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基本的な魔法使いの話のあとでアカデミーの話になった。入学試験は一般的な学問や魔法使いに関しての歴史、魔法使いとしての心構えについての内容、実技試験として体術や剣術も存在する。算術や公用語などの試験もあるが、それは魔法使いになった際に王族や貴族とのやりとりが増えるためだとヘルムートは言った。
試験の内容で順位がつけられ、当然それも魔法使いになるための評価に影響する。だが一番必要なのはアカデミー生である間の素行や最終的な魔力の大きさである。いくら頭が良かろうと、いくら試験の点数がよかろうと、魔力が最低であれば魔法使いになることはできない。当然、体力が低すぎる場合なども弾かれる要因になりうる。
アカデミーには二年間在籍するが全生徒の中から魔法使いが選ばれる。つまり特に優秀であった場合は一年目で魔法使いになる者もいる。二年が過ぎてもまだアカデミーに残りたい場合は試験を受けて「二年間で成長した」証拠を示すことで残留できるようになる。もしも試験に落ちれば五年間は入学できなくなるとのことだった。
「貴女は非常に魔力が高い。魔力の面でいけば間違いなく魔法使いになれるでしょう。問題は内申点や礼節、言葉遣いや魔法使いとしての心構えでしょう。まあこれから直していくしかありません。さて私の話はここまでですがなにか質問はありますか?」
イルザはティーカップの縁を親指で二度なぞった。
「お前から見て、私は魔法使いになれると思うか?」
「アカデミーに入ってちゃんとした教養を身につければ間違いなくなれると思います。ただ、二年間の間に継承の儀式が発生するかどうかは時の運ですね」
「二年間で継承されなきゃもう二年か……」
しかし落ちれば五年間その資格を失うことになる。
そこでふと引っかかることがあった。
「アカデミーの学費ってどうなってるんだ?」。
「アカデミーに学費はありません」
「食事は? 消耗品は?」
ヘルムートは微笑んだまま目を閉じ首を横に振った。
「食事も食堂で食べられます。この家の食事とまではいきませんが、それなりにいいものが食べられますよ。下着などの衣類、生理用品や歯ブラシなども申請すれば買ってもらえます。それにちゃんと授業さえ受けていれば外出に対しての規制もないのと一緒です。朝六時から夜十時までなら自由に外出しても大丈夫です。事前申請も必要ないので意外と規則は緩めですね。外泊には申請が必要ですが許可は簡単に下りるでしょう」
「なんだよそれ、最高の環境じゃないか」
片方の口端を上げて失笑するほどの高待遇だった。今まで自分がなにをしていたのかとうんざりしてしまう、それくらいに整った環境で過ごすことができる場所。馬鹿馬鹿しくて笑ってしまったが、少なからず悔しさと憎らしい気持ちが多分に内包されている笑みだった。
「だから、何度もアカデミーに入りたがるし、いつまでも残りたがるんですよ」
と、ヘルムートはため息まじりに言った。
「やっぱりそういうやつもいるんだな」
「たくさんいますよ。衣食住が保証されているんですから当然と言えば当然ですが」
「なんとかして残るろうとする、か」
「そういうことです。本人もそうですが魔力が高い人物はアカデミー側としても貴重なんです。魔力が高く、入学試験も成績が良いとなれば残留させない理由がないのです。残りたい、もしくは魔法使いになりたい者たちと、それを手放したくない者たち。双方にとって有益ではあるんですが、魔法使いを諦めながらも衣食住が保証されている場所に留まろうとする人は少なからずいます」
「なるほどな」
背もたれに体重をかけると、椅子がキィっと苦しそうに鳴いていた。
アカデミーにも順応した人たちを相手にして、その人たちを蹴落として魔法使いの称号を勝ち取らなければいけない。当然のように、不安と焦燥が胸のあたりで大きくなっていた。果たして世間知らずの自分が彼らに勝てるのかどうか、はっきりと「勝てる」と断言はできなかった。
「でも問題はありませんよ。アカデミーでの教育はさほど重要ではありません。魔法とはなにか、魔法使いの立場とは、王族とは、外交とは。学校では教わることがない事柄ばかりです。それらは魔法使いになってからの基礎教養としても取り入れられるので、アカデミーで執拗に学ぶ必要はないんです。ある程度知っておくといい、程度なものですよ」
「じゃあアカデミーってなんなんだよ」
「確かにそう思うのも仕方ありませんね。ではこちらから質問しましょうか。何度も入学できる形式をとりながら、逆に二度と入学できない人や退学する人も一定数います。どんな人だと思いますか?」
「そりゃあ――」
人差し指と親指で顎を支えて考える。テーブルの木目を数え、一、二、三。
「魔力もあって、知識もあって頭も良くて、それでも二度と復帰できないほどの人。となると性格や人格に問題がある人ってことじゃないか?」
「そういうことです」
ヘルムートは深く、力強く頷いた。
「魔法使いに必要なのは頭の良さであったり、飲み込みの速さであったり、人脈であったり、家柄であることではないんですよ。真に必要なのはその人の内側にある誠実さや責任感や慈愛の心なんですよ。もちろん魔力も大切ですが」
「それを言われると私には難しい気がしてくるな」
「大丈夫です。貴女は〈蘇生の魔法使い〉が認めた人ですから。自信を持って挑んでください」
その真摯な眼差しは、出会った頃にアカデミーの話をしていた頃と同じものだった。つまるところ、誰に止められようとも曲げるつもりはないという強い意志が感じられた。その瞳を見つめ返し、内心ため息を吐きながらもイルザは深く頷いた。
「わかった」
短くそう言う。これは話の意味がわかったという意味ではない。今の言葉の裏側を読んでの発言だった。魔法使いに向いている、ではない。人として誠実であると言われたような気がして嬉しかった。
「貴女ならばそう言ってくれると思っていました」
ヘルムートはいつもどおりの柔和な笑みを浮かべた。
「話したいことはこれで終わりです。なにか質問はありますか?」
「特にないな。しいて言えば二年後、私が残留しない、もしくは残留できなかった場合はどうなる?」
「どうもしません。それは貴女の人生ですから、二年後は自分で決めてくださって構いません」
「まあ、お前の教育のおかげで魔法使いになれなくても働くことはできるだろうしな。二年後にまた考えてみるさ」
「気持ちは決まりましたね。それではあと二週間頑張りましょう」
差し出された大きな手。細く長い指だが、どこかゴツゴツざらざらとしていて思ったよりも綺麗ではない。その手をしっかりと握りしめた。
イルザは歯を見せて笑った。
今までは真綿のようにふんわりとした関係であったが時間を経てその形を変えていた。自分の成長を喜ぶ反面、時間というプレッシャーに押しつぶされそうになることもあった。それらもすべて含めて噛み締めて飲み込んだ。ひたすらに前に突き進むことしかできないのならば立ち止まることなど許されない。利用できるなら全部利用すると決めたのだから、ただ自分ができることをするだけなのだ。