第2話 平民スタート、そして初トラブル
「……とりあえず、行くしかないか」
俺は草原に立ち、遠くに見える城壁都市を目指すことにした。
ここが異世界なら、まずは情報収集だ。
どこで、何をすればいいのか、まったくわからないからな。
歩き出して気づいた。
――足が、めちゃくちゃ軽い。
まるで重力が弱まったみたいだ。
いや、たぶんこの体自体が、前より健康になっているんだろう。
転生特典ってやつかもしれない。
(とりあえず、街に着いたら飯だな)
お腹が減ってきた。転生しても腹は減るらしい。
俺のポケットには、当然日本円しか入っていない。
異世界で通用するはずがないから、何かしら稼ぐ手段を見つけなきゃいけない。
――そのときはまだ、俺が平民どころか底辺から始まるとは思っていなかった。
*
街の門は、思った以上に巨大だった。
見上げると石造りの壁が空を覆うようにそびえ、門番が二人、槍を持って立っている。
その背後からは馬車が行き交い、賑やかな声が聞こえてきた。
(マジで異世界って感じだな……)
馬車や行商人の姿、荷物を運ぶ魔法使いらしき人もいる。
それをぼんやり見ていた俺に、門番の一人が声をかけてきた。
「おい、そこの坊主。身分証はあるか?」
「み、身分証……?」
当然、そんなもの持っているはずがない。
俺が戸惑っていると、門番は呆れたように肩をすくめた。
「旅人か? なら、入城税として二枚の銅貨を払え」
銅貨? 金貨でも銀貨でもなく?
俺は慌ててポケットを探ったが、日本円しかない。
当然、この世界では何の役にも立たない。
「その……金が、ないんですけど……」
門番は露骨に眉をひそめた。
後ろに並んでいた商人たちも、冷ややかな視線を投げてくる。
「金もないのに街に入るつもりだったのか? ここはグランフェルト王国の首都だぞ。流れ者は犯罪者予備軍だ。さっさと消えろ」
そう言われ、俺は門の前から追い払われた。
門の前でうずくまる俺の横を、馬車や行商人が通り過ぎていく。
(……マジかよ、いきなり詰んでる)
これが異世界の洗礼ってやつか。
とにかく金がないと、街にすら入れない。
さっきまで異世界転生でテンションが上がっていた俺は、現実の厳しさを痛感した。
(まずは金を稼がないと……)
俺は、城壁近くの広場をうろついていた。
そのときだった。
「おい、坊主! ちょっと来い!」
突然、背後から怒鳴り声が聞こえた。
振り返ると、筋骨隆々の男が一人、こちらに歩いてきた。
腰には大きな剣をぶら下げ、見るからにゴロツキっぽい。
(うわ、面倒なのに絡まれた)
「お前、こんなところで何してんだ? 金もないんだろ? だったら……」
男はニヤリと笑った。
そのまま俺の腕をつかみ、どこかへ連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと待って……!」
俺は慌てて抵抗した。
だが、相手の力は強い。
体が引きずられそうになるそのとき、頭の中に何かが流れ込んできた。
――対象:人型種族。戦闘能力:Dランク。筋力偏重タイプ。弱点:膝裏。
「……え?」
視界の端に、知らない文字が浮かび上がっていた。
まるでゲームのステータス画面のように、目の前の男の情報が解析されていく。
(これ……俺のスキルか?)
混乱している俺の中に、自然と一つの知識が湧き上がった。
――『解析』スキルが発動しました。対象の情報を取得、最適行動を提示します。
(マジかよ……これが……)
俺はそのまま、男の膝裏に全力で蹴りを入れた。
「ぐっ……!」
男は膝から崩れ落ち、手を離した。
反撃の一撃を食らわせるチャンス。
だけど、俺はそのまま振り返って逃げ出した。
(ムリムリムリムリ!)
いきなり戦って勝てるわけがない。
だけど――確かに俺は解析して、最適解を導き出した。
これが、俺のスキル――『解析』。
「ハァ……ハァ……」
なんとか街から離れた森の中まで逃げてきた俺は、そこでようやく一息ついた。
転生してすぐ、いきなり金欠、追い剥ぎ、トラブル。
でも、ちょっとだけ希望が見えた。
(俺のスキル、使いようによっては……)
無能扱いされたこの世界で、
俺は――解析と創造の力で、這い上がってやる。
そう、心に誓った。