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 二週間という時間はあっという間に過ぎた。


 勉強の時間を確保するために自室で食事をとることが多くなり、それと同時期にフィーネは絵本を読むことをせがまなくなった。食事の内容もサンドイッチやハンバーガー、ホットドッグなど片手で食べられるような物にしてもらった。


 最終的には高等部一年生の知識を詰め込み、高等部二年生の中盤あたりまで勉強を進めたところで試験の日がやってきた。


 用意されたのは白いブラウスに紺色のプリーツスカート。それに白いソックスと革の靴を身に着けてから部屋を出た。


 食堂に行くと一家がすでに揃っており、朝食も用意されていた。席に座って静かに朝食を食べた。誰も一言も喋らず、食べ終わるまではカチャカチャというプレートとカトラリーが触れる音だけが響いていた。


 時間まではまだ時間があると、部屋に戻って試験の内容を確認する。中等部二年生までの学力試験、体力測定、倫理観の審査、健康状態の問診など。最後に魔法使いによる魔力量の測定だ。


 そこでノックが聞こえた。「どうぞ」と言うと「失礼します」とエマが入ってきた。


「どうしたんだ? もう私の世話はしなくてもいいんだぞ」

「いえいえ、まだまだ残っていますよ」


 そう言って取り出したのは大きめのバレッタだった。


「試験の合格を祈願して買って来ました」

「自分で?」

「当たり前でしょう? はい、向こうを向いてください」


 エマは化粧鏡を移動させて目の前に持ってきた。それから櫛で髪の毛を解かし始めた。


「そんなことやらなくてもいいぞ。どうせ誰かに見せるもんじゃない」

「いいえ、問診や審査を受けるのであれば清潔さも重要です。元々綺麗な髪の毛をしてるんですから、これからはちゃんと自分でも整えてくださいね」

「気が向いたらな」

「奥様からのドレスも届くでしょうし、自分でできるようになった方がいいですよ。あ、でも私がやってもいいですよ? 事前に日時を教えてもらえればお伺いいたします。あとで住所を教えますから手紙をください」

「気が、向いたらな」


 イルザが筆箱やメモ帳、ヘルムートの紹介状を小さなショルダーバッグに入れる。その傍ら、エマはテキパキとした動作で櫛を通していた。エマは髪の毛を好きなように弄んだあとでバレッタをパチンと止めた。同時に、イルザの準備も終わった。


「はい、できましたよ」


 右を見て左を見て、自分の髪型がどうなっているのか確認する。肩甲骨まであった髪の毛はバレッタによってアップにまとめられていた。少しばかり大人っぽく、けれど服装も相まって本当の学生のようにも見えた。


「可愛いでしょ?」

「まあな」

「もっと自分に自信を持ってください。アナタは見た目もいいし頭もいい。それになにかを貫こうとする信念もあります」

「そこまで褒めるな」

「そうですね、あまり甘やかすのはよくないかもしれません。でも事実だということだけはわかってください」

「わかったよ、ありがとうな」


 イルザが薄く笑うとエマは満面の笑みで応えた。


「それでは行きましょうか、外でヘルムート様が待っていますよ」

「ああ、勝負はこれからだ」


 勢い良く立ち上がってショルダーバッグを肩にかけた。試験用にとディアナが買ってくれた革製のバッグで、下の方には小さい文字でイルザのフルネームが刺繍されている。


 部屋を出て廊下を進む。階段を降りて早足で屋敷を出た。屋敷の外には馬車と共にエックハルト一家が待っていた。


「見送りか? 豪勢じゃないか」

「四ヶ月一緒に住んだんです、家族みたいなものでいいんじゃないですか?」

「たった四ヶ月だ」


 そう言って鼻で笑った。たった四ヶ月。けれど「家族みたいなもの」と言われて悪い気はしなかった。ただ、態度に出すのが気恥ずかしかった。


「この馬車に乗っていけば御者がアカデミーまで連れて行ってくれます。アカデミーまで行けば案内板が試験会場まで連れて行ってくれますよ」

「アカデミーの見取り図も頭に入ってるし試験の時間だって把握してる」

「試験が終わってもすぐに帰ってきてはいけませんからね。二時間後には合否が発表されます。そして合格ならば明日には入寮です」

「わかってるよ。受かっても受からなくてもとりあえずはここに帰ってくるから安心しろ。その代わりに私の荷物は頼んだぞ」

「言われなくてもちゃんと保管しておきますよ。なのでちゃんと取りにきてくださいね。落ちてもそのへんをふらふらしないように」

「大丈夫だ。お前もそう思わないか?」


 そう言って歯を見せて笑った。


「確かにそうですね。今の貴女ならば大丈夫でしょう」


 つられるようにしてヘルムートも笑顔になった。

そのあとで「それじゃあフィーネ、あれを渡して」と言うと、フィーネが目の前に駆け寄ってきた。両手で青っぽい大きな布切れを持っていた。


「私がえらんだの。お姉ちゃんにプレゼント」


 受け取って広げてみるとそれは藍色のローブだった。羽織って首元の金具を留めて腕でローブを広げた。生地は厚めで高価なものだとすぐにわかった。


「ありがとうな」


 イルザはフィーネの頭を優しく、慈しむように左右に撫でた。気が付かないうちに顔がほころんでいた。


「うん、がんばってね」


 フィーネが笑い返してくれた。胸が、ギュッと締め付けられるようだった。


「ああ、がんばるよ」


 そう言ってから馬車へと体を向けた。


 ドアの前でヘルムートが手を差し出してきた。イルザも黙ってその手を取り、そのまま馬車に乗り込んだ。馬車に乗り込む場合、男性が女性をエスコートする習わしがある。最後の最後でちょっとした試験だったと気づいたのだ。


 キャリッジに乗り込んでドアを閉める。馬車が少しずつ動き出すが、イルザは後ろを振り返ることはしなかった。ここで一線を引くべきだと心に決めていたからだ。そのためには合格しなければならないことも理解している。だから今は前だけを見ていた。退路を断ち、邁進するためだった。


 アカデミーの門前に馬車が止まった。キャリッジを降りて御者に礼を言うと、馬車はそのまま走り去っていった。


 校門の前に立って建物を見上げる。アカデミーの建物は外側を赤いレンガで固められ、建物自体も大きいのでかなりの重圧感があった。六棟からなる大きな建物は、人生で出会った物の中でも一番大きな建物だった。


 大きく深呼吸をした。気後れしてはいけない。どんな人に囲まれようとも、たとえ自分の過去がどうあろうとも、それを理由にしてしゃがみ込んではいけないのだと言い聞かせた。


「うし、行くか」


 ショルダーバッグの肩紐をキツく握りしめて門をくぐった。その瞬間、一陣の風が強く吹いた。花が舞い、大きくスカートがなびいた。

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