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「私は蘇生の魔法使いなんですよ」


 その瞬間、頭の天辺からつま先まで凍りついたかのように硬直した。


「蘇生、魔法……」

「そうです。誰かを生き返らせることができる魔法です。ただし一生をかけても一人しか生き返らせることができません。年齢によって魔力が低下することもあるので、蘇生の魔法使いは蘇生魔法を使わずに引退することも多いとされています」


 イルザの瞳に光が差し込む。そして持てる力すべてを使ってヘルムートの襟元を掴んだ。その手は小刻みに震え、今にも襟を離してしまいそうなほど弱々しかった。


「今すぐ戻れ。戻ってベルを生き返らせろ。お前にはそれができるんだろ」


 体重をかけて前後に揺さぶる。揺さぶっているはずだ。それなのにヘルムートはびくともせず、外套が引っ張られている様子もほとんどなかった。ヘルムートの力が強いのではない、イルザの腕力が弱すぎるのだ。


 ヘルムートの手がイルザの手をそっと包み込んだ。


「申し訳ありませんがそれはできません」


 ヘルムートは見るからに力がなさそうで、どちらかといえば勉強ばかりをしてきたタイプに見える。そんな男であっても今のイルザでは敵うはずなどなかった。瞳に映る自分の顔は想像よりもやせ細っていた。それでいてヘルムートの手を払いのける気力さえない。


「離せよ」


 強引に腕を引っ張ろうとすれば腕が軋み、いつ折れるかわからないといわんばかりに痛みが走る。腕が細いだけではなく、日常の中で暴力を振るわれてきたからだ。


 ヘルムートに手を取られ、ゆっくりと下げさせられた。イルザは抗うこともできぬまま、ただ下唇を噛むことしかできなかった。


「蘇生の魔法は王族が死亡した際に使うと決まっているんですよ。というよりもそのために生きていると言ってもいい。それに私は魔力の減衰が始まっていますのでもう蘇生魔法を使うことはできません」

「なんだよ、なんだよそれ。言ってる意味がわかんねえよ」


 自分でも気が付かないうちに体調が悪くなってきた。喋ってるだけで息が切れる。体力のなさを痛感すると共に視界が歪んできた。鼻がつまり、呼吸も浅くなっていった。鉱山の採掘や土壌や木材運びのときもよく体調を崩した。ベルノルトのためと耐えてきたが、今はどうしては踏ん張ることができない。張り詰めていたものが切れたのだと、なんとなくだが理解してしまった。


「あとで詳細を話します。ですから、今はゆっくりと体を休ませてください」


 落ちていく目蓋とぼやけていく視界の中で思う。この男はなぜここまでしてくれるのか。これからどうしたらいいのか。蘇生魔法とは、魔力の減衰とはなにか。考えなければいけないことが多すぎるせいで思考が追いつかなくなってきた。薄れていく意識の中で最後に見たのはヘルムートの優しそうな笑顔だった。


「おねえちゃん」


 立ち上がろうとしたところでシャツの裾が引っ張られた。引っ張ったのが誰なのかは確認しなくてもわかる。熱を出して横になっているベルノルトだ。


「どうしたんだベル」


 イルザが立ち上がるのをやめると裾から手を離す。透き通るような青い瞳が潤んでいた。今にも泣き出しそうな顔で、それでも泣かないようにと唇を口内に巻き込んで我慢しているようだ。


「おしごと行くの?」


 そう言った後で咳き込んだ。濁った音が交じるような、不安になるような咳だ。


「ああ、そうだよ」


 布団の上でもじもじと手を揉んだりすり合わせたりしていた。ベルノルトの癖の一つでわかる。言いたいことがあるのに言わない方がいいと自分の中で葛藤しているときの仕草だった。


 何が言いたいのかはわかっている。寂しがり屋で一人で眠ることもまだできない。できるかぎり家にいてほしい、仕事に出ないでほしい。そう思って、けれど言い出せないでいるのだ。


「ごめんなベル。お仕事しないとお薬もご飯を買えないんだ。だから、そうだな、お前の体調がよくなったらピクニックにいこうか。原っぱにお弁当持ってさ」

「んー」


 と、ベルノルトは悩んだフリをしていた。誰に教わったのか首を傾げながら胸の前で腕を組んで唸っている。


「ボク、ピクニックいらない」


 また咳き込んだ。


「でもおうちにいて?」


 涙が出そうになった。遊びに行くよりもなによりも、イルザに家にいてほしいと言ったのだ。家にいて一緒にいてくれればそれで満足だと、六歳の子供がそう言ったのだ。


 思わずベルノルトを抱きしめていた。背中を撫で、頭を撫で、しばらくして体を離した。


「わかった。じゃあ明日はベルの好きなご飯作ってあげる。私が帰ってくるまでに考えておいて」

「うん! おしごとがんばってね!」

「ああ、ありがとうな」


 優しく、愛でるように頭を何度か撫でた。あまり頻繁に風呂に入れてやれてないが、それでもベルノルトの髪の毛が細いおかげで手触りはサラサラしていた。


 この子のためだから嫌なことでも耐えられる。たとえばどんな乱暴なことをされても、泣いても吐いても踏ん張れる。


「行ってきます」

「いってらっしゃい」


 赤い顔で、呼吸を荒くしながらもベルノルトはそう言った。


 今日もまた仕事をする。日雇い奴隷とも言うが、半奴隷という学がない貧民を物のように扱う仕事形態。通常の半分以下の給料で、通常の倍近い時間働かされる。蔑まれて、こき使われて、それでも日雇い奴隷しか仕事がない。重量物を運んだり、汚物を掃除したり、腐った食べ物がどこまで食い物になるかの実験などもさせられた。王国はずいぶんと前に奴隷制度を廃止したが。王都から離れた場所ではいまだに奴隷という文化は完全に消えていない。考えただけで吐き気がするくらい不快だが、明日のことを考えるとそれすらどうでもよくなった。ベルノルトと一緒に遊べばそんな気持ちもどこかに吹き飛ぶ。


 安心したせいかベルノルトはすぐに眠ってしまった。そんなベルノルトの頭を撫でたあとで、イルザは重い気持ちのまま家を出た。

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