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不穏ノ剣 (5)

その日、東真らは色宮道場での稽古を昼辺りで切り上げ、珍しい場所へ足を運んでいた。


鈴ヶ丘フェンサーズスクール。


言わずもがな、レリアの通うミッション系士道学校である。


「へええ、ここがレリアの学校かあ……門構えから何から、ほんとに西洋風だねぇ」

学校の外観に、撫子が素直な感嘆の声を上げる。


中央に位置する校舎も、その背後に建つ教会堂も、全体的にゴシック様式の趣き深い造りの士道学校は、やはり見た目に新鮮だ。


「それで、レリアとは何時の待ち合わせなの?」

「フェンシング部の部活終わりが十二時くらいと言ってたからな。着替えやらなんやらを考えて、恐らくあと十分くらいで来るんじゃ……」

撫子の問いに東真がそこまで言いかけたところで、ふと覗き込んでいた校門の先に変化は起きた。


校舎の奥辺りから、小さな土煙が立ち上るのが見えたと思った次の瞬間、その土煙は急激に膨らむ風船のように巨大化してゆくと、気づいた時にはすでに門の手前まで接近して、その正体を東真の目に映す。


それは凄まじい勢いで走り込んできたレリアの姿。


そこに気付いた時には、もうレリアは減速するのももどかしかったらしく、ほとんど門に激突するような形で格子を掴み、ガッシャンと甲高い金属音を響かせ、門から顔を覗かせて東真たちに微笑みかけた。


「どうも、お待たせしましてすみません」

かなりの距離を走り込んできたはずなのに、息ひとつ乱さず門の格子越しに微笑むレリアへ、完全に引いた東真は一言、


「怖い!」

言い放った。


「あら、ひどい言われようですね。せっかく部活終わりで帰り支度もそこそこに、急いで参りましたのに」

「き、気持ちはありがたいが、とにかく、とりあえず門から離れろ!」

「なんでです?」

「……お前が、シャイニングのジャック・ニコルソンにしか見えん!」

「まあ……!」

さすがのレリアもこの例えには立腹してしまい、しばらく横を向いて口もきいてくれなくなってしまった。


それをなだめすかすのに、純花がどれだけ骨を折ったかは、ここでは余談となるので省くが、頭を掻いて当惑する東真。ニヤニヤ笑い続ける撫子。必死でレリアをなだめる純花。どうしていいのか分からず、呆然と立ち尽くす紅葉。いつまで経っても、機嫌を直さないレリア。


五人それぞれの様相でしばしの時間。


ようやくレリアの機嫌が戻ってから話は再開する。


「それにしても、あんたが部活なんて妙な感じよね。あたしはてっきりうちらと同じで、部活からははぐれてるもんだと思ってたんだけど」

「今回の夏休みは特別です。大会へ向けての強化特訓とかで、わたくしに臨時部員として協力してくれるよう要請されたものですから、夏休み中に限って練習のお手伝いをさせていただいてるんですよ」

などと撫子と話しながらレリアは門を開け、外へと出てきた。


「でも、あんたと練習させられる部員も気の毒ねぇ。あんたのことだから、ちょっと頭に血が上ったら、すぐさま鎧通で被害者続出じゃないの?」

「そこまでわたくしも無思慮じゃありませんよ。手心はちゃんと加えてます」

「ふうん、なかなか殊勝なのね。意外なこともあるもんだわ」

「それはそうと、今日はどういった御用ですか。お声をかけてくださったのはうれしいのですけど、電話ではどうも話がよく分からなかったもので……」

そう聞いてきたレリアに、東真が細かな事情を話し出す。


「実は、な。最近、央田川沿いで辻斬り事件が相次いでるのは知っているか?」

「ええ、けっこうな騒ぎになってますね。でも被害者が共通して軽傷なので、随分優しい

辻斬りもいるものだなと不思議に思っていました」

「気にかかったところはそこか……」

「変ですか?」

「いや、別に変というわけじゃないが……やはりお前は不思議な視点でものを見てるな」

「でしょうか。自分ではあまり自覚は無いんですけど」

「……まあいい。どっちみち、本題には関係ない話だからな」

そこまで言い、東真は紅葉の提案に関して詳細にレリアへ話した。


「なるほど……辻斬り事件解決のために一肌脱げ、と。そういうわけですね」

「一言で言えばその通りだ」

「承知しました。わたくしも手応えの無い部員の相手にいい加減で飽きてきていたところです。その依頼、お受けします」

「そうか……それは助かる」

安堵の息を吐いて東真が言う。


「にしても、これでもやっぱり寂しいわね。作戦を考えると、人手はいくらあっても足りないくらいなのに、結局はうちら腐れ縁の五人だけってんじゃあねぇ」

「贅沢言うな。元を考えれば秋城を含めて五人集まっただけでも上等だろうに。しかも、水を差すようだが色宮は頭数に入らんぞ。いくらなんでも、素手の人間に辻斬りの相手をさせるわけにはいかん」

「そうなると、余計に……やっぱさぁ……」

頭数に不満を漏らす撫子に東真も反論こそしたが、正直を言って確かにこの人数では心許無い。


しかし、東真らの限られた交友関係ではこの人数ですらよくできたほうだ。


それも事実。


とはいえ、それとこれとは別の問題として、人手は欲しい。


現実と理想とがどうにもうまく噛み合わず、東真も無意識に頭を掻く。


すると、

「あの……そんなに人手が入用なんですか?」

気にしたようにレリアが横から話しかけてきた。


「そう、だな。それこそ関井道場の時ではないが、人手はいくらいても足らん」

「……そうですか……」

「どうした。何かあるのか?」

「いえ……もし、そんなに人手が入用なんでしたら、もうひとりくらいならわたくしにもご用意できるかもしれません」

「ほんとか!」

まさかの吉報に、東真が歓声を上げる。


「で、その用意できる人間というのは、どこの誰だ?」

「わたくしの妹です」

「……妹。お前、妹なんていたのか?」

「いないとは一言も申し上げていないと思いますよ」

「ふむ……まあそれはどうでもいいことだな。しかしお前の妹というのは、こっちのほうはどうなんだ?」

言って、東真は腕をペシペシと叩いてみせる。


つまりは、腕は立つのかということである。


「その点はご安心ください。妹はここのフェンシング部でも一年生にしてエースですの。まあ、姉のわたくしにはかなり劣りますけど、お役にたてる程度の腕は持っていますよ」

「それはなによりだ」

「部活ももう終わりましたし、もうそろそろこちらに向かって来る頃合いだと……ああ、ほら、あれです。教会堂の脇にいる、あれが妹のレティシアです」

言われて、東真を含め撫子や純花、紅葉らもそちらに視線を向ける。


と、そこにいる。


確かに人影が。


だが……、


「……ちょっ、ちょっと……レリア」

「なんです?」

「あれ……マジであんたの妹……?」

レリアが自分の妹だと称する人影に、愕然とした全員を代表して質問した撫子の言葉ヘ、レリアはただ無言でこっくりとうなずく。


顔にいつもの優しげな微笑みを浮かべつつ。


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