黒の暗躍と白の活躍
「化け物か?」
ギルドの屋上に座り、遠くから秘かにリアークの戦いを見物していた男は思わず呟きます。
大型の竜種を相手に互角の戦いを繰り広げるリアークは異様にしか見えません。自分より5倍以上大きいワイバーンに怯むことなく向かっていく姿には驚愕しかありません。
しかし、と男は考えます。
「森のワイバーンがこれほど大きいとは…」
予想以上に大きく圧倒的なワイバーンに、男は自分の失策を実感せざるを得ません。普通のワイバーンくらいで良かったのに、森に行ったことのない男は森の状態を知ることがなかったため、予想以上の脅威を呼び寄せてしまったのです。
「これは…処分対象になるな」
明らかに、数十人規模の死者が出ている事態に男は自分の未来を容易に想像することができました。
手の中にある物を弄びながら、逃げるか、そう考えた時、ふと自分の胸に違和感を感じ、男は視線を下に向けます。
「…え?」
胸から剣が生えていました。
なんだ、これは?!なぜ自分の胸からこんなものが生えているのだろう?
ごぷりと喉の奥から赤いものが溢れだします。男は、自分の身体に起こった出来事に理解が及ばぬまま、意識を黒く染めました。
倒れた男が持っていた物を拾い上げた者がいました。丸い形状のそれを手の上で転がします。
白いシャツに黒いズボン。左手で突き刺した剣はまだ男の胸に刺さっていましたが、それに気を留めることもありません。
リアークが戦っている方向へと視線を向けます。
「…リアーク」
そう呟くと、屋上から飛び降り、近くの建物の屋根を伝い、戦場へと近付いていきました。
◆◇◆◇◆◇
そのころ、リアークは建物の屋根を飛び移りながら、後ろを追いかけてくるワイバーンから逃げ惑っていました。
「あ~!!むりむり!!」
大声でそんな叫びを吐きながら…。
先ほど、地下であるだけもらってきた剣の最後の一本が折れてしまい、戦いにくい街中からなんとか外に誘き出そうと戦場を移動させてしまったため、近くに剣を借りられる冒険者も兵もおらず、そうするしかありませんでした。
「武器、武器!!武器がない!!」
飛び移りながらもどこかにないかと探すのですが、そんな都合のいいものが落ちているわけもなく…。割と本気で困り果てていました。
「あいつは素手、無理!」
ちらと後ろを見ると、追ってきているワイバーン。追いつかれていないのは、リアークが急に方向転換をすることもありますが、恐らく大部分が運によるものでした。
「どうしよ…!」
リアークが困り果てていると、進行方向の屋根の上に人影が見えました。
「リアーク!!」
名を呼ばれて、リアークはぱっと笑顔になります。
「テンコ~!!おっそいよ~!!」
テンコの手には剣が握られています。それをテンコは無造作に上に投げます。
「ワイバーン!!お前が捜している物は俺が持っているぞ!!」
テンコの怒鳴り声にワイバーンはテンコに視線を移し、上に掲げた手の中の物を見て、眼を見開きます。
「おおおぉぉぉん!!」
標的がテンコに移ったのを見て、リアークはちょうど落ちてきた剣を掴み、鞘を投げ捨てます。
そのまま、右脚を支点にぐるっと振り向く勢いのまま、下からすくい上げるように剣先を走らせます。
ワイバーンが気付いた時には、目の前にリアークの剣が迫っていました。ワイバーンは、その攻撃を避けようと身をひねりますが、避けきれず、左わき腹を切り裂かれます。
ばきん!!
リアークの持っていた剣が真っ二つに折れてしまいます。
ワイバーンは、斬られた衝撃に耐えきれず、バランスを崩して近くの建物に突っ込みます。飛んでいた勢いもあり、そのまま何軒も住宅を巻き添えにして、ようやくワイバーンが止まりました。
「ふぅ…!!」
リアークはワイバーンの近くに降りてきます。その横にテンコが着地します。
「トドメを…」
「うん!急ごう!」
テンコから新しい剣を受け取り、リアークが歩き出した時です。
「ちょっと待ちたまえ!!君たち!!」
後ろから大声で制止され、2人は振り返ります。そこにいたのは、揃いの鎧を着た重装備の軍隊です。隊の先頭には、他の黒い鎧と違い1人だけ白い軍服を着た馬に乗った人物。どうやら、制止の声はその人物が発したようでした。
ワイバーンが落ちたのを見ていた、ハルファンドの兵も別の方向から走ってきました。アデルとウェイもその中にいました。
「…!!北方騎士団…。王都から着いたのか…」
「いや、とっくに着いてたが、どうやらどこかで様子を見ていたらしい」
その呟きが聞こえたのか、2人はちらとアデルたちの方を見ました。
「ご苦労だったな!そのドラゴンは我々、北方騎士団が請け負おう!下がっていいぞ」
「!!なっ…!!」
リアークが命がけで戦い、ここまで弱らせたドラゴン。そのトドメだけ持っていく、という発言に、ハルファンドの兵たちは耳を疑います。
アデルたちは怒りを抑えられません。しかし、2人は北方騎士団をじっと見て、リアークは口の端を少し上げます。
「ふ~ん。騎士団サマはずいぶんとお偉いんだね~。いいトコ取りかぁ~」
「無礼なことを申すな!!これは騎士団としての責務である」
リアークはちらっとワイバーンに視線をやり、騎士団長ににっこり笑います。その笑顔には裏の何かを感じさせましたが、気付いた者はいませんでした。隣りのテンコ以外。
「わかりました~!お勤めご苦労様で~す!がんばってくださいね~」
そう一息で言うと、2人は全速力でアデルたちの方に向かって走ってきます。
「ほら!行くよ!急いで!!」
慌てた様に言われ、ハルファンドの兵たちは訳が分からず、2人を追いかけ始めました。
「おい!いいのか?!」
アデルが2人の背中に怒鳴ると、リアークは速度を落とし、隣りに来ます。
「あのね…」
その時です!!
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」
後ろから今までで一番大きな咆哮が聞こえてきました。そして、カッと光が何本も空を走ります。
「な…に?なにが?」
リアークたちが立ち止ったので、アデルたちも止まって後ろを振り返ります。
「あ~あ、ばっかで~。さっさとトドメをさしてたら良かったのに」
「…なにが?」
「狂乱だ」
テンコの言葉にアデルは首を傾げます。
「狂乱?」
「竜はほとんどが痛めつけ過ぎると、生存本能により狂う」
「そうそ!ああなったら、あの人たちじゃちょっと仕留めるのは無理かな~。竜種は痛めつけずにさっさとトドメを指すってのは常識じゃない?」
なぜ、そんなに詳しいんだ?とアデルは聞くことができません。
ワイバーンがいた方向から、怒声、悲鳴、衝撃音が響き、何が起こっているのか、想像だにできます。
「どうするかな~」
そう呟いたリアークに返事をした者がいました。
「では、私が後を請け負います。そいつを渡してもらいますよ」