破滅ノ剣 (7)
そこからのふたりの勝負は一言でいうなら、
(泥臭い)
そういったものだった。
互いに技量が近しいとなると、勝負は拮抗する。
そして、拮抗した攻防は泥臭くなる。
紅葉は無影を受けられた体勢から一度、後方へ飛び退り、再び剣を鞘に戻すと、またもや放つ。
無影。
それを楓は、今度は剣で受けず、身をひるがえしてかわす。
切っ先のかすった楓の左肩口にうっすらと血が滲む。
が、それも構わず、一気に間合いを詰めた楓がほとんど紅葉の懐の中で抜刀する。
これも無影。
しかし、これを紅葉はわざと前方に大きく飛び出すことで押さえた。
あまりに懐深く侵入していた楓は、紅葉の体に押されてうまく抜刀できず、抜き損ねた刀身が、わずかに紅葉の胸元を裂くのみに終わる。
「ちょ、ちょっと東真、あれ、紅葉が押されてるんじゃないの?」
「バカ、よく見ろ。押されてるんじゃなく、お互いに攻め手が決まらないんだ。思うに、ふたり実力は伯仲。ここからは覚悟して見ろよササキ。恐らくここからの攻防は血生臭いことこの上ないぞ」
不安に声を上げた撫子に答えた東真の言葉は、その後すぐに証明されることになる。
「技を尽くしても決着がつかない……と、なると……」
「あとは……ケンカやな……」
お互いの息がかかるほどに接近していた紅葉と楓はそう言うと、双方ともに後ろへ飛び退り、再び間合いを開ける。
直後に変化。
紅葉と楓はやおら抜刀すると、なんと鞘を捨てた。
居合抜刀術を神髄とする関井心貫流と真元流にとって、鞘を捨てることはすなわち、技を捨てることである。
こうなれば勝負を決めるのは技では無く、純粋な技量。
両者とも刀を下段に構えてしばし睨み合い、
ほどなく、
「うおおおおおぉぉっっ!」
道場の羽目や戸板が砕けるような気合い声を同時に発したかと思うと、一気に互いへと飛びかかった。
まず、楓の下段からの一撃がひらめく。
と、それを同じく下段からの一撃で紅葉が打ち払う。
またもや飛び散る火花。
だが、それは単なる合図。
そこからは常人の目には捉えられない攻防が続いた。
ふたりが振るう剣が見えない。
あまりにその動きが早すぎて、目で追いきれないのである。
ただ、連続して両者の間に発生する火花。
遅れて聞こえてくる金属音。
空を切り裂く風の音。
それらとともに血風が舞う。
剣は見えずとも、ふたりに傷はついてゆく。
それはまるで鎌鼬。
見えざる刃の攻防。
そしてそれが凄まじく高レベルなものであることは、両者が受ける傷の具合から見てすぐに知れるものだった。
どれもぎりぎりのところで剣をかわしている傷。
ぱっと、血飛沫が上がったと思うと、紅葉の右の太股が浅く切り裂かれている。
次いで、また血飛沫が飛ぶ。
今度は楓の左肩が浅く切り込まれて出血していた。
そうした剣の応酬が幾度も。
そのたびに、視界へ血飛沫が舞い、両者にひとつ傷が増える。
そして時に剣と剣とがぶつかり合う。
火花と金属音。
真っ赤な血と、目を刺す火花の光。耳を突く金属音。
辺りに少しずつ打ち合わせた剣の発する灰色の煙と、剣風によって巻き上げられた血煙が混ざり合って交錯する。
どちらも致命打を避け続け、一歩も退かない。
ふたりとも、受け流した攻撃の多さに、防断服はほとんどズタズタに切り裂かれ、それがさらに血に染まってゆく。
浅手だけとはいえ、これだけの数、傷を負えば出血量も少なくは無い。
それに、両者の体力も限界が近づいていた。
高速で剣を振るい続けるのには、当たり前だが限界がある。
特にふたりの剣は超高速。
体への負担は想像を絶する。
両者ともに、傷が原因では無く、急激な体力の消耗によって息が上がりつつあった。
額を汗が頬に向かって流れる。
そのうちのひとすじは、目にも入った。
が、目を閉じるわけにはいかない。
一瞬の隙を生むだけで、勝負は決する。
だからこそ、楓は見逃さなかった。
紅葉の額から流れる汗が、うっとうしくも左の目に流れ込んだその瞬間、
そこにすべてを賭けた。
またもやひときわ大きな気合い声とともに、矢のような勢いで紅葉へ飛びかかってゆく。
しかし、
これを紅葉は読んでいた。
自分の目に汗が入った途端、
これを合図とばかりに紅葉も楓へ飛び込む。
両者の剣が寸分たがわず、互いの急所を向けて振り抜かれる。
刹那、
ふたりの間に一瞬の火花。
同じ狙いで振るわれた剣が、宙空でわずかに接触して発した閃光。
それが終わりを告げるしるし。
瞬きすら許されなかった勝負の最後。
結果は……。
ふたりはまったく同じ姿勢で立っていた。
相手の首元目掛けて全身全霊を込めて打ち込んだ一撃。
それを、ふたりとも互いの首元すれすれで止めていた。
完全に同時。
だからこそに止めた。
ふたり揃って剣を止めた。
つまりは、
「……相討ち……」
悟って、楓が蒼白の顔で口にする。
紅葉はただ黙して語らない。
「なんやねん……それ……」
だが、楓はぶつぶつとつぶやき続ける。
「こんなん……こんなんじゃ、終われへんやんか……なあ、こんなん……」
楓の腕が震え出す。
疲労からの震えではない。
それを言うなら、震えているのは腕だけでは無かった。
全身が震え出す。
そして、
膝を折ってその場に崩れると、うつむいた頭を床に打ち付け、涙声で言う。
「終われへんやんか……こんなんじゃ、うち……終われへんやないか……」
嗚咽とともにつぶやき続ける楓を見ながら、紅葉はなお、ただその場に黙って立ち続けるしかなかった。




