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胎動ノ剣 (5)

「今日はなかなかに興味深い話をいろいろと聞いて、有意義な一日になりましたね」

「……はい」

家路につきながら、レリアとレティシアの姉妹は薄暗くなってきた央田川を渡る。


桜木橋。


昨日、辻斬り犯を逃した苦い経験の残る場所。


そこを家へと帰るため渡る。


東真らは今少し、使った道場の片付けを終えてからというので、秋城姉妹は先に帰ることになった。


大会も近いレティシアへの配慮からである。


「それにしても、昨日の失態はいただけません。レティシア、あなたは才能はあるのですから、もっとスピードに磨きをかけなさい。その大きな体は力を生む。それにスピードが加われば、いつかはわたくしすら超える日も訪れるはずです」

「……はい」

「もう、返事だけはいいんですから、この子は……」

レティシアの反応があまりにも変化に乏しいので、レリアも少しばかり呆れ気味になる。


とはいえ、このような性格の妹と付き合い始めたのは昨日今日のことではない。


ではないが、やはりこの異常に起伏の無い応対にはレリアも常に退屈させられる。


「わたくしも草樹さんがおっしゃってたように、斬人なんて退屈そうな立場にはつきたくありませんけど、それも声がかかればこそ。レティシア、あなたは斬人に推薦されるようにおなりなさい。ならずとも構いません。資格を得るにふさわしいと認められる実力を、いつかわたくしより強くなって、そんな栄誉に……」

そこまで言いかけたところで、急にレリアは足と口を止めた。


日の落ちかけた前方の暗がりに、不審な人影が動くのを感じたからである。


「そこ、隠れているのは誰です?」

いつもの穏やかな口調でレリアが人影へ問う。


と、人影は、すっと身を隠していた柱から姿を出すと、微かに笑いを含んだような口調で話し始めた。


「ふふ……やっぱり手練者リストに載っとるだけはあるわ。いい勘してはる」

「手練者……と、いうことは、貴女は……」

「せやな。手練者リストを持っとるいうことはそういう答えになる。すると名乗らんでも私が誰かはもう分かっとるわな」

「大場……楓」

「ご明察や」

西に沈みかかった陽光に照らされ、楓とレリア、レティシアの三人が、影絵のように橋の上へ映し出される。


「……で、その大場楓……失礼、斬人とお呼びしたほうがいいのかしら?」

「呼び名なんぞ何でも構しまへん。大体、斬人いうたかて、手練者リスト欲しさになったようなもんやしな」

短い受け答えの中、レリアは楓の真意を慎重に探った。


少なくとも、今の問答には嘘は無いように思える。


自分の剣を試す相手を容易に探すため、斬人の立場を利用している。


偽りではないと判断しただけに、余計に楓への警戒心は募った。


昨日の久世葵でさえ、数に任せたからこそ特段の危険も無く接することができたが、今度は並みの相手とは違う。


斬人。


およそ自分たちとは別次元で剣を使っている感のある人間。


紅葉の実力を知るレリアであるだけに、斬人というものが如何に別格の強さを持っているかはそれなりに理解しているつもりだ。


しかも、楓は同じ斬人との決闘を繰り返してきた経緯がある。


斬人より強い斬人。


考えたくも無いが、楓の立ち位置はそういったものだろう。


果たして、紅葉ですらこの楓という斬人に敵うものなのかどうか。


不安な予測が頭を埋める。


すると、


「松若の斬人のほうにまず挨拶をとも思ったんやけど、うちの今の立場を考えたら、間にワンクッション挟んだほうがええと思うてな。それでわざわざ帰り道を張らせてもろたんや。鈴ヶ丘唯一の手練者、秋城レリア。手間かけて申し訳ないんやけど、ひとつ頼まれてくれるか?」

「それは……話の内容にもよりますね……」

「それはそうやな。まあ何、簡単な頼みや。ここ最近、ここいらで頻発してる辻斬り事件やけど、あれの犯人……」

「見逃せとでも……?」

「……いや、その犯人、うちやということにしてもらえんか?」

この、楓からの不可解な要求には、さすがのレリアも当惑の表情を隠せなかった。


何故?


わざわざすでに危うい立場にいる自分をさらに追い込む?


久世葵をかばう行為自体は理解できる。


だから見逃せという要求なら、飲めはしないが納得は出来た。


しかし、

自分の立場をさらに危険な状態にしてまでかばうのは何故だ。


それほど、葵と楓の信頼関係は強固なのか?

それとも、他に何か特別な理由でも?


混乱するレリアの様子に気づいてか、楓は次いでさらに言葉を発する。


「ばれてもうてると分かっとるから正直言うけど、犯人はそちらさんの察しの通り、うちの葵や。でもな、あの子はまだ先のある子や。こんなとこでくだらんケチがついたら気の毒や思うてな。それに間接的やが、これはうちの責任でもある。監督不行き届きや。うちがもっとしっかりあの子を管理しとったら、こんなバカなことはさせんと済ませられたはずやからな」

「……理屈は、分かりましたけど……でも、それでも何故そこまでして貴女は彼女をかばうんです……?」

「先のある子と、先の無いもん。どっちを優先させるかとなったら、先のある子に決まるやろ?」

「申し訳ありませんが……貴女のおっしゃっている意味が今ひとつ理解できません」

「……せやな。こんな回りくどい言い方じゃあ、分かれ言うほうが無茶やわ。じゃあその話をする前にひとつ、こっちからの質問や」

「……なんでしょう?」

「あんた……口は堅いほうか?」

言われて、レリアは少し考えてから一言、


「……事情によります……」

そう言った。


「ええ答えや。素直でええ答え。そう、事情によっては墓場まで口を割らず持っていく。そういう意思が感じられる返事やで」

「で……話すんですか?」

「話して、問題無いやろ」

「なら、伺いましょう」

「その前に……後ろのお連れをちょっと離してもらえるか?」

「いいでしょう。レティシア、わたくしが言うまでしばらく離れて待機していなさい」

言われ、レティシアは無言でその場から十メートルほど後方へ退いた。


それから、


川風に耳をなぶられ、ささやき声ひとつすら聞こえないふたりの会話の様子をレティシアは見続けた。


時間にして約五分ほど。

会話はそれで終了した。


が、


会話の終わりが始まりを告げた。


遠目に見えていた楓の口元の動きが止まり、ふたりが少し間を空けたその刹那、


それは起きた。


突然、抜刀した楓の剣がレリアの右胸を貫き、背中を貫通する。


遠目に、薄暗く日の落ちた背景の中、


レティシアは何事が起きたのかも分からず、ただ混乱した。


はっきりしているのはひとつ。


胸を貫かれ、その剣を引き抜かれた軌道を朱の線が引く中、レリアが膝をついてその場に倒れたこと。


うつ伏せに倒れ込んだレリアの胸から流れ出す血は、夕闇と同化して橋の上を影のように広がっていった。


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