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05.最後の世界

 複製されるはずだった私と、本体の私が入れ替わる。

 石化した大地に足を下ろした。いつも見ていたはずだけど、踏みしめる感触は初めてで変な感じだ。

 この世界のルールに沿って、決められたどおりに、地平線まで真っ平らな石の道を歩き続ける。

 大穴に行き着いて、慎重に底へと降りて、オルゴールの音を頼りに半壊した家屋の中に入る。


 そこには、いつもどおり。

 何度だって繰り返し見てきた、グレインの石像の姿が床に横たわっている。

 石越しでも顔の造形はわかる。眠るように閉じた目。石像というよりも彫刻みたいな、不気味な静けさの漂う気品がある。

 これがまだ生きているだなんて、普通は思わないだろうな。まあ半分死んでるような状態だけど。このまま永久保存でもいいんじゃないかなとか思う。

 そのほうが、寿命も気にせず一緒にいられるし……。


 違う違う。そうじゃない。

 何しに来たつもりだったんだ。

 頭を戻して、石像に手を触れる。

 グレインの石化を解く。


 複製の私はいつも裸を恥ずかしがって、ひゃっとか言って慌てて背を向けていたけど、本体の私はそんなことはない。

 だってもう見慣れたし。何度繰り返したと思ってるんだ。

 だから逆にドキドキさせちゃうぞ。


「おはよう。グレイン」


 石片が剥がれ落ちて、微かに目を開けるグレインの顔を覗き込む。


「君に会いに来た」


 すぐに私のことは思い出せないだろうな。

 そもそも私は姿が少し変わってる。複製世界に閉じ込められた影響なのか、いくらか歳を重ねた姿になった。

 彼と同い年くらいの外見年齢になったんじゃないだろうか。背も伸びたし、胸も大きくなった。足元まで伸びた髪は、毛先から黒く染まりつつある。

 だけど姿なんか、たいした影響はない。


 グレインが覚醒するまで少しかかるはずだ。

 その隙にと、グレインの髪に触れてみる。石粒を取り払って、そっと撫でてみる。

 あれ。こんなにきれいだったっけ。

 本体の私がこうして触れるのは初めてだ。

 髪、こんなにやわらかくて、さらさらだったんだ。


「……あなた、は……?」


 彼の目がぼんやりと私を認識している。

 どうしよう。もっと触れてみたい。

 まだ寝起きで意識もはっきりしてないだろうし。今のうちなら……。

 彼の顔の横に手をつく。

 だってなんだかずるい。複製の私だけがいい思いをして。本物じゃないくせに。

 それを言うならこの世界も、彼だって複製で、意味はないと思うんだけど。

 でも理屈じゃない。顔に近づく。胸も当たる。

 覆いかぶさって、唇を重ねた。


 ほぼ初対面のはずだ。

 だけど私にとっては、無数に繰り返してきた複製世界のせいで何度も何度も、長い間、時間を重ねてきたようで。


「目覚めのキス」


 迷いは、なかった。


「石化、解けたでしょ」


 意識が戻ってきたのか、彼が少し身じろぎすると、石片が崩れ落ちる。

 上体を起こすと、やっぱり、肌の面積が増えすぎて……。


「少しすればわかるはず。……まずは服を着て」


 慌てて離れて、顔を背けながら用意しておいた服を手渡した。

 ……やっぱり、余裕ではいられなかった。



 着替えを待つ間、建物の外に出て、辺りを見渡す。

 本当に空が動いていない。風もない。温度もない。

 暗い灰色しかない、時間が停止してどんよりと薄雲がかかったような世界。

 私が石の魔女だから、すべてが石化した世界だなんて罰を与えたんだろうか。

 複製魔法を使ったから、似て非なる世界を延々と作り続けて、積み重ねられることもない無意味な疑似世界を無限に与えられたんだろうか。

 だとしたら、私は一人きりでよかったじゃないか。

 グレインがいるのは、どうして――?


