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胎動ノ剣 (1)

「……てなわけでして、どうにか夜の川を泳ぎ渡って難を逃れたと、そういうわけです」

「ふふっ、それで今日は少し風邪気味なんか?」

一夜明けての、元場剣学校の屋上。


そこで会話をしているのは先日転入してきた斬人、大場楓と久世葵のふたりである。


楓の言う通り、葵は夏の暑い盛りにもかかわらず、何故か鼻をしきりにすすっている。


「まったく……おいたが過ぎるとこういうことになるいうことや。そんなに剣が振り回したいんやったら、ここのボンクラども相手にいくらでも振るえるやろ?」

「だって、楓さん。ここの男連中ときたら、鼻息ばっかり荒いだけで腕のほうはさっぱりなんですもん」

「ま、気持ちはよう分かるけどな。剣を持っては使いとうなるのが人情。そこはうちにも理解出来る。でも辻斬りは良うない。たとえなんぼ手加減したとしても、な」

「はい……」

口調こそ優しいが、楓の最終的にきっぱりとした否定の言葉には、葵も素直に返事をするしかなかった。


そして、これが上下関係の面白さなのか、葵はつい昨日の辻斬り騒動で見せていた生きの良さはどこへやら、完全にしゅんとして、青菜に塩の体たらくである。


その様子を見て楓も少し気の毒に思ったのか、それとも単なる好奇心からか、自然と話題を切り替えるように、自分の短い髪を弄びつつ、葵に問う。


「……ところで、最終的には数に任せて囲まれてもうたようやけど、それ以前の感触としてはどうだったんや。その辻斬り狩りの女子らは?」

「そりゃもう、剣を交えたのはふたりだけでしたけど、まず最初のひとり。これはもう、今思い出しても惜しい相手でしたよ。私の剣が我流だってのを即座に見抜いたうえ、死角に潜り込む得意の戦法まで完全に読まれちゃいましたからねぇ」

「それは……随分と追い詰められたように聞こえるけど、えらい楽しそうに話すなぁ」

「いや、実際楽しかったです。やっぱり世の中は広いですねぇ。こんな下町の端っこに、あれだけの使い手がいるんですから」

「聞いた特徴からして、手練者リストにはそれらしいのは載っとらんかったし、まさしく隠れた腕利きいうわけやな。けど……」

「分かってます。もうひとり、剣を交えた……というか、剣を折られちゃった相手……」

「松若の斬人、照山紅葉……関井心貫流道場の元跡取り娘。それが、自分で自分の実家の道場潰してもうたいうんやから、おもろい子やとは思てたけど、さすがに腕も間違い無く一流のようやな」

「追われてた体勢だったことを差し引いてもとんでもない使い手ですよありゃ。私も相対した時に、剣を即座に両断されたのには肝が冷えましたよ」

「それでも無事に帰ってきたやないか」

「ぎりぎりでしたね。剣を折られたことにもう一瞬気づくのが遅れてたら、逃げる余裕も無くやられてたと思います」

「そうか……ひとまずあんたも、その紅葉いうのも、どっちも大したもんやいうことか」

「恐れ入ります」

単純に褒められたことはうれしかったらしく、頭を下げた葵の口元はひっそりとにやけていた。


「しかし、弱ったなぁ」

そう言い、楓はわざとらしく頭を抱えてみせる。


「そんなおもろそうな相手が、またしても斬人かいな。ほんま、手応えありそうなもんの斬人率、高すぎるわ」

「やっぱ……さすがにこれ以上は斬人とは、まずいですか?」

「当たり前や。前かて下手すれば資格剥奪一歩手前やったんやで。それをなんとか穏便にいうて、拝み倒して放校処分で済ましてもろたわけやからな。今度また斬人相手にケンカ売ったら、今度は問答無用で資格剥奪確定やろ。ま、正直なところそんなもん、別にどうでもいいんやけどな」

話していることは重大事のことのようなのに、楓の顔は微笑んでいる。


それは、彼女自身の特徴なのか、

もしくは実際の余裕なのか、

はたまた……。


「さて、となると当座の狙いは松若の斬人とつるんでた連中やな。斬人の近くにおるゆうことは、それなりの腕と見てまず間違いないやろうし、退屈しのぎくらいはさせてくれるやろうと期待したいとこやけど、はてさて……」

「さっきも言いましたけど、ひとりについては私が保証しますよ。楓さんでも退屈しないはずです」

「そうやといいけどな……」

「あと、囲まれた時に西洋の剣を持ってたのがひとりいました。夜の暗闇ではっきり顔は見てませんけど、あの派手な金髪は目に焼き付いてます。それに、メガネ」

「手練者リストの鈴ヶ丘んとこに載っとる……秋城レリアか。可能性は高いな」

「でも練者リストもそう大して信用できませんしね。ここの剣道部だって、手練者リストに載ってたのが四人もいたけど、どれもさほどじゃなかったですし」

「あんたの基準で見たら酷ゆうもんや。うちの見立てから言っても、あんたの実力は手練者リスト入り以上、斬人未満。それで並みの手練れを計ったら、そりゃあ物足りない思うのも当然やろ」

「まあ、そうかもしれないですけど、だったらなおさら楓さんは退屈しちゃうんじゃないですか?」

「そこやな。悩ましいとこは」

言って、頭に手を当てて悩ましそうな素振りを見せるが、口元は相変わらず微笑みを浮かべたままである。


「とにかく、しばらくしたら松若の斬人と顔合わせしておいてもええかもな」

「え、でも、斬人との決闘は……」

「早合点しなや。挨拶に行くだけや」

「挨拶……ですか」

「そや。挨拶がてら、おもろそうなやつを品定めしに行こうってな。元場にはもう大したのはおらんから、他の学校で物色するしかないやろ?」

「なるほど」

「暇つぶしに労は惜しむな。これは人生を楽しむ鉄則や。よう覚えとき」

「勉強になります」

改まって頭を下げる葵を見て、楓はクスリと笑うと、ふいと空を見上げた。


「……にしても、やっぱり悩ましいなぁ」

雲に隠れた太陽を、目を細めて眺めつつ、楓がつぶやく。


と、瞬間、

腰の刀に手を伸ばしたかと思うと、柄を掴んだか掴まないかの間に、辺りに木霊する。


大きな、鍔鳴り。


ふと見ると、屋上の金網のフェンスに、バスケットボール大の穴が空き、切り落とされた金網がジャラリと小さな音を立てて屋上の床に落ちた。


「分派の関井心貫流と、うちの真元流。どちらの居合が上なんか。試したい……試したいなぁ……」

はあ、と、大きな溜め息をつきつつ、楓が空を見上げたまま言う。


雲間から這い出した太陽にも負けぬほどのぎらついた眼をして。


それはまさしく剣に魅入られた目。


どこまでを理性で御し得るのか。

どこまでを理性では御し得ないのか。


いまだこの楓という斬人の心底は知れない。


ただ、

断言できることはある。


紅葉と楓がもし万一、剣を交えることがあれば、

それは、あらゆる意味でことは無事に済まないだろうということ。


それだけは間違い無く確かである。


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