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不穏ノ剣 (2)

松若に隣接し、央田川から少し離れた場所に白田しろた地区という住宅地がある。


観光も産業も特に見るべきものが無いこの付近一帯だが、土地も物価も安く、下町としては公共交通機関が豊富で、都会への足も充実していることから、昨今では転居してくる人も多い。


そんな白田地区に建つ、「コーポ・カタバミ」という二階建てアパートが紅葉の住まいである。


「ふむ、見るからに下町風情のある侘びたアパートだね」

一言、(ボロい)と表現することもできるところではあったが、さすがに粗雑な撫子も、ここは最低限に気を遣った言い方に止めた。


「で、色宮。ここのどの部屋なんだ照山の家は。来てしまった以上、迷惑は承知だが確認すべきことだけはしておかんと気が落ち着かんしな」

「あ、はい。ええと、確か204号室だったはずですので、まずは階段を上がってから、恐らく一番右手の部屋だと思います」

「分かった。ではさっさと用事を済ませて退散するとしよう。照山へ無駄に迷惑をかけんうちにな」

急いた口調で東真が純花に答える。


これっぱかりも気乗りはしないが、話の流れから紅葉の家まで押しかけてしまった以上、ひとまず解消したい疑問は解決し、早々に引き取るのが一番だというのが東真が今、考えられる最善の道であった。


電話でのやり取りも含め、これ以上紅葉に迷惑をかけるのは忍びない。


それが偽らざる東真の心中であり、純花もほぼその考えで一致している。


ただ、困ったことにこの事態を引き起こした当人である撫子にはそうした自覚がどうにも欠如しているのが難儀であるが。


ともあれ、


三人はところどころペンキの剥がれた階段を上り、二階の部屋番号をチェックしてゆく。


左から、201、202、203、そして204。


やはり純花の言う通り、一番右手の部屋が目的の204号室である。


表札も(照山)と明記されている。


「オッケー。じゃあ、ポチっとな」

「あ、おいこら!」

東真の制止も構わず、撫子が横から手を伸ばすと、インターホンのボタンを押した。


ピンポーン、と、なんともお決まりの呼び出し音が響く。


露の間を空け、


「はーい」

部屋の戸を挟み、室内から応対する声が聞こえてきた。


そしてまもなく、


ガチャリとドアノブが回り、戸が開く。


出迎えたのは、学校とは勝手の違う、普段着の紅葉だった。


と言っても、オリーブ色のトレーナー上下という、なんとも洒落っ気の無い恰好であったのは年頃の女子としてどうだろうとも、おせっかいは承知で少し心配になる。


「……ほんとに来たんですね……しかも、皆さんお揃いで……」

「なによう。せっかくみんなで来てあげたってのに、その態度」

「いえ……別に、変な態度はしてないつもりなんですけど……」

「まあいいわ。支度は出来てんでしょ。外、暑いんだから、さっさと中に入れなさいよ」

「はあ……では、皆さんどうぞ……」

突然、大挙しての訪問を迷惑と思っていないと言ったらウソだが、それ以上に今は何故、そうした経緯に至ったのかという困惑のほうが紅葉は強い。


彼女の立場からしてみれば、朝早くにいきなり純花から電話がかかってきたと思ったら、急に電話を代わった撫子に辻斬り云々とよく分からない話をされたうえ、その話についてもろくに説明されぬまま、どういうことだか自分の家に突然来ると言われた。そんな流れ。


普通の人間なら、困惑するのがむしろ正常である。


「……こちらです。狭いですが、お座りになってください」

通されたのは、台所に置かれたテーブル。


少々手狭で、生活感の漂う空間。


そこへまずは撫子が椅子に腰かける。


次いで、東真と純花も席についた。


「少しお待ちください。今、お茶をお出ししますので……」

「いや、そこまで構わんでくれ。というより、長居をする気は無いんだ。ひとつ聞きたい話さえ聞かせてもらえれば、な」

「はあ……」

茶箪笥からコップを取り出そうとしていた紅葉を遮るように東真が言うと、紅葉も反応して動きを止める。


紅葉の迷惑顔は傍から見てもはっきりしていただけに、東真も早く話を終わらせようと、さっそくに話を切り出す。


「いやな、ちょっとしたことなんだが、最近、央田川沿いで辻斬りが出ているという話、聞いたことは無いか?」

「ああ……それですか。けっこう騒がれてますね。近所ということもありますし、話なら聞いてますよ」

「そうか……では、さらに聞くが、お前はその辻斬りに心当たりは無いか?」

「……心当たり……ですか?」

東真の問いに、一瞬、怪訝そうな顔をした紅葉だったが、少し考え込むと、


「そうですね……あると言えば、ありますけれど……」

こう言ったものだからすぐさま、


「やっぱり!」

撫子が椅子から立ち上がりつつ、叫んでしまった。


「え、な、何です、何がやっぱりなんです?」

「この期に及んで、しらばっくれんじゃないわよ。今回の辻斬り騒ぎの犯人、あんたなんでしょ!」

「はあ?」

あまりに一方的な撫子の話に、紅葉の困惑の度はさらに増す。


「大方、関井道場の件で純花んとこからもらった業物を使ってみたくて、こんなことしたんでしょ。いい加減で素直に白状なさい!」

「ちょっ、ちょっと待ってください。電話の時からそうですけど、佐々さん一体何言ってるんですか?」

困り果てた顔で東真と純花へ質問してくる紅葉を見て、東真も撫子の粗忽に呆れかえって頭を掻く。


「……すまん照山。実は私たちも、どこかでもしかしたらお前がこの辻斬りの犯人じゃあないかと疑ってたところがあるんだ……」

「え、ええっ?」

この辺りの反応から察しても、やはり紅葉が辻斬りの犯人だという線は確実に無い。


元より、本気で抱いていた疑念では無かったが、撫子の思い込みで、どうにも話が大きくなりすぎた感がある。


だが、考えようによっては、撫子のこの無理やりな言い様のおかげで紅葉の正当な反応が確認できたともいえる。


この反応ひとつで、紅葉の嫌疑は少なくとも、東真と純花の中では解消された。


「と、いうわけだ。ササキ、辻斬りは照山じゃない」

「ちょっと、何が(と、いうわけ)よ。あたしにはさっぱりだわ」

「お前……この照山の反応を見てもまだ辻斬りの犯人だと思うのか?」

「うっ……でも、だって、さっき紅葉は辻斬りの犯人に心当たりがあるって……」

そう言われ、東真も少しばかり考え込んだ。


紅葉は恐らく辻斬りの犯人ではない。


しかし、紅葉は辻斬りの犯人の心当たりがある。


これは一体どういうわけなのか?


言われてみれば多少の疑問は浮かんでくる。


「照山、悪いんだが、その心当たりというやつ、どういったわけであるのか、詳しく説明してもらえるか?」

「……はい……別に構いませんけど……でも、ひとつお願いしてもいいですか?」

「なんだ?」

「もう……私を置いて、勝手に話を進めるのは……止めていただけませんか?」

気の毒なほどさまざまな悪感情でごっちゃになった顔をした紅葉が嘆願するのを聞いて、東真は思わず同情の溜め息をついてそれを了承した。


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