第8話 初めての共同依頼と、不穏な気配
「で、本当に俺が一緒に行っていいのか?」
俺はギルドの掲示板を見上げながら、リリアに問いかけた。
依頼書がびっしりと貼られたその前で、隣に立つリリアは少しだけ頬を膨らませる。
「何を言ってますの? あなたが護衛をすると言ったのですよ?」
「それは、まあ……でも、依頼にまで同行するのはな」
「護衛するのなら、当然でしょう? 私、これでも王女ですのよ?」
ドヤ顔で胸を張るリリア。
けど、そんな小柄な身体で威張られても、正直ちょっと可愛いだけだ。
(……いや、顔に出すな顔に出すな)
「わかったよ。あんまり無理はしないでくれよ?」
「ふふっ、優しいんですのね。では、この依頼にしましょうか」
リリアが指差したのは、素材集めの依頼だった。
【依頼内容】
依頼名:薬草の採取
内容:森の外れで採れる薬草を十束採取し、ギルドまで届ける。
報酬:銅貨8枚
(まあ、薬草採りなら危なくはないか)
この依頼ならリリアと一緒でも問題なさそうだ。
俺たちは依頼書を持って受付に向かった。
「あら、レンさん、リリアさんもご一緒なんですね」
受付嬢のお姉さんがにこやかに迎えてくれる。
リリアは少しだけ背筋を伸ばし、にこりと微笑んだ。
「よろしくお願いしますわ」
(いや、お前、さっきまでツンツンだったのに……)
どこか外面だけは完璧に作るリリアを見て、俺はちょっとだけ苦笑いしてしまった。
*
森の入り口は、街から少し離れた場所にあった。
陽の光が木漏れ日となって降り注ぎ、鳥のさえずりが響く。
けど、それでもどこか緊張感がある。
異世界の森って、いつ何が飛び出してくるかわからないからな。
「リリア、気をつけろよ。魔物が出るかもしれないから」
「わかってますわ。あなたの後ろについていきます」
リリアは頷き、俺のすぐ後ろを歩く。
草をかき分けながら、俺は『解析』で薬草の位置を探る。
――解析対象:薬草種〈メルベア草〉。位置:北東50メートル先。
(よし、スムーズに見つかりそうだな)
俺たちは順調に薬草を集めていった。
けれど、採取を続けるうちに――
俺の『解析』が、妙な反応を示した。
――未知の存在検知。警戒レベル:B。距離:80メートル先。
(……なんだ?)
俺は思わず立ち止まった。
その異変に、リリアが気づく。
「どうしましたの?」
「……少し、気になる反応があってな」
解析が示した先――森の奥。
そこに何かがいる。
Bランクってことは、普通の魔物よりも厄介な相手だ。
(けど、薬草採りだけの依頼で、こんな魔物が出るか?)
何かがおかしい。
俺はリリアに振り返った。
「リリア、少し離れてろ。念のため、確認してくる」
「……そんな、私も行きますわ」
「いや、お前は王女なんだろ? ここは俺に任せてくれ」
俺が真剣な表情で言うと、リリアは少しだけ唇を噛み――
「……わかりましたわ」と素直に頷いた。
(ふふん、素直に引き下がったか)
と思ったら――
「でも、少しでも危なくなったら、すぐ呼んでくださいね?」
「……了解」
(あれ? 素直すぎない?)
ちょっと拍子抜けしつつ、俺は森の奥へと足を踏み入れた。
*
木々の奥――そこにいたのは、巨大な狼の魔物だった。
真っ黒な毛並み、真紅の目。
普通の魔物とは違う、禍々しい気配を放っている。
(おいおい……これ、ただの薬草採りじゃなかったんじゃねぇのか?)
――対象:魔狼種〈ブラックファング〉。危険度:Bランク。通常の魔物よりも魔力濃度が高い。背後に別種族の影響あり。
(……別種族?)
何かが、この魔物を強化している――
それが何かまではわからない。
でも、これがただの魔物じゃないことは確かだった。
「……さて、どうするか」
逃げる選択肢もある。
けど、もしこれを放っておいて、森の外れまで出てきたら――
次の依頼人が襲われるかもしれない。
「……やるしかねぇな」
俺は槍を構え、ブラックファングに向き直った。
この魔物との戦いが、俺たちをより大きな運命へと巻き込んでいくことになるとは――
まだ知らなかった。