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地下都市への避難

 その日、ハルファンドの城塞都市はいつもの朝を迎えていました。


 異変に一番に気が付いたのは、やはり北門の門番でした。朝番の彼らはリアークやテンコほどに眼がいいと言うわけでもない門番ではありましたが、さすがに北門を長い間守り、生き抜いてきた門番だけあって、その違和感にすぐに気がつきました。


「…なんだ?」


 森の違和感に朝番の2人は眼を凝らします。


 そして、その正体に気が付いた瞬間!


「…っ!緊急閉門!!」


 叫ぶのとほぼ同時に緊急の門を落とすための綱を剣で切り落とします。


 ずどん!!と重たい扉が落ちる音が周りに響くと同時に緊急事態を示す鐘を鳴らします。その間に1人は冒険者ギルドに走ります。


 が、鐘の音にギルドからはすでに幾人かの冒険者とギルドの職員が北門に向かってきていました。


「何事だ?!」


 ギルドの職員が門番に怒鳴るように尋ねます。


「非常事態宣言を要請します!現在、森よりいずれかの竜種が、恐らく一頭、ハルファンドに向かっています。撃退命令を出してください」


 はっと息を飲んだギルド職員はすぐに頷いて、引き返していきます。


 それを聞いていた、守備兵のウェイは都市長への緊急報告に走ります。



 そうして、竜種の襲撃は町中が知るところとなります。


 しかし、そんな緊急事態の中、ダイアウルフ撃退で名を知られた2人の門番は宿舎にも行きつけの居酒屋にも、どこにも見つけられませんでした。




◆◇◆◇◆◇




 ハルファンドは別名「地下都市」とも呼ばれています。都市の地下には縦横無尽に張り巡らされた地下通路があり、非常事態時には市民が地下に避難することになっています。


 そして、撃退命令により、都市に努める兵、冒険者たちのみが地上で竜種を迎え撃ちます。


「あの2人は…いないのか?」


 2人の先輩門番であるアデルは残念そうな声を漏らします。誰もが考えていることです。なぜ、今日に限ってあの2人は休みなのだ、と…。


 休みの日に門番が遠出をしていたからと言って、責められるものではありません。2人は正式な申請書に「王都見学」の休日予定を出し、その書類は受理されているのです。


 つまり、2人はすでにハルファンドにはおらず、例え王都から呼び寄せたとしても、王都から応援にくる北方騎士団が到着するのとほぼ同時になるということです。


「リアークは森のドラゴンを倒して、剣の素材にすると言っていたから、戦力を期待していたんだがな…」


 かなりの戦力になるはずの2人がいないことは、ハルファンドの誰しもが落胆せざるをえません。


「いない奴のことをグダグダ言っても仕方がねぇ!気合いを入れろ!!府抜けたままで勝てるほど森の竜は甘くねぇぞ!!」


 おおー!という掛け声とほぼ同時でした。

 ゆったりとした速度で向かっていたドラゴンがハルファンドの上空に到達したのです。


「ワイバーン!!」


 前足が翼へと進化した竜の名を誰かが叫びました。他の竜種に比べると、小さく弱い種。しかし、それは普通のワイバーンだったらの話です。森のワイバーンはその大きさがすでに普通のドラゴンと変わらないものでした。そして…。


 ぐおおおおっ!


「うわっ!」


 上空からの咆哮に身体が痺れ、頭が揺さぶられます。すでに、地面に倒れている者が何人か…。


「…これが…森のドラゴン…」


 誰かが苦笑ぎみに言います。


 そうして、ハルファンドはかつてない竜種の攻撃を受け、数百人の精鋭による戦いが始まったのです。




◆◇◆◇◆◇



 地下の避難所には街の住人が身体を寄せ合っていました。彼らは見ることができない地上の戦いの行方を祈ることしかできません。


その中には、リアークとテンコの二人が行きつけの居酒屋の店主とその娘も避難していました。


「大丈夫よね?」


「どうか無事でありますように」


「おとうさん」


「こわい」


 そんな、ざわざわと不安そうな市民たちを元気付けるために声をかける者がいました。


「大丈夫だ!外の奴らは精鋭だぞ?あいつらは強いから大丈夫だ!!」


「そうだ!強い門番がいるって聞いたし、大丈夫だよな」


 そう言った誰かの言葉に市民は安堵の息をはきます。市民には、半年前のダイアウルフを撃退した2人の噂は知らないものがいないほど広まっていました。2人にのみ期待を寄せるのはおかしな話でしたが、何か希望を持たなければ安心できないことも事実です。


