表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/25

破滅ノ剣 (4)

レリアの見舞いへと向かった際、偶然にも葵と遭遇したその日。

異変は想像していたよりも早く起きた。


同じくレリアへの見舞いに行っていた紅葉が家路を急いでいた時である。


紅葉の住むコーポの一軒前にある酒屋脇の電柱に、人影が立っていた。


影の印象だけで、それが尋常の人間でないことを即座に看破したのは、紅葉の慧眼によるものだったか、それとも……。


「照山……紅葉いうのは、あんたか?」

電柱の人影が言う。


夜の七時より少し前の夕闇の中にあって、その相手が誰なのか、紅葉は容易に知ることが出来た。


満々と満ちて、周囲に漂うような殺気。

ぎらついた眼。


何より、この状況ですでに帯刀している剣の鯉口を切っているのが見える。


完全に自分を狙って待ち伏せていたのは明白。


だが、

紅葉は少しも戸惑うことなく、不思議なほど冷静にそんな楓へ応対した。


「いかにも、そちらでご所望の照山は私のことです」

「……所望……て、なんであんたがそれを?」

「話せば長いことなれば、まずは場所を変えませんか?」

待ち伏せしていた相手からの急な提案に、楓も少しばかり困惑したが、考えればいくら日が落ちてきたとはいえ、こんな道端でどうこうするのも人目が気になる。


少し考え、納得したようにうなずくと、

「ああ、好きなとこへ案内してぇや」

そう答えた。


「……では、私が先を行きますので、そのまま後ろをついてきてください」

言って、紅葉は踵を返すと、元来た道を戻り始める。


それを追うよう、楓も続く。


長い沈黙。

黙々と道をゆく。


その間、

楓は紅葉を観察していた。


期待を込めて会うのを楽しみにしていた斬人……紅葉であったが、楓の目から見て紅葉はどう映っていたか。


答えは(期待はずれ)といったところだろう。


達人ともなると、背後をとってすら、その威圧感に攻撃を封じられる。


が、紅葉からはそうした威圧感は毛ほども感じられない。


このまま突然、後ろから切りつければ、それで勝負が決まってしまうような気配。


思わず、楓は顔を横に逸らして溜め息をついてしまった。


「……どうかなさいましたか?」

背後の楓の様子に気づいてか、紅葉が振り返りもせずに問う。


「いや……あんたには悪いけど、どうも肩すかし喰らったような気分やねん。いくら下町の平凡校のとはいえ、腐っても斬人やっとるもんが、こうも全身隙だらけやと、せっかくやる気で足運んできたのがアホらしゅう思えてきてな……」

「ご期待に、添えそうも無い……と?」

「はっきり言って、そういうことやな」

苦笑いしながら楓が答える。


と、

「それでは……」

言って、紅葉は腰の剣の柄を握った。


瞬間、


噴き出すように紅葉の全身を剣気が覆う。


つい、一瞬前までが何であったのかが分からないほどの変容。


隙だらけであった五体が、もはや頭のてっぺんから足のつま先、髪のひとすじに至るまで一分の隙も無い。


紅葉を知らねば分からない変化。


剣を持って、始めて紅葉は斬人となる。


その経過をしっかと目にした楓は露の間、さすがに息を飲んだ。


「……これで、満足してもらえたか?」

口調も語気も変わった紅葉の一言を聞くや、楓は、


「……ええで、最高や。期待はずれどころか、期待以上やわ……」

そう答える。


そんな楓の額には冷や汗が光っていたが、それが期待を上回る紅葉の迫力に対する、恐怖というより喜びからのものであることは誰の目からも明白だった。


「ところで……あんた、うちをどこへ連れてく気ぃや?」

「気になるか?」

「そら気にならんて言うたらウソやわ。お互い資料でしか知り合うてへん仲で、一方的にどこかへ案内されてんねやで?」

「まあ、無理も無いな。では、先に行き先を言っておこう」

「頼むわ」

「色宮の道場だ」

「……色宮?」

この紅葉の回答には、楓も少しだけ疑問を持った。


何故、紅葉は自分を色宮の道場などに連れてゆこうとしているのか。


それに、これは噂程度でしか知らないが、関井道場と色宮道場は犬猿の仲だとも聞く。


いや、考えれば、そんな関井道場を潰した張本人が紅葉である。


何やら複雑な事情があって、紅葉自身は色宮とは悪くない仲なのか?


思いつく疑問はひとつずつ憶測で消去していっても、次から次に新たな疑問が湧く。


結果としてまたしてもふたりの間を沈黙が支配した。

そろそろ日も完全に落ちる。


薄暗い道を延々と歩き、川沿いの道へと出ると、景色が一変する。


ライトアップされた央田川にかかる橋の数々。

川沿いに走る高速道路の明かり。


人通りはまったくと言っていいほど無いが、景観はそうした不安すら打ち消すほど風情がある。


「へえ……下町や言うても、侘びた風景以外にもなかなかおもろい景色が拝めるもんなんやな」

「どこの土地も、住んでみなければ分からん良し悪しというものがある。住めば都という言葉も、つまりはそういうことだ」

「ふふっ、地元の人間ならではの話やな。けど……うちはそうのんびりとは町を眺めとる余裕が無いんや」

「時間が……無いんだったか?」

こう言われ、楓の顔色がにわかに変わった。


何故それを知っているのか?

そのことを知る人間は、自分自身を含めてもごく限られているはず。


と、なると……。

「あんた……葵から聞いたんか?」

声に明らかな怒気が含まれている。


よほどに聞かれたくない話だったのか。

それとも、秘密としていた話を葵が漏らした事実に腹を立てているのか。


「さて、知らんな。私は又聞きしただけだ。それに、私自身はお前の身の上などどうでもいい」

言って、振り返り、


「着いたぞ。ここが色宮の道場。そして……」

ぎろりと紅葉は楓を睨みつつ、


「ここがお前の終着点だ」

冷然として、紅葉は言い放つ。


少しく涼しげな夜風が、ふたりの横を抜けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