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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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77.手伝い問答(後)

「ところで話がだいぶずれていますから、戻させていただきますね」

「戻さなくていいのに……」


 仕切り直しでこほんと咳をし、居住まいを正す。

 すると青年も膝を抱えている状態からあぐらに座り直した。


「まず、お金のやり取りはやめにしましょう。だって泰明さんは家族ですから」

「そう、家族なんだから僕の稼いだお金が屋敷の家計になるのは変じゃないよね」

「家族のように親しくしている方からお金をいただくことはできません」

「僕は家族のように親しくしてる泰時おじさんのところに下宿してるけど、家賃とか食費とか諸々渡してるよ。それはそれ、これはこれだから」

「だったらわたしが泰明さんの分を出しますので、それを倉橋様に、泰明さんからということで渡してください。それならいいですよね?」

「いいわけないでしょそんなの。絶対に嫌だからね」


 口をへの字にして見つめあう時間が続く。

 ややして泰明さんが困ったように息を吐いた。


「わかった。じゃあ本当のことを言うよ。僕にとってここは、あかり食堂なんだよね」

「あ、あかり食堂?」


 なんだろうか、そのけったいな食堂は。

 そう思ったのが顔に出たのか、泰明さんはわたしを見てくすっと笑った。


「僕が毎晩ここに来れるなんて、君もおかしいと思ってたでしょ? 本来屋敷に来ていいのは姫様や世話役に用がある人だけなんだから。例えば煎じ薬を必要としている人や、洋服の仕立てを依頼したい人とかね。だから、たまにだったらともかく毎日遊びに行くなんてもってのほかで、それは当主の子どもといえど変わらない」


 泰明さんはわずかに目を伏せると、ふたたびわたしと視線を合わせる。

 その眼差しは優しいのに強い意志が感じられて、なんだか落ち着かなくなってしまう。

 

「それでも僕は、毎日屋敷に来たかった。どうしても来たかったんだ。だって会いたい人がいるからね」


 熱のこもった声に鼓動が早まる。

 それを向けるべき相手は横座にいるけど、こちらに向けられているのをいいことに都合よく勘違いしてみる。

 クラクラするほどの幸福感に全身が溶けていきそうだった。


「だからね、僕も姉さんを見習うことにしたんだ。あの人が好き勝手したことはあかりも知ってるでしょ?」

「あー……ええと、その……はい」

「どうやらうちの父は子どもにだいぶ甘いみたいだから。ちょっとした取り引きをもちかけて」

「取り引き!?」

「あ、そんな大げさなものじゃないから安心して。可愛いくらいのものだから」


 青年は頬に人差し指を当ててにっこり笑う。

 葉月ちゃんを見習ったのだとしたら、それは可愛い取り引きじゃないような気がする。


「それで特別の特別に当主の許可を得て、僕だけ利用できる食堂というていでここに毎日来させてもらってるんだ。だからお支払いするのは当然の義務。ということでこの件に関してはおしまい。あかりはなにも気にしなくていいんだからね?」

「…………はい」


 泰明さんの言葉を反芻して、胸の内で確認して……納得する。

 うん。名前はともかく、それで泰明さんが毎日堂々と姫様に会えるのならそれでいいと思う。

 ちなみに彼が毎晩ここに来れていたことに関して、今までなんの疑問も持たずにいたことは黙っておく。


「わかりました。それならそうと最初からそう言ってくださったらよかったのに……。だったらますますお手伝いはさせられませんね」

「うん。やっぱり次はそうなるよね」


 青年があぐらの上で頬杖をつく。

 呆れられているのはわかっているけど、わたしも引き下がるつもりはない。


「なんで手伝ったらだめなのかな」

「例えばデパートの食堂でお食事する人は、料理を手伝ったり食器を洗ったりしませんよね? それに泰明さんは姫様のおっ……気に入りなんですから。それに倉橋様の大事な息子さんなんですから。そういうことはしなくていいんです」

「……あかりは先代殿によく似ているね。君に損はないしむしろ楽になるんだからさ。もうちょっと甘えてくれてもいいんじゃない?」

「そっ、そうですか? わたしお父さんに似てますか?」

「あ、喜ぶクチ? そっかー」


 ははは、と妙に乾いた笑いをする彼の姿に首をかしげる。

 わたしはお父さんを尊敬しているし、世話役として目標にしている。

 思春期のときに言われたらちょっとだけモヤッとしたかもしれないけど、今は純粋に嬉しいと思う。


「君は律儀だから、僕があれこれやりすぎると負い目になっちゃうんだよね。そんなふうに思えるところも素敵だと思うよ。でも身分や立場といったことまで含めて言ってるんだとしたら、そこは考えなくていいんだよ?」

