第一話・王宮への片道切符
「シスター・コノア…私を拾って育ててくれた貴方に…
感謝が尽きることはこの先きっと無いでしょう。
でも……感謝してます…けど…!!」
頭上を飛び交う魔法たち。
氷の階段。花の蔓。炎で空へと飛び出す人もいれば、雲の飛行機を作るものもいる。
多種多様な魔法が行き交い、思い思いの方法で空へと昇ってゆく。
「ほら、みなさん!!早く行かないと置いて行かれますよ!!
これも試練です!!」
大声を張り上げた人物へ、私は目を向けた。
黒いワンピースはパニエで膨らみ、着こなされた白いエプロンはいかにも清楚だ。
後ろで一つに纏められた髪が清潔感をより際立たせている。
背の高いメイドはぐるりと首を回し、未だ旅立たないミフユを射抜く。
「ほら、貴方も早く行かないと今日中には王宮に辿り着けませんよ?」
「は、はい…」
(……すみません!!私は魔法を持ってないんです!!!!)
私の渾身の心の叫びは、声になることも無く消えてゆく。
「あ、はは…すぐに準備します…」
乾いた笑いを浮かべ、王宮への発着場から少し離れる。
メイドの視界から外れたことを確認しポケットにしまっていた手紙を取り出した。
「シスター……やっぱり私には荷が重すぎますよ…!!
どうして私が…!!王宮に選ばれたんですか…!!!」
遡ること二日前。
その手紙は突然やってきた。
第二成人の18歳を迎え、ユフィステリア第3教会を出た私は教会からほど遠いレイカン地区に就職した。宿の管理と清掃が主な仕事であり、家事の延長線上で出来ること、管理人も第3教会出身だったことが合わさり仕事を即決。住み込みで働きながら毎日、充実した日々を過ごしていたのだ。
「ミフユちゃん~。シスター・コノアからお手紙届いてるわよ?」
「シスターから?」
ある日のこと。
予約表を確認しながらアレルギーの確認と夕飯の献立を考えていると、管理人のレンさんがそういって手紙を持ってきた。
「珍しい…」
シスターには月に一度必ず会いに行っていた。
最近会ったばかりなので手紙をもらう理由にピンとこない。
教会の蝋印を丁寧にはがし一枚の便箋を取り出すと、シスターの美しい字が現れた。
『拝啓 ミフユさんへ
急なお手紙ごめんなさいね。
どうしてもあなたに伝えなければいけないことがあるのです』
手紙から光が溢れて、小さなモニターが浮かび上がる。
シスターの焦った顔が映った。
映像記録の応用魔法だろう。昔、シスターがこれで誰かと話しているのを見たことがある。
だが電話のようなものではなく、録音されたものみたいだ。
シスターの話は続く。
『あなたと同じ年に第一成人を迎えたレイナさん。覚えていますか?』
レイナ。
すんだ瞳で、遠慮なく人のプライベートに踏み込みがちな、やんちゃな女の子だった。
自分は、冬の魔法を発動したんだ!とでも言いたげに魔法をやたらめったら使っていたのをよく覚えている。
『彼女は珍しい冬の魔法ということもあり、王宮のメイドとして招待されていたのです。
けれど…』
シスターの顔が曇る。
言いづらそうに、躊躇ったあとゆっくりと口を開いた。
『彼女は不慮の事故で亡くなりました』
「え…?」
レイナが死んだ…?
有り得ない。あそこまで魔法と自分に自信を持っていて、誰よりも影で努力していたレイナが?
不慮の事故で…?
『そのため、第3教会からは一人、代わりに王宮へとメイドを派遣しないといけないのです』
『そこでミフユさん。貴方に言ってもらいたいの』
「い、いやいや!!!無理ですシスター!!!
