神統紀 プロローグ
プロローグ
一人の男が、荒野を駆けていた。
彼が乗っている黒馬は、鼻息を乱すこともなく、主人を目的の場所へ導こうとしていた。
雲が深く立ち込め、男を覆い潰さんとばかりに厚く広がっていた。
遠くには大きな山々がそびえたち、地平線の遥か遠くまで続いている。
男は馬の手綱を引き、そこで止まるように合図した。馬はおとなしく頭を垂れ、暇つぶしに枯れ草を口にし始めた。
男は馬から降り、目を細めて遠くを見た。
そしておもむろに懐から笛のような物を取り出し、ゆっくりと口に付けた。
ピィュァァァァァーー。
その笛の音は、そびえる山々をも通り越してしまうほど、鋭く、かつ微妙な抑揚をつけて響いた。
すると、今まで生き物の姿など見えなかった荒野に、突如として鳥の声が響き渡った。
男は軽くその口元に笑みを浮かべ、笛を吹き続けた。
ピィュァァァァァーー。
すると、今まで空に胡麻をまぶしたようにしか見えなかった鳥の群れが、段々大きくなり、男の側に集まってきた。
ピィュァァァァァ、
男が笛を吹く。
ギャァァァァッ。
鳥たちはその笛の音に呼応するかのように激しく鳴きわめたて、男の周りをぐるぐる回り始めた。
再び男は目を細め、遠くを見るような仕草をした。そして、何かを見つけたのか、大きく手を振った。
遠方に、白い影が見えた。
すると男は、笛を吹くのをやめ、今度はさっきのとは少し違った抑揚で笛を吹き始めた。
ピュルルルルルルッー
すると、その音を聞いた途端、ギャアギャアと騒いでいた鳥たちは一転して急に静かになり、一羽、また一羽と男のそばから離れて行った。
最後の鳥が男のそばから飛び立って行ったときには、すでに白い影は男の前で止まっていた。男の馬より一回り小さい白馬である。
白馬はいななき、脚を振り上げ、来客の訪問を告げた。
すると、今まで退屈そうに横になっていた黒馬が、急に目を輝かしてこちらを振り向き、勢いよく立ち上がり、白馬に答えるかのように大きくいなないた。
男は苦笑して言った。
「こいつもすっかり大人になったな。」
すると、白馬に乗っていた人物が、ヘルメットを外し、その真紅の髪をかきあげた。
はっとするほどの容姿をもった若い女性だ。
「私の白馬もいささか力んでいたようよ。
あなたとあなたの黒馬を見た途端に急に走り出したもの。」女性は言う。
「それにしても、よく見つけられたな。」
男は言った。
「ええ、あなたの道しるべが分かり易かったからね。後、私視力に関しては自信があるのー。」
男は微苦笑し、つぶやいた。
「半分賭けでもあったんだ。まさかこんなところにまで屍肉鳥がはびこっているとは思わなかったからね。」
「どうりで生き物の姿が見えないわけね。」女。
「まぁこいつらのお陰でこの場所が分かったんじゃないか。それだけでも感謝しないと奴らに僕達の屍肉を食われてしまうぞ。」
男は笑って言った。
女は笑顔を見せ、答えた。
「そうね。ペテロ。」
男は身をひるがえし、再び馬に乗った。
「行こうか、ベラーガ」
二つの影が荒野を走る。
彼らはしばらく馬を走らせた後、ようやく一本の大きな木の下で止まった。
さすがに少し疲れたのか、二頭の馬は膝を折って座り込んでしまった。やれやれといった様子で、暑いのか耳をパタパタしている。
女は馬から降りると、少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。
「そろそろ教えてくれない?あなたの考えをね。なぜこんな所に私なんかを連れてきたのか」
男は黙って馬から降りると、女の手を引き、木のすぐ下までやってきた。
男は一呼吸おいて、女を見つめた。
「君に見せたかったんだ。この木を。僕が初めて”モダ”の力を享受したこの場所をね。」
女は少し驚いた顔をしたが、すぐに戻り、言った。
「言いたいのはそれだけ?」
男は黙って女を見つめながら、静かに息を吐き、こう付け加えた。
「君に想いを伝えるに相応しい場所でもあると思ったんだ。」
女は全てを悟ったかのような、優しい笑みを浮かべた。」
「僕と結婚してほしい」




