魔族の登場で事件は終幕
声がした方を見ると、建物の影から10歳くらいの少年が出てきます。クセのある茶色の髪の毛に紫色の瞳。先ほど、リアークを地下に案内した少年でした。
リアークは少年を見ても、何の反応も示しません。
「君、危ないだろう!避難を…」
「そうか。ではこれを持っていってくれ。あれも持っていってくれるんだろう?」
そう言いかけたアデルの声を遮ったのはテンコでした。その指は悲鳴と衝撃音が響く方向を向いています。
「いいでしょう」
そう言うと、少年は手を差し出すと、その上にテンコは持っていた丸い物を乗せます。
「それは…?」
「あのコの子どもだよね~?たまご?」
あのコというのはワイバーンのことだろうか?とイマイチ着いていけない兵たちが思っている所へテンコは衝撃を落とします。
「思った通り、お前のお気に入りノーリスが連れていたナラハという男が持っていた。巣から持ち去ったんだろう。ここに呼び寄せるために」
「!!?呼び寄せる?!」
「そうですね。恐らくは卵を盗られた母親を誘き寄せたかったのでしょう。目的は不明ですが」
それに答えたのはふふと笑う少年。その少年らしくない喋り方に兵たちは戸惑いを隠せません。
「さっさと持っていってくれる?街がめちゃくちゃだよ」
頷いた少年がワイバーンの方向に歩き出します。
「おい!危ない!!」
誰かがそう叫びます。テンコとリアークはすでに少年とは反対方向へ歩き出していました。思いっきり、愚痴をこぼしながら…。
「あ~!!無駄怪我!!せっかく、一本くらい爪を貰ってから、卵渡して退場してもらうつもりだったのに、なんの儲けもない!なんなの?!この空回りっぷり!」
「お前が財布を忘れるからだ」
「テンコだって忘れてたんじゃん!!」
そんな言い合いに少年は吹き出します。
「くすくす。では、これを差し上げますよ」
と言ったかと思うと、先が尖った何かを小さな腰袋から取り出します。その大きさは長さは少年の背ほど、太さも細い少年と同じくらいありました。明らかに小さな腰袋に入っていたとは思えない大きさです。それは、先は尖っているのですが、少し歪曲していて…それはまるで。
「爪…?」
ぽいっとリアークの方に投げられ、リアークはうまくキャッチします。
「えぇ。爪です。ドラゴンの爪が欲しかったのでしょう?私のペット、レッドドラゴンの生え変わった爪なのですが、うまく加工すれば使えるでしょう。王都のヘルドと言う男なら、いい剣を打てますよ」
「うっわ!やった!!ありがと!!」
飛び上がりそうなほど喜ぶリアークは、はたと気が付きます。
「あれ?」
リアークの傷がいつの間にか塞がっていました。リアークだけではありません。大きな怪我を負っていた兵たちは、自分の傷が癒えていることに驚いていました。気が付けば、ワイバーンのいた方向から音がしなくなっていました。
「おぉう!アフターサービス?」
少年はクスクス笑います。
「驚かないのですね。人間は『魔法』から離れて久しいので、後ろの方々のようにもっと驚くかと思っていました」
「いや、驚いた、驚いた!」
へらへら笑うリアークに少年は苦笑します。
「では、ワイバーンは回収させていただきます。残念ながら、死者は戻すことが出来ませんので…」
「はいは~い!お疲れさま~♪」
ご機嫌で手を振るリアークに少年は苦笑しつつ、頭を軽く下げ、歩いて行ってしまいました。
「な…んだったんだ、あの子」
「ん~、多分でいいならわかるよ」
その場にいた全員の視線がリアークに注がれます。
「あれは、多分…森の上位魔族。しかも、かなり強い」
「いや~!こわかった!!!命がいくらあっても足りないよ!!あんなの相手にするくらいならワイバーンを10回相手にした方がマシ!!」
その言葉に、その場にいた全員が、震えあがりました。人間の中でも最強の部類の2人が震えるほどの強さ。それが街に最も近い人跡未踏の森に住んでいるなど、あまり考えたくもない事実でした。
こうして、ハルファンドの歴史始まって以来の竜種による攻撃は、数十人の死者と、街の一部が壊滅状態になるいう被害で幕を閉じたのでした。
◆◇◆◇◆◇
「…北方騎士団長は死んだか」
広い部屋にぽつりと呟きが響きました。
「ああ。詳細を話すと。ワイバーン襲撃の急報がもたらされ、すぐに王都を出立。その速さは褒めてもいいが、ハルファンドに到着後、リアークが戦闘中なのを傍観。助けに入るわけでもなく、ワイバーンを弱らせたところに出ていき手柄を横取り。挙句、さっさとトドメをさせばいいのに、しばらく放置し狂乱を引き起こす。そして、死亡。大丈夫か?この国の騎士団は…」
呆れたように喋る声に言われた方は苦笑するしかありません。
「なんとかしたくてお前らを呼んだんだがな…」
「何とかなるとも思えない」
きっぱり否定されて、またも苦笑いです。
「リアークは?」
「城下の鍛冶屋のところだ。ドラゴンの爪で武器を作ってもらうんだと」
「…これで剣の心配はなくなったか…」
「ドラゴンの爪がどれほどの物かによる」
「剣にするとなると高いだろうな」
男は机の引き出しを開けて、中から麻袋を取り出します。チャリっと音が響きます。
「特別手当だ。ドラゴンを退けたボーナスだ。リアークに渡してくれ」
「わかった」
受け取り、出て行こうとしたテンコを男は呼び止めます。
「ところで、ナラハと言う男…森から帰還したとき、卵を持っていることには気付かなかったのか?」
テンコは、ドアに手をかけ、少し考えて振り向きます。
「…卵かどうかは分からなかったが、何かを持っているのは気付いていた。竜鉱石かとも思ったが…」
「なぜ放置した?その時、口に出していれば…」
「あの男が何を考えているのか知りたかったからな。何らかの行動に出ると思っていたが、ただ竜種を呼び寄せるためだけとはな。まさか休みに動きがあるとは思っていなかった」
それだけ言うと、テンコはさっさと出て行ってしまいます。残された男は、ため息を吐きます。
「ワザとか…」
何が、とは言わず、男は苦々しい表情で再びため息を吐きました。