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胎動ノ剣 (4)


色宮英樹は居合抜刀術色宮流の長男として生まれた。


末は当然、道場を継ぐよう、厳しい剣の稽古を受け、体術も含めて色宮流のあらゆる技を体得していった。


だが、


計算違いと言うのは語弊があるが、英樹にはある大きな問題があった。


才能である。


剣術、体術に至るまで、それはまさしく天賦の才。


生まれながらに、何も学ばずともすでに完成された強さを彼は持っていた。


にもかかわらず、彼の父は英樹にすべてを教えた。


それは致し方の無いことではあったが。


将来、道場を継がせるためには色宮流のすべてを学ばせる必要があったのは確かだ。


しかし、


それは結果的に、彼に制御不能なほどの力を与えることになる。


先天的な強さに加え、後天的な技の数々。


それらが組み合わさった時、


彼は鬼となった。


傲慢からではない。


まして、自尊心や名誉欲などといった小さなことでもない。


ただ、彼は剣を知ってしまった。


それがすべて。


人は手にしたものを使わずにはいられない。


英樹もまたそうだっただけだ。


剣を学び、剣を得、剣に生きた。


それだけのこと。


問題は、それによってどのような被害が周囲に及ぶかという点だった。


その点に関しては結果は最悪。


力の暴走による災害。


そう、もはや自然災害。


人の身でありながら、彼はすでに人が御する範囲を超えていた。


とにかく剣を振るわずにいられない。


とはいえ、理由無く剣を振るうわけにはいかない。


そんな彼には、恐らく飛び上がらんばかりに都合の良いものだったろう。


決闘制度。


元来、正義感の強かった彼は、何らかの不正があるごとに、それらを決闘によって解決していった。


そこまでなら、ごくまっとうな行為。


なれど、そうはならない。


あまりにも彼の力が強すぎた。


過ぎた力は、正義ではなく暴力と見られる。


周囲は彼を恐れた。


同時に彼を憎み、恨んだ。


正義をおこなうため、

士道を貫くため、


そのために抜いたはずの彼の剣は、それを理解されることなく、魔道に落ちる。


人々の残酷な視線が、彼を荒ませ、鬼へと変えた。


ひとたびバランスを失った彼の剣は、いたずらに血で染まる。


荒んだ心が、荒んだ剣が、荒んだ人間を呼び、彼はさらに荒んだ戦いを続けた。


荒れ狂う剣は行き場を失い、悪人の血に塗れる。


そして、


悪人の血に染まった彼もまた、さらに狂気を加速させる。


気付いた時、


そこにはもう朱色の虚しさだけしか残されていなかった。


そんな時、


救いが訪れた。


妹の眼差し。


それは、


憎しみでもない。

恨みでもない。


悲しみでも、

怒りでも、


今まで向けられてきたあらゆる負の視線とは違った。


憐憫の目。


それがきっかけ。


初めて自分を理解してくれたと実感できた目。


以来、

英樹は変わった。


自らの力を御した。

自らの欲望を御した。


一度染み付いた血の匂いは消し去れない。


それは分かっていたが、それでも。


自分にまず必要だったものは、力では無く、その力を必要な分だけ適正に使う能力。


それに気づいてから英樹は変わった。


優しさを手に入れた。

気遣いを手に入れた。


人を救うのに、必ずしも力だけが必要なのではないと悟った。


今の彼に、鬼の影はもう無い。


少なくとも今は。


「まあ、今の兄貴は昔の兄貴じゃない。それだけは確かだよ。今ではただの気のいい道場の若大将さ」

笑ってそう言い、草樹は純花へ目をやった。


澄んだ、優しい目だった。


それに心が安らいだか、

純花も笑った。


誰しも過去はある。

誰しも過ちを犯す。


若い東真、撫子、紅葉、レリアらはまだ剣の本当の恐ろしさを知らないかもしれない。


それでも、いつかはそれを知る。


知って、道を選ぶことになる。


剣に従うか。

剣を御するか。


「さて、八月とはいえ、さすがにそろそろ日も暮れるぞ。ここいらでお前さんたちも解散ということにしたらどうだ?」

「……ですね。今日はこの辺りにして、あとは後日ということに……」

「そうそう。今日出来る事は明日やれってな」

少し、か細くなった東真の声を心配し、草樹はひときわ明るく笑って言った。


「では、また明日も伺います。ご迷惑でしょうが……」

「気にし過ぎなんだよ東真。明日もおれは出かけてるだろうが、うちはいつでも大歓迎だってことは理解しとけよ。賑やかなのはいいことだぜ?」

「ありがとうございます」

「うむ、いい返事だ」

「……ふふっ」

草樹の言動に、東真が軽く笑いを漏らす。


そんな東真を見て、草樹はまたにんまりと満面の笑みを浮かべた。


外では、西の空が紫と橙のグラデーションに彩られている。


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