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馬を走らせてエル・アルサ・イーズが見えるところまでやってきた。町を少し遠くから見下ろすことができる崖がある。詳細はわからないが松明の明かりがいくつも見えた。そして町の中央部、噴水がある場所には人々が集められていた。
「本当みたいですね」
「あの子が嘘を言うとでも? とりあえずもう少し近くまで行くぞ」
再度馬を走らせて町に近づいた。ランタンの火を消し、エル・アルサ・イーズの周りをゆっくりと回りながら町の様子を観察した。蹄鉄の音を聞かれるわけにはいかないため距離をとっているが、そのせいで詳細がわからない。
テオフィルに町の構造を訊いてみた。成人男性の身長と同じくらいの柵に囲われていて東西南北に入り口がある。その部分だけは柵がなく、広い道が十字に走っている。非常にありふれた構造だとも言っていた。
一周してから元の位置に戻ってくると、騎士たちを連れたユリアーナが近づいてきた。馬から降りて木に括ると、ユリアーナも馬から降りて駆け寄ってくる。夜なのでよくわからないがおそらく青ざめた顔をしているのだろう。それが手に取るようにわかるから思わず鼻で笑ってしまった。
「イルザ様!」
「声を落とせ」
人差し指を唇に当てると、ユリアーナはハッとしたように口を抑えた。その仕草が妙に可愛らしく吹き出してしまった。
「お前がなにを言おうとしてるのかはなんとなくわかる。でも時間がないから私の指示に従え」
「町の人たちに危険が及ぶかもしれないんですよ。当然ですがイルザ様や騎士たちの命も危ぶまれます」
「なんとかしてみせるさ。そのためにここに来た」
エル・アルサ・イーズへと体を向けた。
「私が中に入って様子を探る」
「イルザ様!」
「いいから聞け。騎士たちを周囲の木の上に配置しろ。テオとユリアは鎧を脱いで、距離を離した状態で私について来い。木の上の騎士たちは合図をしたら弓を放て。住民には当たらないように、確実に仕留められるやつだけ狙え。最悪威嚇だけでもいい。テオとユリアは中央に飛び込んできて集められてる住民を守るように立ち回れ」
「本気ですか? それでなんとかなると?」
「なんとかする。言っておくがお前らに先陣を切らせるようなことはしないぞ。お前ら自分で自分の傷を癒せない。戦闘中に騎士たちを治癒するなんて不可能だ。邪魔だから、私が先に行くんだ」
「しかしですね――」
「命令だ」
ユリアーナの口がピタリと止まった。
彼女に対しては最初からこうしようと決めていた。ランドルフよりも規則に厳しく、肩肘張って生きていることはわかっていた。情に訴えて説き伏せるよりも権力でねじ伏せる方が手っ取り早い。
「わかり、ました」
悔しそうに下唇を噛み、目を伏せてそう言った。彼女の姿を見ていると胸が締め付けられるようだった。
こんな力でねじ伏せるような真似はしたくない。地位の上下はあれど、精神的苦痛を極力避けて、対等な関係を築いていきたかった。結局のところ持たされた権力に頼るしか方法がない。力を持ったはずなのに、その力に振り回されているようで腹が立った。けれどそんなことを言っている場合ではないこともわかっている。
ユリアーナの左手をとって両手で包み込んだ。彼女はハッとした表情で顔を上げた。
「頼むぞ、ユリア」
視線が絡み合うのと同時に手を解いた。即座に背を向けて町の方へと歩き出す。これ以上時間をかけるわけにはいかないからだ。
暗闇に紛れて森の中を進む。上から見下ろした際、出入り口に松明の明かりが見えた。見張り役がいて、その上で町の中央に人を集めることができる。それだけの人数がいるということだ。ただし入り口に見えた明かりが小さかったところから、見張り役は各入り口に一人と考えていいという結論に至った。
入り口からゆっくりと顔を出す。入り口の少し奥、道の中央で見張り役の長髪の男があくびをしているところだった。指を組んで伸びてみたり、首を回したりと明らかに見張りに飽きていることがわかる。そして中央の様子を見るためにこちらに背を向けたとき、一気に飛び出して首に腕を回した。イルザよりも身長が高いため、飛び上がっておぶさるような形になった
「なんだお前……!」
腕に力を込めて首を圧迫し続けた。最初こそ抵抗をみせたものの、数分と経たずに男の体がぐったりとし、落ちた。
ナイフで男の服を切り刻んで紐状にする。それを何本も作り、腕と脚を縛り、最後に口を塞いで町の外へと放り投げた。ユリアーナとテオフィルに向かって「こっちに来い」と手で合図を送った。
それから民家に隠れながら町の中央へと近づいていく。松明の明かりを確認してある程度の人数を把握していく。松明を持っていなくても、松明の近くにいる者たちは目が闇に慣れていない。こちらから姿を確認できても向こうからは姿を視認できないのだ。
おそらく総勢で三十人以上、多くても四十人程度だろうと推定した。
中央の噴水の前には大きな焚き火があった。盗賊の主要人物であろうか、五、六人の男が焚き火を囲んで酒を飲んでいた。
その中の一人、明らかに格が違う男が混じっていた。長身ではあるが背は高すぎず、体そのものは大きいが贅肉はほとんどない。けれど重要なのは体ではなかった。眼光は鋭くありとあらゆるものを威嚇しているようだ。いくつもの死線をくぐり抜けてきたであろうか、笑いながら酒を飲んでいても隙がないように見える。
ユリアーナとテオフィルを呼び寄せる。ここからは息を合わせる必要があった。。
「アイツが頭目か」
正直なところ、まともにやりあっても勝ち目はないだろう。剣でも拳でも、近接戦闘が勝てる気がしなかった。
「手練れのようですね」とユリアーナが小声で呟いた。
「この距離でわかるのか?」
「まあ、なんとなくですが」
「騎士の勘ってやつか」
「そうですね、何年も騎士をしていれば相手が強いか弱いかくらいはわかります」
「俺はわかりませんけどね」
「わからないなら黙ってろ」
強めに言うと、テオフィルは小さくなって最後尾についた。




