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 それから数ヶ月経ち、イルザは十九歳の誕生日を迎えた。


 自分でも気が付かないうちに誕生日がやってきた。誕生日だと認識したのはディアナからのプレゼントが届いたからだった。濃紺に白い水玉模様の包装用紙で包まれた大きめの箱が一つ。包装用紙は同じだが一回り小さい箱が一つ。


「なんですか、それ」


 その日は午前中の授業が休みということで、エルネスタに勉強を教わっているところだった。


「差出人はディアナだな」

「誰です?」

「ヘルムートの妻だ」

「そういえばイルザさんはヘルムート様の家に居候してたんでしたね」

「たった四ヶ月だ。誕生日を祝われるようなこともしてないしな」

「もしかしてイルザさん誕生日だったんですか?」

「忘れてたけど今日がそうだ」

「そう、だったんですか……」

「気にすることなんてないぞ。私ですら忘れてたくらい誕生日には興味ない」


 肩を落としているエルネスタを横目に大きい箱の包装用紙を剥いでいく。ベッドの上に置いて箱を開けると、中から白い洋服が出てきた。肩の部分を両手で持って広げるとハイウエストワンピースドレスであることがわかる。艷やかな白い生地を基調として、襟や袖元やスカートのプリーツが可愛らしいドレスだった。所々に施されているエメラルドグリーンのフリルがまた可愛らしさを引き立てている。


「そういえば採寸したな」


 毎日が忙しないため必要ないと判断された情報が記憶の中で埋もれてしまっていた。


「わあ、すっごくキレイなドレスじゃないですか」


 エルネスタはキラキラした目でドレスとイルザの顔を交互に見つめていた。


「なんだ、着たいのか」

「違いますよ。イルザさんが着てるところを見たいんです」

「機会があったらな」


 ふと箱に視線を落とすと白い封筒が入っていた。裏面にはディアナ=エックハルトと書かれており、中には便箋が一枚入っていた。


「お手紙ですか?」

「これもディアナからだ」



  【イルザへ

   久しぶりですね。

   ドレスが完成したので贈ります。

   これでパーティに誘われても恥ずかしくありませんね。

   少し遅くなってしまいましたが、

   私とフィーネからの誕生日プレゼントだと思ってください。

   美味しいお茶とクッキーを用意しておきますので、

   一段落したら遊びに来てください。

   フィーネも寂しがっています。

   それでは、家族一同貴女の活躍を願っております。

                           ディアナ=エックハルトより】



 手紙をもらうのは人生で初めてのことだった。気恥ずかしい気持ちは間違いなくあるが、それ以上に嬉しさの方が勝っていた。誰かに気にかけてもらえること、そしてそれが形として現れていることが胸を熱くさせた。


 手紙と一緒にもう一つ封筒が入っていた。中には紙幣で二万ガロン入っていた。ディアナが持たせてくれたお小遣いなのだろうとすぐにわかった。


「そういえばお前の誕生日も知らないな」

「私はシルフポッシルの二ですよ」

「じゃあそのときはなにか用意しとく」

「じゃあ期待しておきますね! 次の誕生日は私もなにか用意しておくので! そういえばもう一つありましたよね。開けてくださいよ!」

「わかったわかった、ちょっと待ってろ」


 急かされたのは少々癪だが中身が気にならないと言えば嘘になる。だからエルネスタに急かされたフリをして、もう一つの箱をゆっくり開けた。中に入っていたのは薄い水色のハイヒールだった。甲の部分に小さなリボンがついており、自分が履くのかと考えると少しばかりこそばゆい気持ちになった。


「わあ、すっごくキレイなヒールじゃないですか」

「感想が一緒だ」


 思わず額に手を当てた。頭が悪いわけではないのだがあまり語彙力が多くない。エルネスタ自身に悪気がないのはわかっている。時折馬鹿にされたような気分になるが、面白い部分であるのは間違いない。


「たしかにキレイな靴だな」


 ニヤけてしまいそうになる顔をなんとか右手で隠した。


「じゃあ頑張って魔法使いにならないとですね」

「ドレスとなんの関係があるんだ?」

「魔法使いに選定されると式典があるんですよ。王宮でのパーティですね。なのでドレスが必要になるんです」

「なるほど、そういうことか」


 ただのプレゼントでなかったことがわかった。同じ屋根の下で暮らした時間は短いはずだ。それなのにアカデミーに入ったあとのことまで考えてくれていた。それが非常に嬉しかった。


