第7話 お姫様の秘密と、隠せない素顔
「……で?」
路地裏から市場に戻り、少し人通りの少ない噴水広場。
俺はリリアをじっと見つめていた。
「あの、そんなに見つめないでくださらない? 失礼ですわよ」
ぷいっと横を向くリリア。
だけど、耳がほんのり赤く染まっているのは、見逃さなかった。
(……かわいい)
さっきまでの高飛車な態度と違って、ちょっと焦ってる感じが妙に人間味があって可愛い。
このギャップ、反則だろ……。
「いや、でも……お前、王女様なんだろ?」
「っ……!」
ピクリと肩を震わせ、リリアは慌てて俺の口を手で塞いできた。
柔らかくていい匂いがする……じゃなくて。
「ちょ、ちょっと、静かにしなさい! そんな大声で言わないでくださいませ!」
「……すみません」
反射的に謝った俺もどうかしてる。
でも、これ以上声を張ったら本当にマズいって顔だった。
「どういうことだよ。なんでお忍びなんてしてるんだ?」
リリアは少しだけ視線を落とし、口を開いた。
「……私は王宮の中で、ずっとお飾りのように扱われてきましたの」
「お飾り?」
「はい。兄たちは王位継承権争いで忙しいですし、私には政治も軍事も期待されていません。
だから、私は自分の目でこの国を見てみたかったのです。
――民がどのように暮らし、何を思っているのかを」
急にしおらしく語り出すリリア。
その表情は真剣で、普段の気の強さとは違う、柔らかな雰囲気があった。
(あ、これ……めっちゃいい子じゃん)
見た目だけじゃなく、中身もしっかりしてる。
それでも、世間知らずなところは抜けてて――
「でもな……一人で出歩くのは危険すぎるぞ。さっきも襲われかけてたし」
「それは……その……うっかり、ですわ」
珍しく言い淀むリリア。
言い訳しようと口を開きかけて、結局言葉が出てこない。
それがまた可愛い。
「ったく……じゃあ、これからどうすんだよ?」
「べ、別に、あなたに頼むつもりなんてありませんわ!」
すぐさま顔を赤くして、ツンとした態度に戻るリリア。
「いや、頼んでないのに俺が助けたんだけど?」
「それはその、放っておけない性格なのでしょう? 私は感謝していますけど!」
急に早口でまくし立てるリリア。
けど、顔はどんどん赤くなっていく。
(……やべぇ、この子マジで可愛い)
ちょっとしたことで表情がコロコロ変わるし、強がってるけど素直になれない。
でも、ちゃんと感謝はしてるのが伝わってくる。
「わ、私には護衛がついていますから、余計な心配は――」
「さっき襲われてたけど?」
「っ……うぅ……!」
図星を突かれて、リリアは顔を真っ赤にして俯いた。
その姿に、俺は自然と笑ってしまった。
「……よし、じゃあしばらく俺が護衛してやるよ」
「は、はぁ!? な、なに言ってますの!? 私、そんなの頼んで――」
「頼まれてなくても、俺が勝手にやるだけだし」
「う、うぐぐ……」
珍しくリリアが言葉に詰まる。
そのまま俺を睨みつけ――ふいっと目を逸らした。
「……好きにすればいいですわ」
その声は小さく、拗ねたような響きがあった。
(あ、これ……完全にツンデレだわ)
俺は心の中でガッツポーズした。
この先、いろいろと振り回されそうだけど――
まあ、それも悪くない。
*
「そういえば、さっきの奴ら……なんだったんだ?」
歩きながら尋ねると、リリアはふと真剣な顔になった。
「……あの者たちは、王宮の不穏分子ですわ」
「不穏分子?」
「表向きは民間人ですが、裏では反王家派として動いている者たちです。
私はその一端を探っていたのですが……」
(やっぱり、そういう政治的なアレか)
俺には無縁の話だと思ってたけど、リリアと関わった以上、無視できそうもない。
それに――
「……ありがとね、レン」
「えっ?」
突然のお礼に、俺は目を丸くした。
リリアは、少しだけ照れたように微笑んだ。
「助けてくれて、ありがとう。
あのとき、あなたがいなければ……私はどうなっていたかわかりませんわ」
その顔が、あまりに柔らかくて――
俺はドキリと胸が鳴った。
(やべぇ……本格的に可愛くなってきた)
こうして、俺とリリアの距離は少しずつ縮まっていくのだった。