幼馴染の匂い
「凪斗君、起きて」
眠い目をこすりながら顔を上げる。聞き慣れない声。まあ聞き慣れてる声なんて唯くらいなんだけど。
「もう授業終わったよ。掃除行かなきゃ。」
声の主は、同じクラスの風見花。唯と仲が良い人だ。
「なんで花さん?」
「唯は先生に呼ばれちゃってね、私が代わりに起こしてあげたってわけ。私じゃ不満かな?」
「いや、そういうわけじゃないけど..」
「なら良かった。じゃあ、来て」
「来てって..え?」
「いいからついてきて。」
そういうと花は教室の扉を開け、廊下を進んでいく。
「はやく〜!」
「えぇ..?」
わけがわからないまま、仕方なく立ち上がる。ただ起こしてくれただけじゃないのか?
なんでこれまでまともに話したこともない風見花が、俺をどこかに連れて行こうとしているんだろう。
だめだ、わからない。唯が関係してるのか?
ま、考えることはやめよう。そう思い、俺はずんずんと進んでいく花の後を追って教室を出た。
花が立ち止まったのは、どの教室からも離れた、使われていない倉庫の前だった。
「..ここまで来れば安全か。」
花は周りをキョロキョロと見回しながらそう言った。
「安全って何の話?なんでこんなところまで来なきゃいけないんだよ。」
「身の安全よ。これがバレたら多分私、抹消されちゃうから」
「えぇ...?そんな命に関わるような情報とか、俺持ってないよ?」
「そういうんじゃない。凪斗君と私、2人でいるとこを見られた時点で終わりなの。」
「えぇ.......?」
ずっと意味がわからない。この人とまともに話したことがないという事実は、この人が喋りかけてきた以前と以後で全く変わっていない。だってまともじゃないもん。
「で、なんで俺をこんなところに連れてきの?」
「単刀直入に言うね。あなたが気になってるから。」
「...はい?」
「あ、気になってるって言っても恋愛とかじゃなく、単純にあなたがどんな人間なのか気になってるの」
「そりゃまたどうして..俺があまりにも陰キャだから、、とか?」
「半分正解。」
「嫌だなぁ」
「正確には、そんなにも陰キャなあなたがどうして唯とそんなに仲が良いのか、一体どういう関係なのか気になってるってこと。」
「...なるほどね」
「幼馴染ってことは勿論知ってる。でもそれにしてもじゃない?それよりも特別な関係に見えるって言うか、」
「そうかなぁ?」
「うん。唯って凪斗君のことになると、普段と全く違う雰囲気になるんだよ?知ってた?」
「そうなの..?」
「そうなの。すっごく怖くなる時もある。」
「そんなことないと思うけど。唯って基本軽いし。ただの友達、幼馴染としか思ってないって。」
「分かってないなぁ、本当に怖いんだからね。だからこんな場面見られたらまずいんだって。」
「なんで..?」
はぁ、とため息をつく花。いや、つきたいのはこっちだよ。
「ていうかただの友達とか、ただの幼馴染とか、やけに自虐的だけど、もしかして唯のこと好きだったりする感じ?叶わない恋してる感じ?」
..痛いところをついてくる。
「別に恋とかじゃないよ..分かんないけど。でも最近言われたんだ。ずっと友達で居ようって。」
「え..ちゃんと振られてるじゃん。」
「やめてよ..」
「でもそっか〜..別に叶わない恋じゃないと思うんだけどなぁ」
「叶わないよ。はっきり言われたんだ。一生このままで居ようって。」
「一生ねぇ..」
「あ、でもあれは冗談って言ってたんだった。」
「ふーん...」
〜〜〜〜〜
冗談じゃなさそう。そう思った。
唯の、あの感情は恋愛とかではないんだと思う。
きっとそんなものより重たくて、ドス黒い何かだ。一生なんて言葉、相手との繋がりに相当な自信を持っていないと出てこない。
一生友達で居よう、は、絶対に恋人になりたくない、のような意図にも聞こえるけど、一生このままで居よう、はもう少し含みがあるように思う。そもそも普通の友達なら、凪斗君のことを気になってると言われた時に、あんな反応するわけない。
所謂、独占欲というものだろうか..
そこで掃除終了を告げるチャイムがなり、尋問は強制終了となった。
「また話そうね。凪斗君。」
「うん..」
終始困惑した表情を浮かべていた凪斗君は、困惑した表情のままおぼつかない足取りで教室へ帰って行った。
唯の持っているものと違って、凪斗君の唯への気持ちは恋なのだろうか。だとしたら、少し同情してしまう。
そう思いながら私も教室へ帰った。
「ねえ花、なんかよくない匂いするよ〜?」
そう言いながら唯が私の体をすんすんと嗅いできたのは、帰りのホームルームも終わり、映画に行く約束をした私と晴花と唯で校門を出て、映画館に向かっているところだった。
「え?臭いってこと?」
「臭いってゆーかー...もっと良くない匂いってこと」
どういうこと、と清花が吹き出す。
臭いより良くない匂いって、いやでもまさか...
「なんでだろ、凪斗の匂いがするな〜...」
そのまさかだった、唯は私が凪斗君と話したことを、匂いで突き止めた。流石に怖い。犬なの?この子。
「え?そんなわけないよ。今日どころか、凪斗君と話したことなんてほとんどないよ」
「そう?」
なんとか言い訳をしても、唯の疑いの目が消えることはなかった。
「まぁいいや、いこ!」
そういうと唯は歩くスピードを早め歩いて行ってしまった。
「...花、凪斗君と話したの?」
「...うん....やっぱ気になっちゃって..でもまさかバレるなんて.....」
「だよね..凪斗君の匂いで分かったってことでしょ?やっぱ唯、凪斗君のことになると怖すぎるかも..」
「でも、だからこそ気になる」
「ね..」
顔を見合わせ、私達は前を歩く唯に追いついた。
その時だった。唯が凪斗君にメッセージを送っているのが見えたのは。
「チケット間違えて多く買っちゃった。勿体無いから来て」
え...?まだ映画館にもついてないんですけど....
そもそもなんで..?3人で映画行く約束でしょ..?しかも唯はその後も黙って歩き続けている。その事を私たちに言うつもりはないらしい。
いったいどういうつもり...?