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破滅ノ剣 (2)

レリアが凶刃に倒れて二日目。

色宮道場の東真たちの雰囲気は最悪だった。


とても稽古に身が入るような精神状態でないことは、誰しもが明らかであったし、加えて会話すらする余裕も無い。


無言で静かな稽古風景。


まるで葬式のような光景である。


「ねぇ、東真……」

そんな空気に耐えかねてか、撫子が力無く口を開いた。


「レリア……ほんとに大丈夫かな……」

「しつこいぞササキ。医者が心配無いと言っているものを、なんでお前はそう何度も聞き返すんだ?」

「だって……レリア、結局昨日は目を覚まさなかったし……」

「そこまで無理を言うな。大丈夫といっても、胸から背中まで剣が貫通したんだ。軽傷というのとは違う。少し寝ただけですっかり治るなんて、それこそ逆に危ないだろうが」

「それは……そうなんだけどさ……」

「……まあ、気持ちはわかるさ。せめて意識が戻った姿を見ないと、気が落ち着かないんだろう?」

「……うん」

「……それは私だって同じだ」

うつむき、東真の顔を見ていなかった撫子は、その一言を聞いて、はっと顔を上げた。


東真もうつむいていた。


少し横を向き、懸念と苛立ちの混ざった表情をし、眉間にしわを寄せている。


冷房が効いている上、身の入っていない稽古で、とても汗などかくような状態ではないのに、東真のあごからは汗が滴り、床へぽたりと落ちる。


「今日は……どうにも身が入らんな……」

ぽつりと東真がこぼした。


「たまには、早めに切り上げるとしようか、ササキ」

意外な一言だった。


それを言うならこれ以前の言動も普段の東真らしからぬものだったが、東真が稽古を延長することはありこそすれ、早目で切り上げようなどと言うとは、この時期に雨でも降りそうな言動である。


が、

東真の不自然な言動に対し、撫子は素直に従った。


彼女もまた、稽古に身が入らないのは同じであったし、今日は早く稽古を終え、レリアの見舞いに行きたい。


それが素直な気持ちである。


思えば、東真もそうした思いから稽古を早々に切り上げたのかもしれない。


そんなことを思いつつ、撫子は相変わらず口もきかず、静かに帰り支度をする東真を見ながら、自分も帰り支度をさっさとまとめ始めた。


そして、


時と所変わり、

桜木橋のたもと。


相も変わらず、無言のままのふたりは、真っ直ぐ帰路にはつかず、レリアの入院する病院へと向かう。


「目ぇ……覚ましてるかな、レリア……」

「丸一日経つし、もう目が覚めていてもおかしくないさ。ただ長居は出来んだろうから、その辺りは気を遣えよ。何せ相手は大怪我してるんだからな」

「分かってるわよ。あたしだってそこまで空気読めないほど鈍感じゃ……」

言い止して、撫子は歩調を緩めた。


それに合わせるように、不思議に思いつつ東真も歩みを遅らせる。


「……どうしたササキ。なんで急に……」

「東真……あれ……」

「あれ?」

そう言いながら、撫子は橋の脇へ指を示す。


欄干の横、

日傘を差した少女がひとり、体育座りでうずくまっているのが見えた。


「……なんだあれは?」

「さあ……分かんないけど、でも、なんかあの子の顔……」

「顔……?」

「見覚えない?」

そうは言われたものの、相手は日傘を差している上に体育座りの姿勢である。


顔といっても、ほとんど影で見えない。


自然、見定めようとすると、足はそちらに向いた。


少しずつ近づいてゆく。


始めは十メートルほど離れていたところから、五メートル、三メートル、


二メートルを割ったところで東真も理解し、撫子は確信した。


座っていたのは葵だった。


全身、汗だくになり、焦点の合わない目を自分の膝辺りに泳がせている。


影もあるが、長い前髪が汗で顔に張り付き、なおのことその面相をまともに確認するのはここまで接近してようやくである。


それから東真の口に上った言葉は、ごく自然な本心だった。


「お前……なんで、こんなところに……?」

言ってから、少しの間を空け、葵が反応する。


聞こえてきた声へ向かうように顔を向け、


「……あんた……この前の……」

聞き取るのもやっとの声で葵が口をきく。


「よかった……ここで、待ってれば……もしかしたら会えると思って……」

そこまで言ったところで、葵は一瞬、ゆらりと揺れたと思うと、横向きにばったりと倒れ込んだ。


「お、おい、どうした!」

急なことに慌てたが、東真はすぐに駆け寄ると、葵を抱いて起こす。


体温が異常に高い。


汗の量はすでにかいたものを別とすると、逆に発汗は極端に少なく見える。


抱いてみて分かったが、体が小刻みに震えている。


「ササキ、医者を呼べ、完全に熱中症……いや、熱射病の症状だ!」

逼迫した形相でそうがなった東真へ即座に撫子はうなずくと、素早く携帯を取り出して、救急車の手配を始めた。


「何やってるんだお前は、この炎天下に一体どれだけいた!」

「……朝……八時くらいから……」

「八時から……!」

ちょうど色宮道場へ向かった時よりも一時間ちょっと遅い。


完全な入れ違いである。


それから昼をとうに過ぎたこの時間まで。


水分補給の様子も無く、ただ炎天下に座り続けていた。


もし、自分たちが今日は早めに引き上げようと考えなかったらと思うと、ぞっとする。


「バカなことを……待ってろ、すぐ医者が来る。それとすぐにどこかの日陰に……」

「……私のことは……いいから、話を……話を聞いて……」

「分かった。話はあとでいくらでも聞いてやる。だから今はとにかく黙ってろ」

「東真、連絡つけたよ。すぐ来るだろうから、あんたはそいつを日陰に移動して。あたしは自販機で水とスポーツドリンク買ってくるから」

言い残し、素早く撫子は近くの自動販売機へ走る。


東真は撫子の指示通り、橋から下りて、今は青葉の茂った桜並木の木陰に葵を抱きかかえて連れてゆく。


「くそっ……レリアの件といい、一体何がどうなってるんだ……」

苛立ち、歯噛みした口元から東真が声を漏らす。


目に焼き付く日の光が、ここぞとばかりに忌まわしく感じる。


こんな時に限り、央田川は優しい川風のひとつも運んではこなかった。


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