第9話 解析と創造の力、そして少女の決意
「……これはちょっと、洒落にならないな」
目の前に立ちはだかる巨大な狼――ブラックファング。
黒い毛並みはまるで夜そのもの、血のように赤い瞳がこちらを鋭く射抜く。
その一歩ごとの威圧感に、背筋がぞわりとする。
(でも……やるしかない)
俺は深呼吸し、右手を掲げる。
意識を集中すれば、自ずと**『解析』**が発動する。
――対象:ブラックファング。危険度:Bランク。魔力濃度:通常種の1.5倍。外部から魔力供給確認。弱点:胸部の毛皮が薄い部分。
(やっぱり……誰かに強化されてる)
本来なら、こんな魔物、Eランク冒険者の俺が相手にできるはずもない。
けど、逃げるわけにもいかない。
「生成:罠縄!」
地面から伸びる光の縄が、魔狼の足元を絡め取る。
暴れる魔狼――だが、その隙は生まれた。
「生成:鋭槍――貫通力特化!」
右手に光の粒子が集まり、槍が形成される。
狙うは胸部、毛皮の薄い場所――
「はあっ!」
全力で投げた槍は、狙い通り魔狼の胸を穿つ。
しかし――
「ギャウウウッ!」
苦痛に吠え、罠縄を引きちぎり、なおも突進してくるブラックファング。
その勢いに、俺は一瞬たじろいだ。
(くそっ、まだ足りないか!)
そのとき――
「レンっ!」
高く澄んだ声が響いた。
振り返ると、リリアが魔法陣を展開している。
「ホーリーショット!」
光の矢が、眩い軌跡を描き、魔狼の左肩を貫いた。
その衝撃に魔狼はわずかに動きを鈍らせる。
「ありがと、リリア!」
「ふふ、当然でしょ? あなた一人じゃ頼りないもの」
どこか得意げに微笑むリリア。
けれど、その額には薄く汗が滲んでいる。
(あんまり無理させられないな)
「……決める!」
もう一度、解析を走らせる。
胸部の弱点――そこへ正確に、確実に。
「生成:穿槍――魔力貫通!」
圧縮した魔力で極細の槍を形成し、心臓部を貫くべく放つ。
「ギャウウウッ!!」
断末魔の咆哮と共に、ブラックファングは崩れ落ちた。
「ふぅ……」
全身の力が抜ける。
魔力の消耗と緊張で、体中が重い。
「大丈夫?」
駆け寄ってきたリリアが、覗き込んでくる。
その瞳には心配と、ほんの少しの安堵が滲んでいた。
「ああ。助かったよ、リリアの援護がなかったら危なかった」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわね。……ちょっとは役に立てたかしら?」
そう言って微笑むリリアの頬は、ほんのり赤く染まっている。
その高飛車な態度の裏にある、素直な優しさ――
やっぱりこの子、ただのお姫様じゃない。
(それにしても……)
魔狼を見下ろしながら、俺は再び解析を走らせた。
――影響源:森奥。不明な魔力供給確認。
「これ……誰かがこの魔物を強化してた。森の奥に、何かいる」
「やっぱり……」
リリアの表情が曇る。
さっきまでの柔らかさとは違う、王女としての厳しい眼差しだ。
「……この国、何かがおかしいのよ。王宮の中でも、最近妙な動きが多いもの」
「そうなのか?」
「ええ。反王家勢力の動きが活発になってきてるって噂もあるし……。きっと、これもその一環。偶然じゃないわ」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
確かに、あんな魔物が自然に出てくるわけがない。
「レン、手伝ってくれる?」
「……もちろん」
俺がそう答えると、リリアはふっと微笑んだ。
「ありがとね、頼りにしてるわ」
その言葉に、ほんの少し胸が熱くなった。
こうして、俺たちはこの国の闇へと足を踏み入れることになる。
それが、どれだけ大きなものなのかも知らずに――