僕の物語
体中に走る激痛で目を覚ました。
白を基調とした…。白一色の部屋のベッドの上で横たわっていた。
なぜここにいるのか。
思い出そうとしたが、何も思い出せないのだ。
横の花瓶越しにドアが開くのが見えた。同時にスライドするタイプのドアの音が部屋に響いた。
女の人が入ってきた。
疲れているのか頬がやつれている。髪の毛もぼさぼさだ。化粧もしていないのだろう。
その女性と目があった。
彼女は僕を見るなり目を見開き、信じられないという顔で「先生!」と、大声を出している。たぶん、先生とやらを呼んでいるのだろう。
泣きながら僕に近寄ってきた。
「拓哉…っ!良かった…本当に心配したのよ?この3ヶ月間…どれだけ苦しかったことか…。」
拓哉…。話しの流れから行くと僕の名前らしい。
そして、今目の前にいるのは僕の母親…だと言う。
泣きながら話しをする僕の母親が開けっ放しにしたドアから、白い白衣を着た30代後半くらいの男が入ってきた。
「意識が戻ったのか…!拓哉君、今が何日かわかるかい?」
思い出そうとしたが、わからなかった。
「…そうか。ここは病院だ、君は3ヶ月前に車にはねられ、今まで意識が戻らなかったんだよ…」
僕が?車にはねられた?
医者の話によると、僕は3ヶ月前の8月14日に友達と歩いていた、すると飲酒運転をしていた車にはねられた。友達は幸い軽傷。僕だけが意識が戻らないという危険な状況だったらしい。
骨もあらぬ方向に折れ曲がっていたのだという。
そして、事故の後遺症と言ってもいいのか。記憶がなくなってしまったのだという。
話し終えると、医者は母親を連れて部屋を出て行った。
1人になった僕は自分の記憶について考えていた。
思い出したいのに思い出せないのだ。
そして、この身体。本当によくなるのだろうか。
未来さえも不安になってきた。
いつの間にか寝ていたらしい。外を見ると空が黒かった。月明かりだけが部屋を照らしていた。
ドアが開く音がした。素早く振り返ると、ドアの前に小さな子供…男の子だろうか。
「記憶をなくしたあなたに。未来と過去…どちらも見れる枕をプレゼントしましょう。」
小さい子供のくせに落ち着いた声で意味の分からないことを言いやがって…
「ふーん。その枕があれば、過去も未来も見えるのか?」
「もちろんです。今記憶を戻したいと願っているあなたにぴったりですよ?どうぞ。受け取ってください。なぜあなたが事故にあったのか、あなた自信の目でお確かめ下さい」
僕は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、もしかしたら本当に過去が見られるのかも知れない…なんて事を思っていた。迷ったが僕は枕を受け取ることにした。
枕を見ると普通の枕にしか見えなかった。
「おい…。これ本当に過去が見え…」
顔を上げると、さっきまで目の前にいた子供が消えていた。
病室にでも帰ったのだろう…。と、自分を落ち着かせるために心の中で繰り返し呟いた…。
しかし。貰ったは良いが…使うかどうか迷った。
でも、もし本当に見えたら…僕はその誘惑に勝てなかった。
ベッドの上にあった枕と取替えて僕はその上に頭をおいて目を閉じた。
声がする…。目を開けると僕が道を歩いていた。
制服姿で下を向くようにして俯き、トボトボと歩いている。
背中には「死ね」と大きく書かれた紙が貼り付けてあった。
すると後ろから走ってきた男に衝突され、僕アスファルトの上に倒れた。
「あ、ごめんよー?影が薄くて分からなかったわー」
笑いをこらえながら嘘くさい言葉で僕に話しかけて来た。
その男を追いかけるように走ってきた数人の男子生徒。
しばらく僕はそいつらに悲しい言葉を浴びせられた。僕を見ている僕は驚きのあまり言葉が出なかった。
それと同時に怒りが芽生えてきたのだ。
「お前歩くの遅いんだよ。速く歩けって!」背中を押された僕。僕が踏み出した先は道路。
僕めがけて猛スピードで車が突っ込んで来た。
骨が折れる鈍い音。車の急ブレーキをかけたのか、タイヤがすごい音で鳴った。
そこで目が覚めた。
起きると体中が汗で濡れていた。荒い呼吸を繰り返し、頭はパニックだった。
これが僕の事故の真相だというのか?
あの僕の姿からいくと、僕はいじめを受けていたのか?様々な事が頭を駆けめぐった。
同時に僕をいじめた奴らを殺したいと殺意が芽生えた気がした。
自分を落ち着けよう。そう思い、今度は未来…未来を見よう。
きっと良いことが待っているはずだ。このままだといずれ僕は我を失ってしまう…
枕にもう一度頭をつけ、目を閉じた…
しかし、一向に何も見えないのだ。
ただ真っ暗だけ。たまらず目を開けた。
なんでだ。なんで何も見えないんだ。見えろよ!!!!
過去だって見られたんだ!未来も見せてみろよ…!!!!
僕の頭はパニックを起こしていた。物事の判断もつかなくなっていた。
ふと、涙目になった自分の目が棚にあったハサミに目がいった。
何かを切り刻んでしまおう。ハサミを取ろうと腕を伸ばした。
しかし、身体が思うように動かない。指も動かない。
僕は仕方が無く、身体を使って棚に体当たりした。
少し自分の方にハサミが動いた。このまま行けばすぐ落ちるであろう。
棚にぶつかること4回目。ハサミが落ちてきた
喜ぼうとした瞬間、胸にするどい痛みが走った。
思わず声にならない叫びを上げた。
痛みをこらえながら胸を見ると、ハサミが僕に突き刺さっていた。
パジャマが赤に染まる。
僕は泣き出した。
息が荒くなった。その反対に意識は朦朧とし始めた。
視界がぼやけ、声を出すことも出来なかった。
そこで僕の視界は真っ暗になったのだ。
しばらくしてからドアが開く音が静かに響いた。
小さな男の子だ
「馬鹿だなー。余計なことをしなければ違う結末が待っていたのに…」
と。
真っ赤に染まったベッドの上から枕を取り出し、男の子は部屋をあとにした。