あんたは私のもの。
「ただいま〜。お、ちゃんといるねー」
そう言い部屋に入って来たのは、浅木唯。同じクラスで、隣の家に住む幼馴染だ。
ゆいはいつもの場所にカバンを放り投げ、いつもの場所に制服を引っ掛け、いつもの場所、俺のベッドにダイブした。
「そんなとこで暇してないでさ〜こっち来たら?」
いつものセリフ。俺、早見凪斗は勉強机に向き合ってスマホを意味もなく触っているところだ。
「お前が毎日そこを占拠するから、俺のいつもの場所がここになっちゃったんだよ。」
「だから一緒に使えば良いじゃん。昔みたいにさ。ベッドきもちーよ?」
行けないの分かってるくせに。なにが昔みたいに、だ。俺たちは昔とは違う。
仲が良い(?)のは変わってないにしても、高校二年生になった今、幼稚園の頃みたいに一緒に寝たり、一緒にお風呂に入ったり、鬼ごっこしたりなんて出来ないんだ。
本当はたまに鬼ごっこはするけど。
「そもそも何で俺の部屋なんだよ。まず自分の家に帰れよ」
「いやだね。学校から帰ってきた時あんたの家の方が近いもん。」
「めんどくさがりなとこは変わってないよな。」
「うっさいなぁ。そう言うあんたも変わってないよね。無気力なところも、馬鹿なところも。」
「ふざけんな。」
「あと、たまに可愛いところも」
そう言い唯はクスクス笑う。からかい体質なのも変わっていない。正直、もう慣れてしまっているところはある。彼女の負の部分との付き合いも、もう17年なのだ。
でもやっぱり、ここ数年で俺たちは変わった。唯は本当に綺麗になったし、俺は陰キャになってしまった。まぁ正直なるべくしてなった感じだから、気負ってはいないけど。
唯の学校での人気は凄まじい。クラスでは既に4人の男子が挑戦し、戦いに敗れている。
「またDM...もうマジでめんどい」
ベッドに寝転び、スマホを見ながら唯がつぶやく。どうやら唯自身は、その人気に嫌気がさしているらしい。
「これ代わりに返信して〜結城くんだって。」
「やだね。だって、って..同じクラスだろ。」
「私友達以外興味ないし〜」
結城君、最近積極的に唯に話しかけに行ってるのに、少し可哀想。
クラスの端で隅でやることと言ったら、人間観察くらいになってくる。結城君の動向含め、そこそこ人間関係は把握しているつもりだ。
唯はこんな感じだが勿論、男友達も大勢居る。基本はクラスの中心メンバーというべき男女数人、正確には女子3人、男子3人と唯はよくつるんでいる。その男子達は勿論明るくて、イケメン。そのくせ性格まで良い奴らだ。まぁ深く関わったことはないから分からないけど。
当たり前といえば当たり前で、なんで端っこに生息している俺がそんな唯と友達なのか分かっていても疑問に思ってしまう。
答えは勿論、幼馴染だから。害がない奴、という認識なんだろう。
そんなことを考えていたら、ついつい、口走ってしまった。
「もし俺が、唯のこと好きって言ったらどうする?」
その瞬間、唯は寝転んだままゆっくりと体をこちらに向けてくる。
「本気?」
「なわけない。」
「ふーん。」
そう言うと、唯は目線をスマホに戻してしまった。
答えを聞けなくて良かった。
なんだか、傷ついてしまいそうだったから。
「普通に振るよ〜」
スマホをスワイプしながら、唯が言った。
あぁ..
予想通り、傷ついた。
「だよねー..」
分かってはいたけど、実際に聞くとやっぱりダメージはくらう。
なんで聞いたんだろう。マジで。
別に本気で好きとか、そう言うのではない。
.....いや、正直なところ、分からない。
唯としか居ないから、この気持ちがなんなのかよく分からない。幼馴染という少し特殊な関係が生んだ、少し特殊な感情なのかもしれない。
そこで俺は、考えるのをやめた。
このままで良い。もし俺の脳みそが頑張って、俺が唯を好きとこじつけてしまったら、崩れてしまう。全て。
少し面倒だけど、この関わりが自分の中で大切なものということくらい分かる。
このままで良い。
「私たちはさ、このままだよ。一生このまま。」
「..そうだな。まぁ一生かは分からないけど。疎遠になったりとかよく言うし」
「ならないよ。」
「そうか..?」
「なるわけないでしょ。普通に。」
気づけば、唯は起き上がり、スマホからも視線を離して俺を凝視していた。なんか、目が怖い。
「大学も、住むアパートも一緒。その後も近くに住んで..」
「待て待て。」
「何?...なんか変なこと言った?」
キョトンした顔になる唯。いやいや、淡々と何を喋り出すんだ。大学の話なんてしたこともないし、アパートも、その先は近くに住む?マジで急に何を言い出すんだ。変な冗談なのか?
「そんなの決まってないだろ?違う大学行って、違う場所に住んで、全く違う人生を歩む可能性だって..」
「は?あんた本当に何言ってんの」
こっちのセリフだ。
「もう決まってる。私が決めたの。」
「...は?」
本当の本当に何を言ってるんだ。
「俺にだって決める権利あるだろ。」
「あんたは私のなんだから、決定権なんてないでしょ。馬鹿みたい」
唯の声は、至って真面目に聞こえた。だからこそ、唯の見たこともないようなドス黒い瞳も相まって、部屋には数十秒間に及ぶ、長い沈黙が訪れた。
「冗談だよ。ばーか」
唯はそう言い、スマホに視線を戻した。良かった。あんな唯を初めて見た。いやはや、
相当な演技派だ。
...演技、なんだよな?
あの真っ黒い、俺を丸々吸い込んでしまうような瞳が頭から離れない。まあ、恋仲になる以外で一生そばに居るなんて、ほとんどあり得ないことだ。
あれ、じゃあそうじゃなくて良かったということは、やっぱり俺は...
次回から学校での話になります。