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8.甘えん坊な二人

「戻ったぞー」

「あ、九摩留だ。おかえりなさーい、こっちにいるよー!」


 お勝手口からの声に返事をすると、すぐに少年が縁側にやってくる。

 その背中には大きな籠を背負っているようだった。


「もうっ、出かけるなら出かけるってちゃんと言いなさいね。どこに行ってたの?」

「どこって山菜採りだけど?」

「え」

「おっ、いいもん見っけ」


 ふいに九摩留が顔を輝かせる。

 足元に籠をおろすとパッと駆け寄ってきてかき餅を両手に鷲掴みした。


「あ! こら!」


 加加姫様が作務衣を引っぱるも時すでに遅し。

 大口でバク! と一気に食べてしまう。


「この馬鹿狐! もっと大事に食わんか!」

「はっへはあへってんはもーん」

「食いながら喋るな行儀の悪い! カスをこぼすなカスを!」


 もがもがと両の頬っぺたを大きく膨らませる少年をべしべし叩く少女。

 まるで仲の良い兄妹のようだけど、実際には姫様のほうがだいぶ年上だったりする。


「ねぇ九摩留。あなた山菜採りに行ってくれてたの?」

「おう。だってあかり、山菜食いたいって言ってたじゃん? それに保存してたやつも少なくなってきたって言ってただろ。だから採ってきてやった。ま、あんま種類はねえけどな」


 ほら、と籠を持ってきて中を見せてくれる。

 大人の背中ほどもある大きな籠には縁までいっぱいにせり野蒜のびるが詰まっていた。よく見ればまだ時期には早いふきとうや葉ワサビ、三つ葉まで混ざっている。


「すごい、こんなにたくさん採ってきてくれたのね! というか、自分から行ってきてくれるって初めてじゃない? どうしたの?」


 思わず聞くと彼は腰に手を当てて胸を張った。


「へへっ。そりゃオレだっていつまでも遊んでばっかりの子どもじゃないんだぜ? 言われなくても自分の頭で考えて動ける賢い男なんだぜ」

「ふむ、残念だが賢いにはまだ及ばぬの。山菜は処理が大変だから採取は早朝するもの。保存もするとなればその分時間もかかるし、あらかじめ予定を組んでおかねばならぬ。今回はどれも灰汁あくの少ないものだからいいが、次回は気をつけねばな」