「それじゃあ大切にしまっておいた方がいいですね」

「つってもベッドの下くらいしかないけどな」


 ドレスとハイヒールを箱に戻してベッドの下、奥の方にしまい込んだ。


「でもイルザさんが着てるとこ見てみたかったな」

「魔法使いになったら見られるだろ。それより昼食だ。早く食べないと午後の授業に遅れる」

「確かにいい時間ですね。お昼はなに食べますか?」

「麺類」

「最近そればっかりですね」


 そんな会話をしながら勉強道具を片付けた。その後、制服に着替えてから食堂へと足を向ける。午前中に勉強をしたことで体が糖分を欲していた。食事を軽めに済ませてデザートを食べ、食後すぐに教室に行くことで簡単な食後の運動にもなる。


 食堂に到着して入り口で日替わりランチの内容を確認し、日替わりランチとプリンの食券を持って食券交換口に歩いていく。寮の食堂は入り口に食券があり、食券に名前を書いて食券交換所に持っていくことで注文が完了する。料理ができると名前を呼ばれるため非常にわかりやすい。


 昼には少し早い時間であるため、食堂には人が少なくどこにでも座れるような状態だった。


「今日は窓際に座れそうですね!」


 ててて、っとエルネスタが窓際に向かって駆け出した。が、次の瞬間には足が地面から離れ、気がつけば倒れ込んでいた。


「大丈夫か」


 駆け寄って体を支える。


「すいません、転んじゃいました」


 可愛らしく「へへっ」と笑うエルネスタだが、イルザはエルネスタが転んだ理由を知っている。だからこの笑顔に微笑み返すことができなかった。


 エルネスタを立ち上がらせてすぐに振り返った。


「アンタ、この子に足引っ掛けたな」


 近くにいた三人組の男たち。年は二十代後半から三十代前半といったところで、一人は角刈りで体格がよく、もう一人は小柄で長髪、最後に足をかけた張本人は短髪で筋肉質、顔は男前だがニヤケ顔が非常に不快だった。


「そんなつもりはねーが、俺の脚が長すぎたのかもしれねえなあ」


 三人は顔を見合わせて下卑た笑いを浮かべていた。


 この人を見下すような視線には慣れている。慣れていても腹が立つ。


「クソ野郎」


 拳を握りしめて小声で言った。


 すると足をかけた男がイルザの顔をまじまじと見始めた。殴りつけてやりたくても男たちは三人組。こちらが力で勝つことが無理なことくらいわかっている。それに品行方正であることも魔法使いになるための評価材料になるため迂闊なことはできない。なによりもエルネスタが暴行されるかもしれない。自分が発端となってエルネスタが傷つく状況だけは避けたかった。


 男は目を見開き、思い出したと言わんばかりに手を叩いた。


「初めて見たときからどっかで見た気がしてたんだ」


 男は口端を吊り上げてニヤリと笑った。


「どっかの町にいた貧民の女だろ」


 その瞬間、頭に上っていた血液がつま先まで落ちていくような感覚があった。そのせいなのか握りこぶしが自然に解かれたことに気づかなかった。呼吸が荒くなっていることも、冷や汗が出始めていることもわからなかった。


「なんだお前、その女と知り合いか?」


 後ろの大男が笑った。


「奴隷みたいな仕事してたから買ってやろうと思ったんだ、顔は悪くなかったからな。そしたらこいつ断りやがった。ボロボロの服着てたくせにな」


 三人から舐め回すような視線が送られる。鳥肌が全身を覆い、身じろぎをするのも重苦しく、周囲の空気が粘度を帯びたかのように感じていた。


「そのまま引き下がったのか?」

「わけないだろ。ちょっとだけ憂さ晴らしさせてもらったけど」


 男が拳を握り込む。イルザはそれに反応して両手で顔を守ろうとした。男たちは顔を見合わせてゲラゲラと大声で笑い出す。自分は悪いことをしていないのに、妙に惨めな気持ちにさせられた。


「でもよく覚えてたな」


 今度は小さい方が口を開いた。


「あんまり行かないような町でポーカーで負けまくってたからな。まあ多少気は晴れたさ」


 男たちがゲラゲラと汚い笑い声を上げていた。その笑い声が自分に向けられたものであることが気持ち悪く、恥ずかしくて仕方がなかった。普通の人と同じような生活ができるようになって初めて、自分の生き方が惨めで恥ずかしいものだと感じてしまった。あの生き方しかできなかったのは間違いないが、それでもその生き方を恥じていた。


「そういえばこいつがいた町にはな、まだ奴隷みたいな制度が残ってるんだ。王都から遠く離れてるせいだろうが、日雇い奴隷とか契約奴隷とかっていうらしいぜ。そうやって金がない貧民を安く買ってるんだと」


 より一層笑い声が大きくなった。


 誰にもこの話を聞かれたくない。真っ白になった脳みそではそれしか考えられなかった。目をぎゅっと瞑って、思わず耳を塞いでしまいそうになる。

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