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破滅ノ剣 (3)

最寄で救急外来を受ける病院は限られる。

となると自然、こうしたことになった。


レリアと同じ病院。


ベッドが空いていなければその限りでは無かっただろうが、この時は満床ではなかった。


ゆえにこの結果。

レリアの見舞いに向かうつもりが、葵を連れて救急車で送ってもらう形となった。


葵のほうの治療自体はごく簡素だ。


恐ろしく冷房の効いた処置室の簡易ベッドに寝かされ、吐き気がひどいため、経口摂取ができない水分とナトリウムを点滴で輸液している。


医者の話では、安静にして数本の点滴を受ければすぐ良くなるとのこと。


そういうわけで、思ったほどの大事では無かったのだが、それで放ってゆくと言うわけにもいかなかった。


どうしてもすぐにしなければならない話がある。

葵がそう言った。


そこで東真と撫子はベッドの脇に椅子を用意してもらい、嫌でもかかる点滴の時間を利用して、葵の話を聞くことにした。


「さて……面倒だが、話をするとなるとお互いに自己紹介からということになるんだろうな。とりあえずこっちはお前の素性と名前は理解してるつもりだ。久世葵。それがお前の名前で間違い無いか?」

「……はい」

「では、今度はこっちの紹介だな。私は紅東真。隣のこいつは佐々撫子。松若に通ってる二年で、お前らが知ってるだろう斬人の照山紅葉とは友人同士だ」

そこまで話し、東真はひと呼吸置いた。


置かずにいられなかったからだ。


間を取らずに説明を続けたら、まず間違い無く怒気で理性を掻き乱される。


そう思い、ふっと息を吐いて、


「加えて、鈴ヶ丘の秋城レリア……これも私たちの友人だ」

こう続けた。


口調は冷静さを保てたと思う。

が、目はそういかなかったらしい。


静かに怒りが燃える瞳で見られた葵は、なんとも言えぬ顔をして目を伏せた。

無理も無い。


直接、手を下したのが葵で無いのはレティシアの証言から知れているが、葵とかかわりの深い楓がレリアを刺し貫いた事実に変わりは無い。


どうしてもそこを思うと、葵に対しても平静な精神状態で触れられないというもどかしさがある。


とは言っても、そこにばかり関わっていては話が進まない。


そうした自覚をする程度の冷静さはまださすがに東真にも残っていた。


「で、炎天下に熱射病起こすほどまで私たちを待ち伏せて話そうとしていたことというのは、一体どんな話だ?」

「……楓さん今、自暴自棄が極まって、完全に暴走状態なんだよ……それで、私も何度か止めようと口を挟んだんだけど……」

「聞く耳持たず、か?」

東真の質問に、ベッドへ横たえた首を縦に動かして葵が答える。


「元々、私の辻斬りも、腕の立つやつを探すための行動だったんだよ。楓さんを……満足させられる、そんな使い手を探して、それで……」

「……満足させられる相手……?」

「楓さんは……負けたいんだよ。負けて、きちんと終わらせたいんだ。自分よりも腕が上のやつがいると実感できれば、剣を捨てられるって……」

「……いまいち、要領を得んな」

いぶかしげな顔をして東真が言う。


「どうにも分からん疑問がふたつある。ひとつは何故、大場はレリアを刺した?」

この質問をする時には、ようやく東真もある程度理性を強く保つことが出来た。


さもないと永遠に私怨で話がずれてしまい、会話が成立しなくなると思ったからである。


すると、

葵は目を伏せて少しの間、口をつぐむと、考えを整理したように語り出した。


「さっき言った通りだよ。楓さん、完全に自棄になっちまってる。自分はもうどうなってもいいと思ってるから、辻斬りの犯人を自分だってことにするためにそんなことしたんだと言ってたよ……」

「……うるわしき師弟愛か。それの犠牲で刺されたレリアはいい迷惑どころの話じゃないけどな」

「……師弟とか、そんなんじゃない……」

「では、なんだというんだ?」

「……分かるだろ。剣術狂いの仲間さ。理屈抜きに、ただ自分より強いやつと戦いたいって、そう思ってる」

「関わられるほうは、迷惑どころの話じゃないな。そっちの勝手でケンカを売られてたんじゃ、いくら命があっても足りやしないぞ」

「分かってるよ。私は別にそんな危なっかしい勝負がしたいんじゃない。単に手応えのある相手と勝負がしたいだけだ」

「だがお前はそうでも、大場はそうじゃない」

「……」

「少なくとも今の言い方からすると、そういう意味にとれるが、どうなんだ?」

またしても東真の質問に口を閉じてしまった葵だったが、しばしの間を空け、絞り出すような声で答えを返してきた。


「……終われないんだよ、楓さんは。生半可な戦いじゃ気持ちに区切りがつかないんだ。だから、他校の斬人たちとまで剣を交えたけど、結局は楓さんを満足させられるようなのはひとりもいなかった……」

「その、終われないというのは、どういう意味だ?」

「そのままの意味さ。剣を持つことを止め、剣を終える。楓さんはそのために今、必死で自分の相手を探してるんだ」

「だからそこが分からんと言ってるんだよ」

少し苛立たしげに東真が突っ込む。


「終わらせるだの、剣を持つのを止めるだの、訳が分からんぞ。なんでそんなことをしなきゃならんのだ」

「……それは……」

「つまりはそれが今、大場が暴走してる理由なわけだろう。そこをはっきりさせなければ私たちだって手立てのしようが無い。その話をするつもりでお前は来たんじゃないのか。だったら、理由をはっきりさせろ」

「……」

今度の東真の質問は核心を突いていただけに、葵の長い沈黙を誘った。


しばしの静寂。

部屋の中は静まり返り、点滴のしずくが落ちる音さえ聞こえるようにすら思えた。


かなりの間を置き、

覚悟を決めたような顔つきをして葵は、きっと東真の目を鋭い視線で見つめると、ようやく口を開いた。


「……話したら、楓さんのこと、止めてくれるかい……?」

「話さなくても当然止めるさ。このまま放置していたら、この先あとどれだけの犠牲者が出るか分からんからな。ただ、話によってその止める方法にも違いが出てくる。意味は、分かるな?」

力ずくで止めるのか。

それとも、


意を汲んで、なんらかの考えのもとで止めるのか。


質問の意味を理解した葵は、そこからは人が変わったように、素直にすべての事情を詳細に話し始めた。


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