 ガラン、と石片が崩れるような音がして、振り返る。

 着替えが終わったようだ。グレインはまだぼんやりとしているものの、訝しむような目で私をじっと見ている。


「本体の私がいれば、繋がりの糸は強固になる」


 今までの複製世界は、細い糸のようなものですべて私に繋がっている。

 これを見越して、私は複製世界に足を踏み入れる決断をした。


「だから、君もすぐに私のことを思い出すよ。グレイン」


 グレインは私をまじまじと見ては、まだ状況が整理できないとばかりに目を逸らして、目眩でも覚えたのか額を押さえて、目を閉じる。

 私は俯き、帽子を傾ける。

 本体の私が姿を現せばこうなることは、わかっていた。


「ああ……そうか。そういうことだったんだね」


 彼は長く長く、一呼吸つく。


「姿は違うけど、はっきりおぼえてるよ」


 きっと、今まで複製世界で過ごした記憶が、一気に流れ込んできたんだろう。

 そうして、抜け落ちていた記憶までもが――


「あのとき、オルゴールを欲しがった女の子は君だったんだね。……シエラ」


 オリジナルでの記憶までもが補完され、ようやく彼の中で一致したんだろう。

 初めて出会ったときの私は、幼子の姿をしていた。

 だからわからなかったんだろう。

 私が本当は、外見も年齢も関係ない、魔女の生まれ変わりだということなど。


 ※ ※ ※ ※ ※


「僕のオルゴールに複製魔法を使ったら、この世界に閉じ込められた……?」


 グレインの意識がはっきりするのを待ちながら、少しずつ説明をした。

 あの日、オルゴールを見せてもらった。それの複製を作ろうとして、この石化世界に閉じ込められたこと。

 グレインは釈然とはしてないようだけど、口に出して理解に努めているようだ。


「今の説明だとそういうことになるよ?」

「知らない。私が自分の意志で石化世界の複製を作り続けてるわけじゃない」

「そうだとしても。原因は君にあるようだし」


 何も言えなくて黙り込む。


「元の世界では、僕は石化したままなんだね」

「完全に別世界ってわけじゃないからね。複製されている限り、オリジナルがある。そことは必ず繋がってる」

「つまりここに閉じ込められてる限り、石化は解けず、元の世界に戻れない……と」 


 グレインはふう、と一息つく。

 状況を呑み込めたのかどうかはわからない。

 ただ、私が原因で作り出された牢獄だ、ということだけははっきりしただろう。


「今までの君は複製で、今の君は本体……だっけ?」


 私は頷く。


「なら何のために僕の前に姿を現したの?」


 やや嘲るような、非難の目を向けてくる。


「君のためのオルゴールでも作ってあげたら満足?」


 投げやりに言い、ため息と共に鼻で笑った。

 巻き込まれたこの状況を、強く責めるというよりも、自棄になって嘲笑しているようにも見えた。


「……グレイン。どうして複製魔法は禁忌なんだと思う?」


 彼の疑問には答えられずに、問いかける。

 グレインはむっとした顔をするものの、元の世界に戻る糸口を掴むためにか、口元に手を当てて遠くを見る。


「魔法の部類としてはそう複雑なものじゃないんだよ。もちろん技術で差は出るけど、熟練者であればあるほど、精巧な模造品が作れる。君だって便利だって答えてた」

「まあ……便利だとは思うけど」


 だけど、実際には封じられた禁術だ。


「同じものを作り出すこと自体は、禁じられていないんだよ。つまり複製という行為じゃなくて、“複製魔法”というものだけが禁忌なんだ」

「魔法、だけ?」

「そう」


 行為自体に問題はない。

 ただ、大昔に編み出された複製魔法という技法のみが、禁術に指定された。


「……紛い物にしかならないからだよ。複製魔法はオリジナルの性質を無視して、魔力であらゆる要素を代替して無理やり同じ形のものを作り出す。同じものを再現しようとするんじゃなくて、あらゆる工程をすっ飛ばして、瓜二つの明確な紛い物が出来上がるからなんだ」


 グレインはやや思考してから言う。


「瓜二つの紛い物が出来上がるから、禁術……?」

「そういうことになる」


 まだいまいち釈然としていないみたいだ。


「……グレインだって。あのオルゴールの紛い物を目の前に出されたら……」


 言いかけて、やめた。

 問いたい気持ちはある。だけど怖い。これ以上、非難や軽蔑の眼差しを彼に向けられるのが。

 グレインはじっと考え込んで口を開く。


「だけど、技術によって差が出るなら、熟練の魔法使いだったら完璧に同じものを作れるんじゃ?」

「できない」


 すっぱり否定する。


「それはありえないんだよ。魔法のみじゃ、絶対に再現できない微差が確実に存在する。それが神話時代にすでに明らかになったからこそ、複製魔法は禁術として闇に葬られたんだ」


 現代では知る者などいない。

 技法が編み出された直後に排斥されたのだから。


「その不完全さゆえにあらゆる争いの火種になったそうだよ。それだけ禁忌とされる溝は深いんだ」


 と。ここまでは、伝聞通りの知識を語っただけだ。

 先代から先々代、それよりも遥か大昔から受け継がれた、魔女の生まれ変わりとしての性質が知っている知識だ。

 偉そうに説明してはいても、私だって聞きかじりだ。


「……なのにシエラは、それに手を出した、と」


 鋭い指摘に、う、と言葉に詰まる。


「僕が作ったオルゴールか……」


 グレインは遠い目をする。

 母への贈り物だったという、思い出のオルゴールに思いを馳せているのだろうか。

 が、首を傾げて、呆れたような顔をした。


「そんなに欲しかったのか。あれ……」

「……あれとか言うな」

「僕としてはもっと出来の良いものを作りたかったからね……。後悔の残る作品だよ。今ならもう少し良いものが作れ――」


 ぐっと堪えようとしたが、我慢できなかった。

 ぼすん、と腹をパンチする。


「うっ!?」

「……私には」


 拳が震える。

 唇を引き結ぶ。

 噛んで、我慢しようとしたが、堪えきれなかった。


「私には! 私にとっては! あれが! よかった!!」


挿絵(By みてみん)