私は魔法を使えません!!」
『それでは改めて詳細を送ります。
どうか、私の顔を立てると思って…!』
手紙はそこで終わる。
文字は消えていて、後には白い便箋だけが手元に残った。
レンを見る。
彼女は驚いたように目を丸くしていたが、やがて親指を立ててグッドサインを作った。
「……やっぱり…魔法のない私が王宮に行くとか可笑しいんですよ…!!」
ふと上空へ目を向けた。
最初の頃はにぎわっていた魔法たちは空の彼方へと消えている。
「シスターのお願いだし…あんなこと言われちゃったらここに来るしかなかったけど…!!!」
簡潔に時間と場所が書かれた手紙を握り締め、私は頭を抱えた。
シスターの頼みを聞くためには今から王宮に行くしかない。
けれど、王宮に辿り着くためには、まず自分の魔法の力でこの広大な空を上がらなければならない。魔法を持たない私にはまず不可能だ。
けれど、シスターの、強いては第3教会のためにも、なんとかして王宮にはたどり着かないといけない。
「どうしよう…」
膝を抱えて蹲る。その時。
「あら?こんなとこに迷子の子猫が一匹。どこから迷い込んだのかしら?」
背後で柔らかい声が響いた。
「……!!う、うそ…」
振り返ると、そこには――信じられない人物が立っていた。
「嘘?私…あなたに何か嘘でもついたかしら?」
「い、いえ…!違います!!ただ…その…」
「どうして、私がここにいるのか…。そう聞きたいのでしょう?」
すべてを見透かしたように、春の温かい笑顔を浮かべる女性。
透けるような涼しさがあるのに、生地のしっかりした白いワンピースに、麦で編まれた焦げ色の帽子。
風で揺れる美しいサクラ色の髪の毛は、毛先までつやがあり、温かいいい匂いがした。
「その通りです…
エリシア・フィミア…様…」
春の使者。
第一成人前の齢12して、魔法を発動しその力を一人でわが物にした才女。
ユフィステリア王国、第六席が一人、その人が目の前に立っている。
「あらやだ。そんなに緊張しなくていいのに」
(そ、そりゃ誰だって緊張しますよ!!)
という心の声は口にから飛び出ることはなかった。
「エリシア~。何してるの~。今日から新人王宮使いが来るでしょ~。把握と組み分けの会合、間に合わなくなるよ~」
緊張した空気を割くように穏やかな声が響いた。
コツコツと高いヒールの音が響いたかと思うと、エリシアの横に、薄い金髪の女性が現れる。
「……!!」
二度目は声にならなかった。
「あら、アンクリュー。奇遇ね。こんなところで何してるのかしら?」
「ん?ちょっと人を探しに来ててね」
黒と白のメイド服。高い位置で結ばれた髪に揺れる白い花。右手にとまっている水色の蝶は、アンクリュー様のペットだということは国民の間でも有名な話である。
秋の使者。アンクリュー・ミューナート様。
空に浮かぶ王宮は、すべてこのアンクリュー様が一人で建設した、とシスター・コノアから聞いた時はどんな屈強なお方なのかと勝手に想像していたが、目の前にいるは華奢な女性だ。
魔法と力はイコールでない、ということがよくわかる。
「て…?あなた…もしかしてだけどあなたがミフユ?」
「え…!?ど、どうして…私の事を…?」
使者様は、何億人といる国民のうちのさらに絞られた六家の、さらに精鋭。確率にすると0.000何とか%くらいのエリート中のエリートだ。
それが、孤児上がりの私の事を知っているなど、まずありえない。
「あ~!やっぱりそうだ!!探したよ~!」
「え…?」
アンクリュー様は私の手を突然握って美しい笑顔を向けてきた。
「コノアから話を聞いてたの。魔法が無い子が一人王宮に向かうって。
だから、私が迎えに来たんだ~」
「え、…あ…むか、え…?」
アンクリュー様の言っている意味がいまいちわからない。
なぜ、使者様が自分のような(王宮にとっては)一般人以下を迎えにくるのだ。
「あぁ、この子がシスター・コノアの言っていた子ね。納得したわ」
エリシア様のサクラ色の瞳が、なぜか私を見つめている。
「それじゃあ、私はお先に会合に向かうわ。貴方達も早く来なさい」
ふわりと風が吹く。
ピンクの花びらが巻き上がったかと思うと、エリシア様は姿を消していた。
「それじゃあ、私たちも行こうか」
私の頭がまだ状況を把握するのに時間を消費している間、アンクリュー様が指で空に線をえがく。
静かに雲が集まってきたかと思うと、平らな一枚の布へと変化した。
まるで、空飛ぶ絨毯だ。
「あ、自己紹介してないよね。私はアンクリュー。アンクリュー・ミューナート。長いしめんどいからアンって呼んで~」
「い、いえ…!そんな恐れ多いです…!!」
ようやく捻りだした掠れた声を無視し、アンクリュー様は絨毯の上へと軽やかに飛び乗る。
「いーじゃん。どうせ私のメイドになるだろうし。
ほら、早く乗って~。初めてだろうし、王宮までの道、ゆっくり説明してあげる」
「は…はい…」
断る、という選択肢などありはしなかった。
というか、断ったらどんな悲劇が起こるか分からない。
私は恐る恐る雲の絨毯へと乗り込んだ。




