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 次の日の朝には町を出た。それから別の町に泊まり、野営をしながら三日ほどかけて王都カルセイナに到着した。その間、夜はまともに眠ることができなかった。毎晩ベルノルトが自分の腕の中で冷たくなっていく夢を見たからだった。


 そんな夢に睡眠を邪魔されたが、イルザはこの三日間で多くのことをヘルムートに教わった。馬車の中ではやることもなく話を聞くしかなかった。しかし有意義とまではいかないが興味をそそられる話ばかりだった。少しばかりではあるが夢による精神的負担を忘れさせてくれた。


 まずヘルムートが教えてくれたのはこの世界の社会情勢からだった。この世界はイルザたちが住んでいるフロトエストラ王国、隣のハルシャファル共和国、そしてフロトエストラ王国とは隣接部分がない、更に隣のコロビッツ帝国が存在する。元々フロトエストラ王国とコロビッツ帝国が長きに渡って戦争をしていたが、お互いの国で戦を憂いていた者たちが暗躍しハルシャファル共和国を創設、二つの国の橋渡しをした。それが約三百年ほど前のことで、それからは大きな戦争もなかった。小さな小競り合いはいくつかあり、そのため各国は内乱鎮圧及び外国との戦に備えて軍部を整備し続けている。


 フロトエストラ王国の魔法使いは国では切り札とされるもので、だからこそ王都の近い場所に住居を構えなければいけないとされている。ハルシャファル共和国の切り札は飼い慣らした魔獣、コロビッツ帝国の切り札は魔法具であり、各々が切り札を怖がっているがために戦争が起こらない。ある種均衡が保たれている状態であった。


 三つの国は食料も十分確保され、さまざまな資源も枯渇する気配がない。戦争が起こらない原因はそこにもあるのだとヘルムートは語った。


 馬車で移動している際には世界情勢や歴史、宿屋や野営時には算術や文字の読み書きを教えられた。ヘルムートからは「ちゃんとした勉強をするための下準備」と言われた。


 王都に到着したのは夕方よりも少し前、まだ空色と茜色が混じり合う前の時間だった。王宮の敷地内の一角にある屋敷に泊まることになった。代々蘇生の魔法使いが使っている屋敷でその中の一室を与えてもらうことになった。二階の角部屋だった。


「四ヶ月はここで生活してください」


 と、ヘルムートがにこやかに言った。


「誰か住んでたか?」


 まったくと言っていいほど生活感が感じられなかった。家具は真新しく、シーツは光を弾くほどに使われた様子がない。けれど掃除はされており家具も揃っていて少しばかり怖かった。


「誰も住んでいませんよ。この屋敷は私と妻と娘、それに侍女が四人と執事が二人、シェフが一人です。でもここは誰にも使わせていません。今日から四ヶ月、ここは貴女の部屋です。クローゼットには最低限の服や下着は揃えさせました」


 部屋の中に入るとふわりと花の香がした。テーブルの上に生けられている花なのか、それとも洗剤の匂いなのか。どちらであれ、こんな綺麗な部屋に住むなんて夢を見ているようだった。クローゼットを開けると、ヘルムートが言うように数着の服や下着が揃えられていた。


「いつ揃えさせたんだ?」


 振り返って睨みをきかせる。


「貴女と出会ったその日に鷹を飛ばしました。私の鷹ではありませんがね。でも服のサイズまではわからなかったので少しばかり大きかったり小さかったりするかもしれません」

「文句言ったところで軽く流されそうだからもういい」

「そうですか。それではなにかあればこの子に申し付けてください」


 ヘルムートの横にいた侍女がお辞儀をした。肌は浅黒く髪の毛は真っ黒、小柄で子犬のような愛らしさがある。


「四ヶ月という短い間ですが、イルザ様のお世話をさせていただくことになりましたエマ=ヘリングと申します。なにかあったらなんなりと申し付けてください。ちなみに隣の部屋なので、就寝時などもドアをノックしていただければ問題ありませんよ」


 彼女は目を細めて笑った。屈託のない笑顔。純粋無垢がよく似合い、イルザにはとても眩しく見えた。


「わかった。なにかあれば頼む」

「それでは湯浴みの用意をさせていただきますので失礼しますね。用意が終わりましたらお部屋に伺わせてもらいます」


 エマは再度お辞儀をしてから歩き去った。彼女が階段の下に消えるまで、イルザとヘルムートはその姿を見送った。


「一時間もしたら夕食です。そのときに妻と娘を紹介しましょう。食事は気を使わないものを用意させます。部屋に本や勉強道具も用意してありますし、エマに呼ばれるまで部屋にいてください」


 ヘルムートはイルザの肩を叩いてから階段の方へと歩いていった。おそらくその背中になにか言わなければいけないんだろうとは感じている。それが「人として当たり前」の行動」なんだと頭では理解している。


 けれど彼の姿が消えるまでなにも言えなかった。なんと言えばいいかわからなかったのだ。


「あー、クソっ」


 ゴツンと壁に頭を打ち付けた。自分の不甲斐なさに苛立った。


 頭を押させながら部屋に入った。とりあえず部屋にあるものを確認することにしたからだ。


 クローゼットの中の服や下着を体に当ててみたが問題なさそうだった。一番下の段には靴も入っていたが、これもまた特に問題なく履ける。


 壁際にある本棚を見た。様々な本が並べられており、中には表題すら読めない本もあった。基本的には教科書の類なんだろうが、四ヶ月でこの本を読むのかと考えると頭が痛くなった。


 ベッドに腰掛け、そのまま寝転んだ。ふかふかで体を包み込んでくれる。こんなにいい環境で眠れるだなんて誰が想像しただろうか。数日前までとはすべての環境があまりにも違いすぎる。ベッドなどなく床に横たわりボロボロの毛布を被っていただなんて信じられない。


 天井を仰いでいるとノックが聞こえてきた。「いいぞ」と言うと、キィっという音と共にドアが開いてエマが入ってきた。


「湯浴みの用意ができました。こちらへどうぞ」


 起き上がり、言われるがままに部屋を出た。一階に降りてバスルームへ。エマが服を脱がせようとするものだから驚きながらも断った。彼女は頬を膨らませて不服そうな顔をしていたが、他人に体を触られたくなかった。

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