 今でも鮮明に思い出せる。

 あのオルゴールの中には、私の知らないものがたくさん詰まっていた。

 手に掴もうとしても掴めないと思った。

 だから握りしめたまま持ち去りたくなった。

 知らない感情。高鳴った気持ち。わくわくして期待に胸が膨らんで。

 味わったことがない、それは――あまりに美しくて。


「あれがよかったんだ……あれが……うぅ……」


 紛い物でもいい。

 手にできたなら、自分のものにできたなら、どんな気分が味わえるのだろうかと昂った。

 だけど結果はこれだ。

 禁忌と知りながら手を付けて。

 奪いたかったわけじゃない。

 複製品でいい。模造品でいい。似て非なる紛い物でいい。

 そうとわかっていても、同じものが欲しかっただけなのに――


「うわああぁぁぁんっ……」


 永遠に感じる複製世界でどれだけ過ごしても。

 あの瞬間が、脳裏に焼き付いて離れなかった。


「ごめっ……え!? なんで泣くの!? 泣くほどのこと……!?」


 せきを切ったら止まらなかった。

 しゃくりを上げる。

 まるでずっと真綿で首を絞められているようで。

 押し殺そうとしても嗚咽が漏れて、息苦しいまま、涙が出続ける。


「泣くことないだろ……! ごめんって……あれ、なんで僕が謝らなくちゃいけないの……?」


 グレインの戸惑った声が聞こえてくる。


「ご、ごめん! とにかくごめんって! よくわからないけど泣き止んで……!」


 こんな石だけの世界で。

 閉じられて行き場もない空間で。

 自分の泣く声が、冷たい石に反響した。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ともかく。うわーん、じゃ何も解決しないからね?」

「はい……」


 ようやく涙が収まった。

 気づいたら正座させられていた。

 私が落ち着くのを待つためだろう。向かい合って地べたに座って、グレインは頑固親父みたいに腕組みして渋い顔だ。

 ぐしぐしと袖で顔を拭いて、鼻声のまま切り出す。


「解決……といっても」


 私が原因なはずなのに、私は自信なくぽつぽつと話し出す。


「私への罰なのはわかるけど。私は石の魔女の生まれ変わりってだけだから……。どうしたら許されるかなんて、わかってたら苦労しない……」

「シエラ自身も石化させる力は持ってるんだよね?」

「持ってるけど」

「解除は?」

「それもできる。けどこの複製世界の石化を解いたところで……」

「強行策に出ても元の世界に戻れるわけじゃない、か」


 グレインはすんなり理解したようだ。


「シエラ。試しにここの石化を解いてみてくれる?」

「え?」


 グレインは唐突に言った。

 この屋内を指しているらしい。


「なんで?」

「できることはやってみよう。だってここ、一応僕の店でしょ? だいぶ崩れてるけど」


 グレインは周りをぐるっと見回す。


「同じシチュエーションを作ったら、何かわかるかも」


 グレインの発想すごいなあ。諦めない精神がすごい。

 ……当たり前か。私と違って帰りたいんだろうから。


「やってみる」


 何か変化があるかはわからない。でも今までやらなかったことをやってみるのは賛成だ。

 たしかによく見ると、戸棚やカウンターの形跡はある。全部が石になっているとわかりにくいが。

 カウンターらしき石に手を触れて、石化を解いていく。範囲が広いから少しかかった。

 壁や棚から石片が剥がれ落ちる。現実で見たままとはいかないが、崩れていても、内装を再現したであろう木目が覗いた。


「うーんまあ……僕の店で間違いなさそうか」


 グレインは改めて確認している。

 照明も商品もなく、無事なのはカウンターと椅子だけとなると、判別も難しいだろう。


「このカウンター周りは再現されてるの?」

「ああ、仕事道具とかはあるね」


 オルゴールは見当たらないが、グレインのいつもの作業場は再現されているみたいだ。

 グレインはごちゃついた作業場を漁っている。荒れているのが気に食わないのか、ちょっと整頓し始めている。

 いろいろあるなあ。オルゴールを作るための道具なのか、部品なのか。私にはよくわからないけど。


「……ねえグレイン。私にオルゴールの作り方を教えて」


 眺めていたら、自然とそう言っていた。


「私も作ってみたい」


 これらは、あれだけグレインが夢中になっていたものだ。

 何か解決策というわけでもなく。

 見ていたら、やってみたくなった。

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