不穏ノ剣 (4)
すっかり静かになってしまった東真と紅葉を見ながら、しばらくは無言を保っていた撫子が声を上げたのは、実際にはそれほど間を空けぬ時であった。
「……それで?」
なんとも不機嫌そうに言った撫子の言葉に、東真が少し間を置いて反応する。
「それで、とは……?」
「とはも何も無いわよ。今の話じゃ、辻斬りの件に関して何ひとつ分かんないじゃない」
「ああ……」
言われてみれば紅葉の話は、きな臭い話ではあれども、辻斬りの件とはまったく関係無いように思える。
「おい紅葉。それでどうなんだ。辻斬りの件とこの元場に移ってきた斬人、何か関係でもあるのか?」
改めて東真が質問すると、紅葉は少し考えてから、
「……断言はできません。ただ……私の勘からすると、この斬人……大場楓と辻斬りの件はどこかでつながっているように思えるんです」
「勘か……もう少し、具体的な根拠か憶測なりは無いのか?」
「憶測は容易です。まず、大場がこちらへ転入してきた時期と、辻斬りの発生時期がほぼ重なります。加えて、辻斬り騒動であまり表沙汰にはなっていませんが、やはり同じ時期にちょっとした事件が大場の周辺で起きてるんです」
「辻斬り以外の事件?」
「ええ、まあ……事件と申し上げるのは少々大仰なのですが、大場が元場に転入した当日のこと。想像するのは簡単だと思いますが、やはり、元場校内で女の斬人に対する不満が噴出しまして……結果として、その是非を元場の剣道部に在籍する生徒すべてとの決闘という形で出そうとなったようです」
「……剣道部員全員と決闘か……」
「元場の剣道部ということでお察し願えると思いますが、部員はすべて男子のみ。総勢は五十二名。それも元場の剣道部には私の持っている手練者リストに載っている人間が四人も名を連ねています。それを、対一式とはいえ、ことも無く全員打ち倒したんです」
「勝ち抜き形式の対一式で五十二人抜き……やはり伊達に斬人ではないというわけか」
「いえ……正確に言いますと、この剣道部との決闘、受けたのは大場ではありません」
一瞬、納得しかけたところに否定が入り、東真が戸惑った顔をすると、紅葉はまた手練者リストのページをめくると、向原の手練者が写ったいくつもの写真の中から、ひとりを指差し、説明を始めた。
「少し話を戻しますが、辻斬りの件、もしそれの犯人が大場だったと仮定した場合、特徴が必ずしも一致しないんです。大場はさっきの写真の通り、髪は全体にベリーショート。とても長い前髪という人相には合いません」
「……確かに」
「そこでこちらです。久世葵という生徒。向原では大場のひとつ下で、一年生。加えて大場の親友……というより懐刀として活躍していたと話に聞いています」
「懐刀……?」
「久世は、大場の斬人としての業務をたびたび手助けしていたらしいと聞いています。時には、大場の代理として決闘の後始末をつけたりもしていたらしく、ふたりの信頼関係はかなり強いもののようです」
「ふむ……」
「それで写真を見てください。久世の特徴。肩ほどの髪は前も後ろもほぼ同じ長さ。件の辻斬りの特徴とぴったり当てはまりませんか?」
言われて見てみると、確かにこれは犯人の特徴そのままである。
特徴のひとつとして言われていた眼光の鋭さも、写真からでも十分に分かる。
「で、話を戻します。元場での剣道部との決闘。実は、大場は自分が出るほどではないと言い、代役として久世を立てたそうなんです」
「!」
これには東真も軽く絶句した。
相手は元場の、腐っても男子生徒が五十二名。
それも、その中には紅葉の言う手練者リストに名を連ねる人間が、四名も含まれていたという。
それを、斬人でもない、ただの女子生徒ひとり。
それも自分たちや大場よりひとつ下の一年生が、ただひとりで全員を倒したという。
向原が士道学校の中でも別格のエリート校であることは知っていたが、一般生徒ですら、これほどまでに実力差があるとは……。
だとすれは、そんな学校の斬人であった大場の実力は一体どれほどなのか?
考えただけでも背筋に寒いものが走る。
「思うに私の読みでは、今回の辻斬り事件の犯人はこの久世で決まりでしょう。恐らく、慕っていた大場の転校に付き合う形で今も彼女の周囲をうろちょろしている。そんな風に私には思えるんです」
「……なるほど」
「そして、これも私の予想ですが、大場に負けず劣らずこの久世というのもかなりの剣術狂いではと思います。そのガス抜きが一連の辻斬り事件だとするなら、全体のつじつまは合うと思うんですが、いかがですか?」
ここに至り、紅葉の話の全容がはっきりした。
東真に限らず、横で大人しく聞いていた撫子と純花もこの仮説でほぼ納得している。
しかし、
だとすると、自分たちは何をどうしたらよいのだろうか?
「どうしましょう……この線で、警察に事情を話してその久世という人の凶行なのかどうかを確かめてもらうのがいいのか、それとも……」
悩ましげに純花が言う。
この意見も至極もっともだ。
これ以上の犠牲者を出さない意味でも、まだあくまで仮説ではあるが、可能性が高い容疑者を警察に通報しておくのは決して悪いことでは無いと思う。
この辺りの考えは恐らく、東真も撫子も一致している。
だが……、
それが最善だろうと思っているにもかかわらず、東真はどこか引っかかるものを感じて、即座に純花を支持できずにいた。
何かが引っかかる。
そんな東真の思いを察したのか、紅葉が口を開く。
「いえ……警察はよしましょう。確かに、本来なら警察沙汰にするのが得策ですが、もし私の予想が外れていた場合、前途のある若い子へむやみに疑惑の目を向けるのはよろしいとは言い難いでしょう」
この紅葉の言葉に、東真は自分の中の引っかかりが何であったのかを理解した。
そう、積み重ねた状況証拠は濃厚に久世の犯行を示しているが、もしそれが間違っていた場合、いらざる疑惑でひとりの人間を貶めるような真似をするのは士道にも反する。
とはいえ、
このまま、ことを放置するのもまたどうかとも思う。
東真に撫子、純花が揃って頭を悩ます姿を目にし、紅葉もいろいろと考えたらしい。
少しの間を置き、悩ましく頭を掻く東真へ紅葉は、
「……では、こういうのはどうですか?」
ひとつの提案を口にする。
警察に頼らず、そのうえでこれ以上の被害者を出さぬようにし、かつ、東真らの信念や、道徳心などにもとることの無い解決策。
聞いて、三人の反応は三者三様だった。
東真はしぶしぶに納得。
撫子は乗り気も乗り気。
純花は東真、撫子、紅葉らの身を案じた。
と、反応に差は生じたが、行動はそれと定まった。
あとは行動し、結果を待つ。
四人の思惑も知らず、今日も暑い日差しが外を焼く。