 姫様が芹をつまみつつ九摩留に物言いしてしまう。案の定彼は見るみるうちにふくれっ面になってしまった。

 また喧嘩が始まるかと思いきや。


「あかりぃ、ババアがいじめるよー」


 少年がぴょんと跳ねてわたしの背後に回り込んだ。


「ちょ、こらっ、抱きつかないの!」


 後ろから抱え込むようにのしかかられて、こちらも慌てて抵抗するが腕の中から抜け出せない。見た目は十三歳でも力強さでは相手の方が上だから困る。

 じたばたしていると頭の上からむすっとした声がする。


「えーいいじゃん別に。こないだまではよかったのに、なんで今はダメなんだよー」

「ダメなものはダメなの。ほら、離れてって」


 九摩留はわたしにとって弟みたいなもので、おまけに来たばかりの頃は五歳ほどの見た目とあって、抱きつかれたりあちこち触られてもきちんと叱ることをしなかった。

 でも少し前から中学生くらいの見た目になり、改めて姫様と泰明さんから真剣に注意されたことで、わたしも遅まきながら気がついたのだった。


 九摩留はその精神年齢によって外見が変わる。

 つまり突然成人男性の見た目になることだってありえる。

 もし明日九摩留が大人になって、でもいつもと同じ調子でじゃれあったら。

 本人たちにとっては姉弟のじゃれあいでも、はたから見たら誤解を受けかねない。


「あのね九摩留。あなたはそのうち大人になるんだから、軽々しく異性に抱きついちゃいけないの。わかる?」

「んー、でも夫婦だったらいいんだろ? んじゃあオレとあかり、今から夫婦な。今夜は寝かさぐぇ!」


 ドッ! と重い音とともに九摩留がうめく。

 首を巡らせて後ろを見れば、いつの間にか後ろに来た姫様が冷えびえとした目でこちらを見下ろしていた。


「この痴れ者が。わしの目の前で堂々と間男宣言とは恐れ入るわ」


 その手に握っているのは藁鉄砲――畑を荒らすモグラを追い払うための藁製棍棒だ。わざわざ納屋まで取りに行って、どうやらそれで一撃したらしい。


「ってぇな! なにすんだババア!」

「とーかんやーとーかんやー、かき餅食う奴ぶったたけー嫁に寄る奴ぶったたけー」

「だ! やめ! やめろ馬鹿!」


 ドッ! ゴッ! と容赦なく振り下ろされる藁鉄砲に九摩留がたまらず庭に飛び出す。


「この暴力ババア! バカアホドジまぬけ――――!!」


 九摩留は悪態をつきながら門扉に向かって走りかけるも、急に方向転換してこちらに戻ってきた。

 そして縁側の籠をがしっと掴むと水をかけるかのごとく山菜を庭にぶちまける。

 あっかんべー、と舌を出すと籠も投げ捨てて走り去ってしまった。


「もーあの子ったら、なんてことを……」

「すまんあかり。追いかけてもっと痛い目にあわせてくる」

「姫様も、もうほっといてあげてください。九摩留もちょっとふざけてただけですし。あと、もうちょっと彼に優しくしてあげてくださいな」


 作業を中断して立ち上がると、割烹着や緋袴についた藁くずをはたく。

 縁側の下の沓脱石くつぬぎいしで草履をひっかけて散らばった山菜を拾い集めていると、姫様もやれやれという様子で手伝ってくれた。


「あいつがいつも憎まれ口ばかり叩くから悪いのだ。わしだって姑のような振る舞いなぞしたくないわい。それよりあかり、抱きつかれたらもっとしっかり叱れ。前にも言ったがおぬしも女なのだぞ。そしてわしの嫁でもあるのだぞ」

「そうですねぇ」


 ぷくーっと頬を膨らませる姫様に苦笑しつつ野蒜や芹を籠に戻していく。

 確かに最初彼が来たときは多少なりとも気をつけていたのだけど、わんぱくでちょっと間の抜けたところもあって、甘えん坊で……。

 気づけばすっかりかわいい弟という認識になってしまった。

 たまにおしゃまなことも言うけど、中身が始終あの調子なのでやっぱり弟感はぬぐえない。


「ヤキモチする奴だっておるのだぞ」


 ぼそっとした声に思わず顔をあげる。

 うつむき加減で蕗の薹をもてあそぶ少女は、なんだかとても儚げに見えて。思わず近づいて膝をつき、その小さな身体を抱き寄せた。


「ごめんなさい。寂しくさせちゃいましたね」

「……よい。許す」


 ぎゅーっとしがみついてくる様子は、見た目通りの幼い子どものようだ。

 彼女は自分から誰かに触れることに対して、とても臆病になる。

 それは彼女の神格とその本性が相手を本能的に怯えさせてしまうから。

 この里山では世話役を除き、人間でも動物でも姫様が近くにいると強い圧迫感と言いようのない恐怖を感じるらしい。

 場合によっては高熱を出してしまうほどに。


 でもわたしは不思議なことに、姫様に対してなにも感じたことはなかった。

 村の人たちと同じように、ごく普通の人間のように感じるのだ。

 だからわたしは彼女を――人のぬくもりに飢えた姫様を抱きしめる。わたしなら触れても大丈夫、という想いを込めて。

 そのおかげで姫様から触れてくることも増えたけど、やっぱりまだ遠慮しているところも多いのだろう。


「ありがとうな」

「え? どうかしました?」

「おぬしの存在に、わしはうんと救われているのだよ」

「……それはわたしもですよ」


 遠い昔、人と家族になることを望み、自分の子どもをその子孫を隣で守りともに暮らしてきた姫様。なのにいつしか彼女の子孫たちも里山に住むすべての生き物と同様に畏敬いけいと恐れの対象として一線を引くようになったという。

 それはどれほど寂しいことだろうか。


 でも、救われているのはわたしのほうだって同じだ。


 山に捨てられていたわたしを見つけて、この屋敷に迎えてくれた姫様。

 生まれて間もないころからずっとそばにいてくれた彼女は、わたしにとってはもうひとりの母であり、姉であり、寂しがりな妹のようでもある。

 主従関係はあれど、大事なこの家族をわたしは少しでも温めてあげたい。


 抱きしめたまま姫様の背中を撫でていると、ふいに彼女はぷるるっと身震いした。


「へくちっ」


 かわいらしいクシャミに思わずにっこりしてしまう。


「姫様は中に入ってください。わたしもすぐ行きますから」


 彼女から身体を離して山菜集めを再開すると、姫様もまた一緒になって手伝ってくれる。

 こんなに優しいのに、どうして九摩留には意地悪になってしまうんだろう。

 ――でも、九摩留と喧嘩してるときの姫様は案外楽しそうに見える。


 九摩留はわたしと同じで姫様に恐怖心をもたない非常に珍しい存在で、そのため平気で悪態をつくことができるわけだけど。

 彼だけが姫様の無邪気で屈託のない一面を引き出せていると、そんな風にも見えてしまうのだ。

 それがちょっとくやしくて、わたしはわたしで九摩留にヤキモチを焼いてしまう。


 なんだか不思議な三角関係になっていることに気づいて、わたしはこっそりと笑みを浮かべた。

次回から月曜・水曜・金曜に更新していきます!

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