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胎動ノ剣 (3)

「しかし……今年の夏は面倒事もあるが、なかなか面白い変化もあって楽しいな」

「は?」

突然に何を言い出すのかと思い、撫子は笑みを浮かべてそんなことを言う東真の顔をまじまじと見つめた。


「どしたの、急に妙なこと言い出して」

「いや、な。考えてもみてくれ。照山のやつ、関井道場の件が片付いて、夏休みに入ってから久しぶりで話をしたが、以前のあのおどおどとした口調が随分に改善されたと思わないか?」

「……あ、言われてみりゃ前よりえらく口が達者になったわね」

「だろう。夏場は人を変えるというが、照山に限っては良い変化でなによりだ」

「でも、剣を持った時の口数まで増えたら、ちょっと面倒になるんじゃない?」

「ははっ、それは気にしても始まらんだろ。それに、さすがに剣を振り回しながらおしゃべりするほど照山も変わり者じゃあるまい」

「さあて、どうだかねぇ」

言って、不審そうに撫子は紅葉を見る。


紅葉のほうはといえば、東真に言われて意識してしまい、また極端に口数が減っている。


こうしたものは慣れの問題なのかもしれないが、紅葉にはまだ無自覚にさせておくほうが得策だったのかもと、東真は少し反省し、こちらも口を閉じた。


と、


道場で顔を突き合わせている東真たちのところへ、珍しい客が訪れた。


「おう、随分とご無沙汰してたな。元気か、女子たち?」

「うげっ、草樹!」

声を聞いて即座に撫子が反応する。


まるで寝ているところに、耳へ息をかけられた猫のような俊敏な反応である。


「まあたその反応かよ。いい加減で、もう少し目上の人間を敬う態度ってもんを身に付けたらどうだ?」

「少なくともあんたにはそうされる資格が無いっての!」

「ったく……ほんとに相変わらずひでぇな……」

頭に手をやり、やれやれといった風で草樹は言う。


まあ、確かに日頃の草樹の行動や態度を思えば、撫子の反応も無理からぬともいえる。


しかし、仮にも関井道場での死闘後に病院へ担ぎ込まれたのを毎日通い見舞っていた事実もある程度は考えてやらなければ、彼もさすがに気の毒だ。


というより、これほど間接的とはいえ幾度と無く好意を示しているにもかかわらず、撫子にそれがいつまで経っても伝わらないこと自体が気の毒と言うべきか。


気持ちの表現が下手な男と、微妙に人の真意に鈍感な女。


傍から見ていて笑える間に状況が進展してくれることを願うのみである。


「そういえば、草樹さん。このところずっとお留守でしたね。夏休みに入ってからずっとこちらへ通わせていただいてましたけど、お会いしたのは夏休みに入ってからだと今日が初めてでは?」

「ああ……ちょっと協会の集まりで、またうっとうしい話が出てきたもんでな」

「協会の集まり?」

「日本士道協会の集まりだよ。どこの道場も大抵は加盟してる。うちも御多分に漏れずってわけでね。兄貴は忙しいから、師範の俺が名代として参加してるんだが、これがもう、なんともしつこくって敵わねぇんだよ」

「……しつこい?」

「いい加減で斬人になれってさ」

この答えには東真も少しばかり驚いて即座に返事が返せなかった。


代わりと言ってはなんだが、撫子が吃驚の声で疑問形の言葉を飛ばす。


「き、斬人って、草樹が?」

「なんだその言い方。まるで俺じゃ力不足みたいに聞こえるぞ」

「だ、だって、女の尻撫で回すことしか頭に無いようなやつに斬人なんて……」

「お前……いくらなんでもそれはひどいだろ……」

「……まあ、実があるのはそれなり知ってるつもりだけど……でも、それにしたって草樹が斬人なんて想像つかないわよ……」

「んなこたぁ言われなくても分かってるよ。だから毎回しつこく誘われても、ずっと断り続けてんだ」

「ずっと……?」

「学生時代からだから、もうかれこれ二、三年も誘われ続けだよ。確かに、今は万年斬人不足で大変らしいな。どこの学校も一校にひとりの斬人すら確保できないってんで焦ってんのも分かるさ。けどよ、おれ自身が斬人なんぞやるのは御免だと思ってるうえ、兄貴を差し置いておれが斬人やるわけにゃいかねぇだろ」

