その甘さは自殺行為
日が昇り切った森の境界で、ノーリスたち冒険者はいつものように事前の打ち合わせをしていました。
「いいか?ここから森の境界に入る。いつものように、絶対に油断しない事。奥までは入らない事。
二人一組で絶対に離れない事。ナラハは…俺といっしょだ」
ノーリスは仲間たちに支持を出します。
リアークと馬鹿な言い合いをしていたノーリスは、実は面倒見のいい冒険者で知られていました。新人を育てたり、困っている冒険者に声をかけたりと、とにかく人が良すぎると有名です。
「行くぞ。正午にここに集合だ」
そう言って、冒険者たちは散り散りに森へと入っていきました。
「ノーリスさんは、森にはよく来るのですか?」
二人になってナラハが声をかけてきました。
「一ヶ月に一回くらいだな。なんでだ?」
「…門番の方と親しそうだったので…」
ああ、とノーリスは笑います。
「別に親しくない。それに、あれぐらいなら、あいつは誰にでもあんなものだ。親しくなりたいのか?」
「…いえ。最強の門番と聞いていたので、どんな屈強な方なのかと思っていたのですが…」
まさか…。
「まさか、あんな優男とは思わなかったか?」
「…」
静かに頷くナラハにノーリスは苦笑しました。
『最強の門番』。ただの誇張ではなく、真実、そうであるのを、ノーリスは知っていました。
目の前で、格の違いを見せつけられたのですから…。半年前のダイアウルフの襲撃。ノーリスはその戦闘を間近で見た冒険者の一人です。
「見た目で判断すると、痛い目をみるぞ」
2人の外見は当てにならないのです。
黒い髪のテンコは、目つきが悪く、背が高いものの、普通としか言えない体つきをしています。特に筋肉隆々というわけでもありません。
白い髪のリアークはややたれ目で、綺麗な女性にしか見えません。背はテンコより頭一つ分低く体つきもひょろっとしています。一部、女性であることを期待した者もいましたが、リアークは夏、半裸で勤務することもあり、その期待は砕け散ったと言わざる負えません。
2人とも、見た目は弱々しいにもかかわらず、いったいどこにそんな力があるのかと、不思議がられています。
頷くナラハを見て、ノーリスは慎重に森を進んでいきます。
目指すのは、ワイバーンが住まう竜谷の手前、そこにある鉱石が目的でした。
◆◇◆◇◆◇
「二日続けてひまとかね!!」
昼が過ぎ、二日続けての愚痴にテンコはため息をつきます。
「一昨日はヒマじゃなかったのか?」
「ひまだったよ!何も来ないんだもん!毎日、ひまです」
ここで言う何もというのは、恐らく『ひと』ではないのだろうと、テンコは考えていました。
「毎日、魔王か」
「あ!そうだね!ひまは敵だよね!魔王だよ!」
「…それは、倒すのが毎日忙しいな」
「そうだね!ん?だったら、今はヒマじゃないのか?いや、でも…ひまだよね?ひまは魔王だけど、魔王は忙しいし…?」
だんだんと意味が分からないことになってきて、リアークは難しい顔で首を傾げていました。
「それはそうと、練習はよかったのか?」
「ん?なんの?」
すでに昨日の立って眠るという練習の決意を忘れ去っているリアークでした。
「…ほら、お前の玩具が戻って来たぞ」
「おっ!ノッポくんのお帰りだね♪」
テンコが指さしたのは、草原の向うから歩いてきている何人かの人影でした。
「あれなら、あと1時間以上はかかるかな?」
「今のうちに、昼食を食べて来い」
「は~い!」
そして、リアークが言ったちょうど1時間後にノーリスたちは門に着いたのでした。
「おかえり~。早かったね」
「…なんだろうな、その無駄にいい笑顔は…」
にこにこと笑うリアークにいい予感がしないノーリスは顔をひくつかせます。
「いい竜鉱石はあったかい?」
「…いや、竜谷のワイバーンが産卵期らしく、谷の近くまでは行ったんだが、それ以上は近づけず、対したものは取れなかった」
「だよね~。下調べが甘いよ。今、竜鉱石を取りに行くのは自殺行為ってやつだよ」
知ってたのなら、言えよ!!という言葉をぐっと飲み込むノーリスでした。ですが、ワイバーンを含めた竜種の産卵期は季節も関係なく、いつ来るかが分からないのです。予測ができるようなものではありません。
まるで、その産卵期を知っているかのような発言にノーリスは怪訝な顔をします。
その表情に気付いたのか、リアークはにやにや笑います。
「ここ、ひまなんだよ~」
「だから?」
来る度に、ひまひまと言っているリアークを見ているノーリスは本当にそれしか言えません。
「ひまでひまで、毎日森を見てるでしょ~?」
なにが言いたいのか、分からずノーリスの仲間も首を傾げています。
「ここから、まぁかなり小さいけど、飛び回る竜が見えるわけ。
知ってる?竜種ってさ、産卵期になると、飛び方が変わるみたいだよ~」
「「「…!!?」」」
驚きの発言に冒険者たちは思わず顔を見合わせます。
ここから森までの距離を考えると、飛び回る竜など点としか言えないくらいの大きさです。それを見て、飛び方で産卵期かわかるなど…。
「ちなみに、普段はひゅ~んって感じだけど、産卵期はひゅおっって感じかな~」
「…」
その違いが分かるものは恐らくこいつの相方だけだろう、とその場にいた誰もが思いました。
◆◇◆◇◆◇
静かに眼を覚ました者がいました。
そして、ふと気づきます。
――さっきまで、ここにあったものがない!!
何ということだ!!
寝ても気配ですぐに目が覚める自分に気付かれずに…宝を奪って行ったものがいる?!
いや、これは、強力な眠り薬の香りだ!!
おのれ!!
よくも、私の宝を…!!
どこにやった!?どこに行った!!?
燃え上がるような怒りを宿し、ばさりと羽を動かし、『彼女』は巣から飛び立っていきました。