんとかをあげた。まさかこんな形で思い出すことになるとは。

「つまり、君はなにか困ったことがあってここまで来たの?」

本題に戻す。こうなったら夢だろうとなんでもいい。とりあえず聞いておこう。

「はい」

ノアールが背筋をピンと伸ばして口を開いた。

「数日前から行方不明の、僕のお母さんを見つけ出してほしいんです!」

「はい?」

 ちょっと待ってほしい。いくらそのトラさんをはじめとする猫たちに困ったときは私に云々って言われてるからって、私は人探し、もとい猫探しのプロなんかではない。まして失踪猫だよ?でもよく考えたらこれは夢なんだから真面目に反応する必要はないのではないか。それなら引き受けても・・・

「ダメ・・・でしょうか?」

ノアールが恐る恐る尋ねてくる。

「え、ダメなことないよ、うん!引き受ける!君のお母さん探し、引き受けるよ!」

・・・まあ、いいよね。

 その返事を聞くが早いか、ノアールは眩しいくらいの笑顔を見せ、以下のような事件の経緯を話し始めた。


 ノアール|(偶然にも本名はノアールだった)のお母さんが行方不明になったのは、2日目の朝だった。ノアールとノアールのお母さん|(ミケっていう名前らしい。息子に対してずいぶん庶民的だなぁ)は、うちから15分ほど歩いた空き地の草むらに住み着いているらしい。ノアールは最近歩けるようになったばかりなので、食糧調達はいまだミケさんの仕事らしい。その朝、ミケさんはいつものようにノアールのために朝ご飯を取りに空き地から通りのほうへ出たという。その後、いつもであればすぐに帰ってくるはずのミケさんが戻ってこない。ノアールは不審に思ったが、子猫ゆえにすぐに眠りに落ちてしまった。次に目が覚めたとき、太陽の位置から推測するに真昼だったが、ミケさんはいなかった。ミケさんが帰ってきた痕跡すらない。さすがに寂しくなって、家から出てはいけないという言いつけをやぶって、ミケさんを探しに街をさまよっていたのだという。その道中、ミケさんが車で連れ去られていくのを見たという証言まで現れた。そこで私を頼ってここまで来た・・・。


「それってきっと保健所の人間の仕業だよ!」

私はズバリ突き止めた。・・・ってここまでは誰でも推理できるか。それより問題は・・・

「ミケさんが保健所にいるとして、まだ大丈夫か・・・ってことなんだよね」

「まだ大丈夫か、というと?」

「うん、えーっと・・・」

どうしよう、こんな子猫にあなたのお母さんはすでに殺されてしまったかもしれません、なんて言えるわけないよ・・・。

「大丈夫かってどういうことですか・・・?」

ノアールの澄んだ瞳。どうしよう、こんな目で見られたらなおさらだよ・・・!

「よ、よし!わかった!」

「・・・??えーっと・・・その、つまり?」

「ミケさんのことは全部、私に任せなさい!この猫屋敷莉子さんがビビッと解決しちゃうから!」

「は、はあ・・・」

ここはこうまとめるしかないんだ。どうせ夢。

「そうだ!お外にいると保健所の人に捕まっちゃうかもしれないから、今日は一日私の部屋に隠れてるといいよ!」

「え、そのほうがいいんじゃないんですか?そうすればお母さんにも会えるかも・・・」

「ダメ!保健所に連れて行かれたら・・・連れて行かれたら・・・。とにかく、危ないからダメ!分かった?」

「は、はい」

「それじゃあ私は朝ごはん食べてくるよ。後で何か食べ物持ってくるから、それまでちょっとだけ待っててね」

そう言い残して階段を駆け下りる。そういえば、ノアールは何を食べるんだろう。聞くところでは野良猫だけど、ミケさんはいつもなにを調達してくるんだろうか。

 なにはともあれ、私の、なんとも・・・いや、ニャンとも不思議な事件簿は、こうして幕を開けたのであった。

近所にいつも大量の猫が集まっている、まさに「猫屋敷」があるのですが、ある日突然猫の言葉がわかるようになったら、奴らは何を考えてあそこに集まっているのか、ふと気になりました。猫の数だけ悩みや事件がある。そう思って書いてみただけです。

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