どうも長話になりそうだと思ったのか、いつの間にか草樹は話ながら、ちゃっかり道場に腰を下ろしている。


「極端言うと、おれは兄貴の身代わりみたいなもんなんだよ。兄貴がどうあっても斬人になることに納得しないもんだから、じゃあ弟のおれをってな。失礼しちゃうだろ?」

「え……そうすると英樹さんもずっと斬人になるよう以前から要請されてるんですか?」

「ああ、道場主になったのだって変な話、関井との揉め事あってのことだったけど、兄貴にしてみりゃいい口実だったんだよ。『私は道場主で忙しいから斬人にはなれません』ってな」

「なんだって……おふたりとも、そこまで斬人になるのを嫌がられてるんですか?」

「さてね。俺は単にめんどくさいってのが理由さ。他人のケンカの仲裁なんて、つまらんことにおれの貴重な時間を使いたくない。そんなとこかな。兄貴に関しちゃ、どうもよく分からんが、しかし……」

「……しかし?」

「ある程度の想像はつくよ。兄貴が斬人なんぞになったら、それこそ決闘のたび、そこいらじゅうが血の海になるぜ。それを自覚してるから断ってんだろ」

「血の……どういうことですそれ?」

「……ふむ」

東真の質問に少し躊躇した素振りを見せた草樹だったが、ここまで話して切り上げるのも妙だと思ったようで、目をつむり、ぐるりと首を回すと、気分を切り替えたようで説明を再開した。


「兄貴はさ……今でこそ人間が丸くなったけど、昔はそりゃあもう手が付けられないほどおっかねぇ人だったんだよ。学生時代なんて、決闘して帰ってこない日が無いってくらい毎日決闘三昧でさ。しかも必ず兄貴はひとり。相手は何人でも関係無し。それを毎回必ずひとり残らず病院送りにしてたよ。相手の怪我の程度はまちまちだったけど、最悪、手足が二、三本切り落とされてるなんてことも稀じゃなかった。多分、うちの兄貴くらいだろうぜ。ひとりで十人以上相手に勝って、それも何の反則行為もしてやしないのに、斬人に咎められたのは」

あまりに意外な英樹の一面を聞かされ、東真も撫子もしばし絶句してしまった。


あの人当たりの良い英樹が?


虫も殺せないような雰囲気の彼が?


疑問の膨らむふたりを無視して草樹はさらに続ける。


「しかもさ、その仲裁に入った斬人まで病院送りにしちまったんだ。その時はえらい騒ぎだったよ。斬人でさえ止められないんだ。そりゃ問題にもなるよな」

「斬人でも止められなかったんですか……?」

「身内が言うのもなんだが、兄貴の剣は常軌を逸してる。それは今でこそ単に腕が立つって意味になったけど、昔は今の兄貴いわく、『あの頃の自分はどうかしてた』ってくらい凄まじかったよ。性格的にね。一言で言うなら鬼さね。剣の鬼。剣術狂いなんて生易しい表現じゃおっつかない。あの当時の兄貴を知ってる人間なら、辻斬りなんてそれこそ遊びか何かにしか見えねぇよ」

東真も撫子も、次に出すべき言葉が見つからなかった。


それは英樹との付き合いの短い紅葉やレリアらもそうだったろう。


斬人ですら太刀打ちできない相手など、今までにひとりしか見たことが無い。


紅葉の父、影正。


しかし、それですら紅葉が英樹から授かった奥の手で屠ることが出来た。


一体、英樹という人物とはどういった経緯でこのようになったのか。


その実力とは一体、どれほどなのか。


ひとつの疑問も解けずに苦悩の表情を浮かべる東真たちを横に見ながら、純花はひっそりとうつむき、愁いを帯びた表情を隠していた。


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