 しかし、熊店主はその言葉を聞いて、ぎりと拳を握ります。

 そんな店主の側にきた娘は、声を潜めます。


「お父さん…。今日は、あの二人は…」


 店主は頷いて、苦々しい表情をします。

 他でもない自分の店で、聞いてしまったのは、リアークとテンコが今日は休みということ、そしてその予定でした。


『…寝る』


『いやいや!せっかくの休みなのに、なに言ってるの!ここは王都観光とかどう?!』


『…』


『まぁ、もう君の分も申請書出してるんだけどね~』


『確定事項だな』


『そ!明日の夜に出発して、明後日は王都観光♪決まりね!』


 そんな会話をしていたのを聞いてしまったのです。


「あの2人は今頃王都だ…」


「そう…よね」


 熊店主と娘の声は沈んでいました。そんな2人の耳に、場に似合わないくらい明るい声が響きます。



「へ~、ここって大昔、《ダンジョン》って言う大迷宮だったんだぁ」


「らしいよ。俺もじいちゃんから聞いたんだけど…」


「へ~、じゃあ、地下深くまで広がっているんだ?」


「うん。あんまり深く潜ったら、迷っちゃうよ」


「ロマンだね~♪おもしろそうだね~♪」




「なんでここにいるんだよ!!」


 思わず、大声で叫んでしまった熊店主は、明るい声を響かせていた人物を睨みます。


「おお!熊さん!君もここにいたんだね~」


 なぜか王都にいるはずのリアークが笑顔で手を振ってきます。


「いや!なぜここにいるんだよ!!王都に行ってるんじゃなかったのか?!」


 熊店主の大声に周りの市民もリアークの存在に気付き始めます。


「それがね~。王都には行ったんだよ!」


 だんだんとざわめきが大きくなっていきます。なぜ、ここにいるんだ?という意味のざわめきです。


「今朝になって気付いたんだよ」


「なにを?」


「僕もテンコも財布を忘れてたんだよね」


「…」


「それで、僕が財布を取りに来たんだよ。ところが、財布を持って街を出ようとしたら、非常事態宣言が出てさ~。そこの子が地下に降りようって誘ってくれたから、僕、地下を見たことなかったし、ついでに見学して行こうって思って、ここに来たってわけ!」


 さっきまで会話をしていた、少年を指さして、リアークはけらけら笑います。


「いや!戦闘に参加しなくていいのかよ?!緊急招集になってるだろ?」


 そう。今日休みの兵も街にいる者は戦闘に参加するよう、命令が下りていました。


「ああ…みたいだね」


 みたいだねって…と呟く熊店主。


「僕は今日、休み!だから、戦闘には参加しない。テンコも街にいても参加しないと思うよ~」


「な!!なぜ?!」


 その会話を聞いていた周りの男の一人が思わず会話に割り込んできます。


「だから~。休みだからって言ってるじゃん?」


 バカにしたように笑うリアーク。


「それがお前らの仕事だろうが?!」


 はん!とリアークは笑います。


「だから?」


 少したれ目のリアークのいつにない鋭い目つきに割り込んできた男はたじろぎます。


「だから、命を落として来いって?僕らは仕事以上のことはしない。仕事中なら敵を撃退するし、門を越す者は絶対に許さない。市民を守ることだってするよ。命をかけたっていい。



 でもね…



 仕事中でなかったら、君らが目の前で死にそうでも、助けることは絶対にしない」


 リアークの淡々とした発言に騒がしかった避難場所がしんとなります。


「仕事まで、あと約12時間。それまでに撃退できてなかったら、戦いには行くし、撃退もできるとは思うけどね」


 12時間。あまりにも長すぎる時間です。恐らく戦いはすでに始まっており、森の竜は体力が無尽蔵なくらいタフです。その時間で、いったい何人の人間が死んでいくのか…。


「寄りにもよって…竜種が来るなんてな…」


 飛行種は街中に誘い込んで撃退。と言うのがハルファンドの常でした。と言うのも、飛行種に対抗する人間は空を飛べないからです。


 街中ならば、隠れる場所の確保も容易、城壁からの攻撃も可能、と言うさまざまな理由から、飛行種への対応は街中での撃退と決まっています。


「竜…?ドラゴンなの?」


 リアークはぼそりと聞き返します。


「そう聞いている。飛行種は限られているからな」


「ドラゴン!!」


 急に大声で叫んだリアークにびくっと肩を震わせた者が何人もいました。


「やっだなぁ!!それを先に言ってよ!!」


「へ?」


「武器!剣か槍はない?」


 意味が分からず、熊店主だけでなくほとんどの市民が首を傾げます。


「気が変わった!撃退したら、素材は倒した人のものだったよね?」


「あぁ…そういう規定があるな」


「ふふふ!新しい剣の素材が森に行かなくても手に入る」


 嬉しそうなリアークに熊店主の背中にぞっとしたモノが走りました。


「仕方がないなぁ!僕が倒してやるよ!そのドラゴン!」


 限りなく自分のための発言でしたが、市民は「きっと素材云々は倒すための詭弁だろう」とかなりプラスに受け取っていました。


 ただ、熊店主だけが、こいつは本気で素材のためだけにやる気になったな…と遠い眼をしていました。






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