第1話
手話での会話は『』で口に出した言葉は「」で書いています
今日も雨が降っている
しかし、あの日とは違い音はしない
この街からは音が消えてしまったのだから
彼女には元々ない音という情報
今まで彼女はずっとこんな孤独の中にいたんだ
待ち合わせの短い時間でこんなことを考えてしまうほどには暗く孤独な世界に..
音が消えて無くなってしまった街 音無区
「今日も、これからも、僕たちはここで生きていく」
『なんて言っていたの?』最悪のタイミングで集合場所にやってきた朔は手話で僕に問いかけてくる
朔が来たことで現実に戻された僕ははっとした
つい口に出てしまっていたらしい。恥ずかしさで頬が紅潮する
『特に何も言ってないです...』と返したが、顔の変化を見逃してくれなかったのか、『くちびる、動いてたけど?』と追い打ちをかけてくる。さすが自慢の彼女だ
ここが音無区で良かった。ここには音がないから聞こえてはいないはずなのに『恥ずかしいね』と笑いながら言われたときはドキッとした
『もしかして聞こえてた?』と聞いてみたが『そんな事あるわけ無いじゃん』とはぐらかされてしまった。
出会ってからもう5年も経つが未だにわからないところが多い
ただ勘が鋭すぎるだけなのかそれとも唇の動きを読まれてしまったのか、それとも...
いつもの事だが朔の感情や思考はいくら考えてもわからない
『そろそろ行こうか』朔にそう言われ人気のない路地を進んでいく
僕は今日も朔の隣を歩いている
傘をさしているせいで生まれてしまう距離がもどかしいなどと考えながら歩いていると前から走ってきた男性とぶつかってしまった
どこかで見たことがあるような気がしたが気のせいだろう
「すいません」と咄嗟に声が出たが聞こえるはずもなく、彼は口を開き2,3言ほど話してどこかに行ってしまった
僕の声が彼に聞こえないように、彼が何を言っていたのかはわからない
しかし朔は唇の動きを読んだのか、不思議そうな顔をしている
『あの人なんて言っていたの?』と聞いてみたら不思議そうな顔のまま『よくわからないけど「朔、全部父さんのせいだから。もう少し待っててね」って言ってた』
唇を読んだだけにしては妙に確信めいてるなと思い聞いてみると
『い、いや』といつもは濁りのない彼女の言葉が濁っているのが見えた気がして首を傾げていると
『あれ私のお兄ちゃんだから』と一言
『ああ、なるほど』そう言いつつも理解されていないことを察したのか『言葉のとおりだよ。お兄ちゃんは私の耳が聞こえないことを気にしてこの島に住んでくれてるんだよ。お兄ちゃん昔は目が見えなかったから尚更気にかけてくれているんだ』と付け足してきた
見たことがあるのは気のせいでもなかったらしく納得は言ったが何を思って朔にあんな事を言ってきたのかは分からないし、どうやってコミュニケーションとってたのかもわからない。朔は手話で会話をする、それに対してお兄さんは目が見えないし、お兄さんが声を出しても朔には聞こえないし...
聞いてみたが『それは秘密』とはぐらかされてしまった。別に秘密にするようなことでもないだろうけど、やっぱり彼女が何を思っているのかはわからなかった。
それはさておきお兄さんはなぜ走っていたのか?どこから来たのか...
朔としてもそれは気になったようでお兄さんが出て来たであろう建物へ向かってみることになった