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破滅ノ剣 (1)

「か、楓さん。一体なんだってあんなこと……」

「なんや、耳が早いうえにええ勘しとるやないか。うちの仕業やと、よお気がついたな」

元場校舎の屋上。


昨日のレリアの事件から一夜。


葵と楓が話している。


「だ、だって、辻斬り犯は私ですよ。それなのに、私以外が、しかも手練者リストにまで載っている人間を、たとえ刃引きしていない剣だったとしても、防断服ごと背中まで貫通させるような使い手なんて、私は楓さんしか知りませんよ!」

「ま、あれはちょっとやりすぎた感が強いな。警察もさすがにこれで本腰入れるやろし、犯人が捕まるのもそれほど先やないやろ」

「……そんな……」

がっくり肩を落とし、うなだれる葵を見て、楓はクスクスと笑いながら話す。


「そう落ち込みなや。あんたが捕まるゆうことはこれでもう無い。真犯人は新たにうちが引き受けたよってな」

「だから、なんでそんなこと……」

「さて……なんでやろな……」

言って、楓は遠い目をして話を逸らした。


だが、それがどれほどの意味があるかと言えば、何の意味も無いとしか言えない。


葵は楓の真意を知っている。


だからこそ、逆に問うた。

ここまでする必要があるのかどうかを。


しかし、

楓にとっては、今やそれらはどうでもいいことなのだ。


最終的にすべてを自分が背負う形をとる。

それが望み。


ただ、


その前にいくつかやり残していることがある。


それをやり遂げないうちは、彼女も(終わる)つもりは無い。


(終わる)のは、すべてを成し終えてから。


それだけが今、彼女を動かしているすべてであるから。


「お願いですよ楓さん……あんまり無茶は……」

「ふふっ、これから先のこと考えたら、こないなもんは無茶のうちに入らんて」

「でも……お気持ちは分かりますけど、いくらなんでも焦りすぎ……」

そう言った途端だった。


楓は葵に向けて純粋な殺意を宿した視線を飛ばした。


これには、葵も始めてのことだったこともあり、体中をすくみ上がらせる。


全身から緊張で冷や汗を流し、蛇に睨まれたカエルの如く、微動だに出来ない。


すると、

ふっと目の力を抜いた楓は笑って言う。


「お気持ちは分かるか……簡単で楽な言葉やな」

声は笑っている。


が、口元を除き、顔はまったく笑っていない。


「葵、忠告しとくで。何でも気軽に『気持ちは分かる』なんて言わんことや。人間はな、もし万が一、本当に自分の気持ちを分かっているとしても、分かられているという事実そのものさえ腹立たしいと感じる時がある。そういう人間にとっては、その台詞、逆鱗に触れる台詞や」

そう言い、楓はまた遠い目をする。


どこを見るでもない。

遠く、空を見る。


雲を見るでもない。

空の先に視線を泳がす。


まるで見ることを放棄したように。

まるで見ながらにして、何も見ないように。


「……すみません。知った風な口聞いて……」

硬直から回復した葵が言う。


楓に対する純粋な恐怖もある。


だがいまだ楓を慕う心理が強い。


これは恐らく、この先どんな扱いを楓から受けても変わらない部分だろう。


それほど、葵は楓に対して親愛の情を抱いている。


その理由までは当人たちに直接聞く以外に知る術は無いが、少なくとも葵のそうした感情が楓にとっても大きなものであることは確かであろう。


「……いや、うちこそきつい言い方して悪かったな。ほんに、余裕が無いいうんは嫌なもんやで。当たりがきつうなっていかんわ」

「楓さん……」

「もうな……本音を言えば、うちは余裕も時間もあらへんからな。当たりはどんどん悪うなる可能性が高い。葵、あんたもう……うちへ近寄るのは止めたほうがいい時期に来たのかも知れん」

「……」

こう言われ、葵は返す言葉を失った。


楓にきつく当たられるのは別に苦では無い。


……いや、本当に苦では無いかと言えばウソになるが……、


少なくとも、耐えられないようなことではないのは確かだ。


しかしそれが楓に苦痛を与えるとするなら、


自分の存在が楓を苦しめるとするなら、


自分は言われた通り、これからは楓との接触を極力減らすべきかもしれないと思った。


間違っても自分のためではない。


楓のために。


この先、楓は自分には想像も出来ない苦痛にさいなまれることが決まっている。


それを、なおさら苦痛を増やすような真似をすべきでない。


そうした考えから、自分は離れるべきかもと思う。


本心では離れたくはないが、


出来るなら、ずっとそばにいたいが、


それが楓を苦しめるなら諦めるより無い。


「……葵……」

「……はい?」

「もうちょっと……時間があったら良かったのになぁ……そしたら、あんたにもうちの技のひとつくらい、教えてあげられたかもしれへんのに……」

「楓さん……」

「ま、あんたは我流が持ち味や。下手にうちの技なんぞ教えて、剣筋がおかしくなったら笑えへんからな」

「……」

「とにかく、今は松若の斬人が先決や。時間のあるうちに早うそいつと決着つけて、そんで、それから……」

そこまで言い、楓は言葉に詰まった。


考えれば、もうその先は無い。

(それから)など無いのだ。


つい忘れていた現実に気付き、楓は苦笑して言う。


「ほんま……業が深いな、人間ゆうのは。この期に及んでまだ先に希望を見ようとする。そんなもん、とうの昔にあれせえへんのになぁ」

遠い目をしていた楓は、この時ようやく視線を手元に戻した。


自分の手を見る。

じっと。


目を細め、動かす指先に焦点を合わす。


「もう少し……もう少しだけ、時間……頼むから、待っとってぇや……」

細めた目元を寂しそうに歪め、楓はぽつりとつぶやく。


暑い夏の日差しが、一時、濃い雲間にさえぎられた。


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