「……そういうわけにはいきません」


 泰明さんは感情の見えない目でじっとわたしを見たあと、姫様のほうへ首を巡らせた。

 視線を受けた少女は銀紙をたたみながら赤い眼を瞬かせる。


「おや珍しい。降参かえ?」

「悔しいですけど、これ以上は姫様から言っていただいたほうが穏便かつすみやかだと思うので」

「カカ、おぬしもやわっこくなったの。常であれば意地でも自力でどうにかしようとしたであろうに」

「苦しいときの神頼みと申しますでしょう? これからは少しまわりを頼ってみようと思いまして」

「それがよい。頼ることは悪いことではないからのう」


 二人の間でなんらかの話がすすむ。

 こういう時――多くを語らずともわかりあえている様子を見るたびに、その仲の良さをうらやましいと思ってしまう。そしてちょっとだけ、ぷくっとヤキモチが膨らんでしまう。

 姫様は指先の銀紙をいじりつつ、そうさなぁとつぶやいた。


「先の宴で飲んだ芋の焼酎。あれはまっことうまかったのぅ」

「あれは最後の一本でして、もう在庫がないのです。なにか他の――」

「あのどっしりとした個性的な香り。キリリと広がるふくよかな味。あぁ、たまらなくうまかったのう」

「……承知いたしました。あまり手に入らないものなので少しお時間をいただきたく。入手次第献上いたします」


 唐突にはじまったお酒の話に首をかたむけていると、姫様がわたしに視線を移した。

 白髪をさらりと揺らして可憐に微笑む。


「あかり。泰明は当主ではないし次期当主でもない。遠慮する必要はないぞ」

「でも」


 反論しようと口を開くと、少女がすっと手をあげる。


「わしの血を引くからといってかしこまる必要もない。おぬしの学友にもわしの血筋はたくさんいたと思うが、まさか全員のお掃除当番を代わってやったわけでもあるまい?」

「それは……そうですけど」


 その通りではあるけど、でも相手が泰明さんになった途端、あれこれ考えずにはいられない。

 自分でもおかしいと思うけど、なんでかそうなってしまうのだった。


「尊き血の濃い薄いで格が決まるのは神の世界にもあること。人間らの同族結合において家格を重んじることは、まぁ当然だろう。だがおぬしは世話役だ。諸々加味したうえで、おぬしは泰明より格が高いといえる。気持ちの上では納得できずとも、それはまぎれもない事実なのだ」


 姫様は優しい声で言うと、ちょいちょいと手招きした。

 わたしがすぐそばに正座すると、こちらの両手を取って赤い眼をなごませる。


「あかりよ。世話役とは確かにわしの従者である。だがわしの血を引く者すべての従者になるわけではない。それはわしが許さぬ。世話役はわしの代理でもあるからな。だからおぬしがわし以外にも遠慮しすぎたりへりくだった態度を取れば、かえってまわりが困ってしまう。身に覚えがあるだろう?」

「…………はい」


 覚えがありすぎて思わず小さくなる。

 うつむいたわたしに、姫様はくすっと笑った。


「偉ぶれと言っているわけではない。親しき中にも礼儀あり、それはとても大切なことだ。だが過ぎたるはなお及ばざるが如し。分別過ぐれば愚に返る……ふむ、年を取ると説教臭くなっていかんな」


 姫様はいかんいかんとつぶやくと、わたしの頭をなでた。


「まぁなんだ、泰明ももとは世話役候補、世話役のおぬしを放っておくことができぬらしい。この者の手伝いはわしが許す。遠慮なく使うがよい」


 少女の言葉に、ついうしろを振り返る。

 泰明さんは激しく同意とばかりに何度も大きくうなずいた。


「察するに、泰明はわしの世話がしたくて仕方がないらしい。わしの世話の多くはあかりがしておるのだ、話し相手以外の仕事も分けてやったとてバチは当たるまい? 元世話役候補と現世話役、おてて取りあってわしの世話を存分にするがよい」


 青年の首がうなずきかけてピタッと止まる。一方でわたしは姫様の言葉にハッとなった。

 そういうことだったのか、と思うと同時に散々泰明さんを突っぱねてしまったことに土下座したくなる。


 彼の姫様への告白を聞いたとき、頑張りましょうねと二人で誓ったというのに、わたしはすっかりお邪魔虫をしていたらしい。

 きっと泰明さんも、早く気づいてくれとイライラしていたことだろう。


「承知いたしました。これからは泰明さんにもお力添えいただきたいと思います。それから……世話役としての自覚が足りていないこと、申し訳ありません。以後気をつけてまいります」

「ん。おのれを卑下せず、多少は甘えることも覚えるがよい。そのほうがみな喜ぶ」


 姫様がわたしの背中に手を回してぎゅっと抱きしめてくれる。

 わたしも小さな身体を抱きしめてから、そばに置いていた大鍋に手を伸ばした。


「それじゃあ、泰明さん。早速ですみませんが、洗い物を手伝っていただいていいですか? わたしは外で鍋とお釜を洗うので、泰明さんは流しで食器類をお願いします」

「あかりは中で食器を――」

「わかりました、それじゃあ順番こでいきましょう。今回はわたしが外、次回は泰明さんが外ということで」

「……わかった。ありがとう」


 泰明さんは苦笑すると重ねた食器を手に立ち上がる。

 二人で流し場へ行きつつ、わたしは青年の耳元にそっと顔を寄せるとできるだけ声をひそめた。


「さっきはすみません、わたしったら全然気が回らなくて……。いろんな仕事をしている姿を見せて、姫様により親身に感じてもらうって作戦ですね? 本当にごめんなさい。どうもそういうことには疎くて」

「あー、うーん、まぁ……あはは……」


 泰明さんはなんともいえない微妙な顔をする。

 それを見てますます自分が情けなくなる。

 もっとたくさん恋愛小説を読んで勉強しよう。そう心に誓った。


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