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きっかけ(Type-A)

作者: Kei

天井が落ちてきた。

上の住人と共に、大量のCDが降ってきた。

部屋の中はめちゃくちゃになったが、とりあえずCDに埋まった上の人を助け出した。

話によるとこの山(CD)、応援しているアイドルグループのものだそうだ。


・ゴミとして捨てる

・リサイクルショップに持っていく

・不用品買取業者に買い取ってもらう

・フリマorネットオークションに出品する


どの選択肢で処分するか決めかねているうちに、たまりにたまっていったそうだ。そして床が抜けた、と。

できればゴミにはしたくない。できることなら売って今後の推し活(と言っていた)の資金にしたい。しかしネットで同じような出品をみると一枚数十円でも買い手がついていない。ショップに持ち込んでもよくてタダ、業者に出したら逆にお金をとられて本末転倒だ、と。


俺はそのグループがこんなにもCDを出しているのかと驚いたが、よくよく見ると同じものが大量にあった。聞いてみると、新曲がリリースされるたびに限定で発売されるCDにはそのアイドルグループのメンバーと握手できるチケットがオマケとしてついており、それを大量に手に入れるためにこれだけ購入するのだそうだ。チケット一枚で握手できる時間が決まっており、持っている枚数が多いほど長く握手、ひいてはその間おはなしすることができるということだった。


俺はそんな世界もあるのかと感心し、かたや上の人は推し活の素晴らしさを熱を込めて語り続けた。そうこうしながら部屋を片づけた。


二時間ほどしてようやくCDをアパートの外に運び出した。上の人は結局、これらを買い取ってもらうことにして業者に電話をかけた。

業者は来るのにしばらく時間がかかるとのことだった。上の人は落下したときに腰を強く打って痛むと言っていたので病院に送り出した。俺は業者に渡す回収費を預かったので、部屋の中で待つことにした。


インスタントコーヒーをマグカップで作ってソファーに座った時、クッションの隙間にCDが挟まっているのを見つけた。さっき回収し忘れていたらしい。タイトルは『きっかけ』。俺はふと、これを聴いてみようと思った。


CDをパソコンに入れて再生した。なかなかよかった。いや、かなりイイ感じだった。再生しながらネットでアイドル情報を検索してみたら結構な件数がヒットした。なかなか魅力的だった。いや、かなりイイ感じだった。ポップで賑やかな雰囲気が気に入った。


俺はアパートの外に積んだCDからタイトルの違うものを一枚づつ抜き出して、それらも聴いてみた。どれも素晴らしかった。上の人への後ろめたさでしばらく迷ったが、抜き出したCDを貰っておくことにした。それからしばらくして業者がアパートに到着した。俺は滞りなくあとのCDの処理を済ませた。


気付けば毎日CDを聴いていた。翌月、そのグループは新曲を発表した。俺はCDを買ってみた。せっかくだから初回限定盤にした。開封すると「全国握手会参加券」というものが入っていた。上の人が言っていた握手券というのはこれのことか。全国とか個別とか言っていたが、ともかくチケットがあるので参加することにした。


握手会の当日、俺は早朝から都内に向かった。会場は「東京推し増しセンター」というイベント施設だった。着いてみるとなかなかの大きさで少し気圧されてしまった。随分と早く着いたので会場周辺を歩いてみた。ひとりで佇んでいる人、楽しそうに話し込んでいるグループ… 握手会に参加する人たちだろうか。


受付時間が近づくにつれて人が増えてきた。早めに来てよかったようだ。受付で参加券と身分証明書を提示した。手荷物の検査も終わって列に並んだ。先の方にメンバーが並んでいるのが見えた。


俺の順番が近づいてきた。


握手は一瞬で終わった。しかし彼女たちの輝くような笑顔、可愛らしい声、柔らかい手、離れ際の「ギュッ」とウインク… それらが視覚と聴覚、そして触覚を通じて心に焼き付いた。


俺は緊張で何も言うことができなかった。きっと口をぽかんと開けていたに違いない。「初めてなんでしょー またきてねー!」と言われた。あれはクミちゅんだ。


会場を後にしながら、さっきの光景を心に再現した。俺の順番がきて、メンバーひとりひとりと握手していって... あっという間に過ぎていった「瞬間」を何度もリピートする。


「あのー」


誰かが声をかけてきた。振り返ると、なんと上の人だった。


「あっ…! やぁ… こんにちは。」


「どうしたんですか?こんなところで!」


「あぁ、いえ… その、ね。」


「もしかして握手会ですか!?」


「あー、うーん… 実は…」


天井から落ちてきた日以降、見かけていなかったが、まさか、よりにもよって、こんなところで出くわすとは。

俺は観念して、全てを話すことにした。


「いやーまさかあなたがファンになるなんて!でも最高に嬉しいですよ!あの時はあんまり興味なさげだったし… やっぱりアイドルとか推し活とかマイナーで人権ないのかなって、もしかして馬鹿にされちゃったかなってちょっと心配してたんですけど…でもよかったァ。CD聴いてくれてよかったですよ!だってそれで興味持ってくれたんだし、新曲買ってくれて、応援してくれて、それで握手会も来てくれたんだし。だからここで再会できたんだし!推し活ってひとりでやるのもいいんですけどやっぱり仲間がいるともっと楽しいっていうか、いやゼッタイにそうなんですよ…いろいろ語り合ったり一緒にライブ行ったりできると最高じゃないですか!握手すぐ終わっちゃったでしょう!あれ何回行ってもそうなんですよ。いつもめちゃくちゃ緊張しちゃっていろいろ言いたいことひとことで言えるように考えてきてるんです。でもメンバーの前に立ったら浮ついちゃって、手を握られた瞬間にはぜんぶトんじゃうんですよ。あ、でも僕、名前覚えてもらってるんですよ!いいでしょ!!今日もですね『Keiさんいつもきてくれるよねー!ありがとね!個別も待ってるよー』って言ってもらえたんですよ!え?誰にって?クミちゅんですよ。どうしたんですか難しい顔して…あ、クミちゅん推しですか?そういうわけじゃないって?いいんですよ隠さなくっても…あの娘はいわゆる「釣り師」なんです。ファンを釣り上げるから釣り師っていうんです。まんまと釣られちゃったんですね(笑)。大丈夫ですよ!今回はグループ握手会でしたけど個別握手会に行けばきっと名前覚えてもらえますよ。今日来たことだって覚えてくれてますから絶対… 引き返して応援グッズ買いに行きませんか?少なくともペンライトは必携ですから!あ、ペンライトってのは光る棒のことですよ。ライブに行ったら振って応援するんです… 前に言いましたっけ。あと似たようなのにサイリウムってのもあるんです。でも使い道が違うんです… それは置いといて、ライブに行くなら応援Tシャツもあったほうがいいですね。ほかにも…」

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