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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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73.お買い物

 食事を終えて食堂を出ると、わたしは懐中時計を出しながら隣の九摩留に目を向けた。


「それじゃあ上から順にちょっとだけ売り場を見てまわって、最後に洋菓子売り場で葉月ちゃんに渡すお菓子を選びましょうか」

「おう、それでいいぜ」

「今の時間は……。九摩留、今何時?」

「えっ、ええとちょっと待てよ。あー……十二時……二十……三分、よっ四十九、五十、五十一」

「正解!」


 九摩留が自分の帯から引っ張り出した懐中時計を穴が開くほど見つめて細かく時間を教えてくれる。

 彼が使っている懐中時計はお父さんの形見で、わたしが使っているのはお母さんの形見の品だ。

 それぞれ時計を見つめながら、わたしはさらに質問する。


「では問題です。帰りの電車は十四時四十分発です。駅にはその十分前には到着したいと思います。駅からデパートまで歩いて十五……じゃなくて二十分かかるとした場合、デパートを何時何分に出ればいいでしょうか?」

「……あー……」

「紙と鉛筆いる?」

「いい……いや、やっぱいる」


 巾着から糸で綴じた小さな紙束とちびた鉛筆を渡すともう一度問題を伝える。

 男はうめきながらちょこちょこと数字を書いて、少ししてから顔をあげた。


「十四時十分……?」

「その通り、大正解! 時計も読めるし計算もできるし、やるじゃない!」

「へへっ、これくらいはな」

「それじゃ、行こっか」

「おう!」


 元気よくお返事した九摩留は片手に脱いだマントを持ち、もう片方の手は当然のようにわたしの手を握る。

 思わず彼を見ると、男は食事前とは一転、ご飯も食べて元気が出たのかわくわくした表情でこちらを見下ろしていた。

 はぐれて迷子になっても困るから、今日はもうこのままでもいいか。


 さっそく下りのエスカレーターに乗り、最初に食器売り場をのぞく。

 みんなへのお土産はなににしよう。

 可愛い花柄のグラスや湯呑、お茶碗をなんとなしに眺めていると、塗り箸が目に留まった。


 透明ななにかを塗っているのか黒っぽい木肌はやや光を反射している。持ち手部分には鮮やかな色が塗られ、そこに金粉がぱらりと散らされていた。

 お値段は安くはないけど高いというほどでもない。


 上のほうに飾られている艶のある漆に螺鈿や蒔絵の入った豪華な箸よりは手が届くし、これなら気軽に毎日使うことができる。

 お土産はこれがいいかもしれない。


「ね、九摩留。みんなのお土産はこれにしようと思うんだけど、色はどれがいいかな」

「んー? んー……どれでもいんじゃね?」

「もー、ちゃんと真面目に考えてよ。こんなに色があるんだし、ひとりひとり違ったほうがいいよね。姫様にはやっぱり赤かな……でも白も捨てがたいし、間をとって薄紅も素敵ねぇ。わー迷っちゃうな、どうしよう」

「どれも箸だろ? 色なんざなんでもいいって。早く次行こうぜ。……なんだか飯喰ったら眠くなってきたな」


 くわぁ、と九摩留が大口であくびをする。

 ここまで露骨に退屈そうにされると怒りもわいてこない。


「九摩留ったら……。もう少しちゃんと見て選びたいから、あなたは別の売り場に行って待ってる? おもちゃ売り場とかもあるんだけど」

「んー……」

「確か鉄道模型とかあったし、他にも触らせてもらえるおもちゃがあったと思うけど」

「んー」


 ちょっと興味が出たのか、とろりとしていた目が少し大きくなる。

 そこでいったん箸選びはおいといて、九摩留の手を引いて下の階へ移動する。

 おもちゃ売り場に着いた途端、彼は目を輝かせた。


「おお、デーゼル! ちっちぇデーゼルだ」

「ずいぶんいろんな列車があるのねぇ。それに線路やまわりの畑とかも再現してて、結構すごいのね」


 はじめてデパートに来たのが小学生の終わり頃だったから、その頃のわたしはおもちゃ売り場より他の売り場に興味があった。

 実はおもちゃ売り場に来たのはこれがはじめてだったりする。


「あ、ほら見てみて。無線のラジコンバスですって。遊ばせてもらえるみたいよ」

「やる!」

「じゃあわたしはお箸を選んでくるから、九摩留はここで待っててくれる? すぐに戻るからおもちゃ売り場から離れないこと。それからちゃんとお行儀よくして、騒いだりものを壊したりしないこと。喧嘩もしないこと。わかった?」

「おう!」


 すっかり目が覚めたらしい九摩留をとりあえずラジコンバスのところへ連れていき、売り場の販売員さんに声をかける。

 他に子どもも大人もいないせいか、好きなだけ遊んでくれていいとのことだった。


 先端が輪になった長いアンテナをびよんびよん揺らしながら、男は銀色の箱についたボタンを押してバスを発進させる。

 ボタンは一つだけだけど、押すたびに曲がったり真っすぐ走ったりするらしい。

 九摩留はさっそく床に置かれた障害物をどうよけるかに熱中しはじめた。


 わたしはその隙に箸売り場へ戻り、とりあえず十分と時間を決めて色とりどりの箸を凝視する。結局十五分ほどかけてようやくこれはと思えるものを選ぶと、すぐに購入しておもちゃ売り場に急いだ。

 九摩留はラジコンバスのところにいなかったものの、すぐそばに飾られたジオラマの中を走る電車にくぎ付けになってくれていた。


 その後は二人で本売り場や雑貨売り場を軽く見つつ、洋服や化粧品売り場は素通りし、洋菓子売り場でガラス棚に並ぶ美味しそうなお菓子や可愛い缶を愛でてまわった。

 運よく葉月ちゃんが好きだという洋酒入りのチョコレートボンボンなるものも売っていて、それを彼女へのお詫びの品と決める。

 せっかくなので姫様用にもひと箱余分に購入した。


「よしっ、とりあえず無事に買えてよかったわ。ええと今は……」


 時刻は十三時三十五分。

 なるべく立ち止まらないように、そして早足に見たおかげか少し時間に余裕ができていた。

 せっかくだからこのまま食料品売り場も見に行こう――そう思って歩き出すと、手がビンッと引っ張られる。

 見れば九摩留がぐったりした様子で立ちすくんでいた。


「あかりー俺もう疲れたー。足痛ぇよー」

「ご、ごめんね、疲れたよね。それじゃあ最後に休憩して帰りましょうか」


 いくらでも野山を駆けられる九摩留だって、慣れない恰好に慣れない都会では消耗だってするだろう。

 ちょっと配慮が足りなかったなと反省する。


 せっかく高い建物に来たのだから、最後に見晴らしのいい場所で休憩することにした。

 そこは九摩留が一番喜びそうな場所でもあった。

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