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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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71.狐の刷り込み

「ところでよ。あかりはあいつに気があるのか?」

「え? ……えっ、今なんて?」


 ガタゴト揺れる列車の中、九摩留が窓際に肘をついて外を眺めながらつぶやいた。

 巾着から出したばかりの文庫本を慌ててしまって、わたしは聞き間違いであることを期待して問い返す。

 こちらを向いた男の顔に、淡い期待は無駄だと悟った。


「泰明だよ。あかり、あいつが好きなのか?」

「なに言って……」


 じっと琥珀の眼が見つめてくる。

 その確信めいた視線に、わたしは早々に降参するしかなかった。


「わたしってそんなにわかりやすいかな」


 思わずもらすと、九摩留が唇を引き結んだ。

 それから顔を伏せるとしばらくしてくっくっと笑い出す。


「なに笑ってるの?」

「いや、わりーわりー。だってあいつ、俺の目から見たって美男子だからよ。隣にいるのがあかりじゃあな。想像したら滑稽こっけいだと思ってよ」


 滑稽。

 滑稽かぁ……。

 忌憚きたんのない率直な意見はなかなか胸に突き刺さる。


「月とスッポン、豚に真珠、猫に小判。あかりに泰明ってなもんだ」

「……ふんだ。そんなこと、わたしだってわかってますー」


 そうだ。そんなことは自分が一番よくわかっている。

 でも、あらためて他人から指摘されると少しきつい。


「やめとけよ。こんなちんちくりんな小娘と血筋も立派な美形の医者じゃあ、不釣りあいにもほどがあらぁ。あかりにゃ俺くらいがちょうどいいんだよ」


 窓にかけていた手で頬杖をつくと、男はこちらを楽しそうに見てくる。

 きちんと梳かされた黒髪で。いつもとは違う整った格好で。いつもとは違う場所で。

 ただそれだけで、九摩留をいつもの九摩留と見るのが難しい。

 ちょっとだけ――いや、正直だいぶ落ち着かない。


 ふいにここには逃げ場がないことに気づいた。

 これ以上この手の会話を続けるのは危ない気がする。


「……またそうやってふざけるんだから。おかしなこと言ってないでちょっとは寝たら? 昨日は興奮してあまり寝られなかったんでしょ?」


 巾着から再び文庫本を取り出すと、大きな手が横から伸びてひょいと取りあげられてしまった。

 それならばと今度はあやとり紐を出す。

 指に紐をかけてちょいちょいちょいと取って外してを繰り返すと亀が完成した。

 そこから別のものを作ろうとしたところで、九摩留がその亀をわし掴みして窓の方に手を引く。


「離しなさい」


 できるだけ落ち着いた声でゆっくりと命令する。

 あやとり紐で両手を拘束されて、おまけに九摩留の肩に身を寄せている態勢に、全身の毛がざわりと逆立っていた。

 焦っていないふりをするけど、うまくいっていないことは明らかだった。


「聞けよ」

「聞かない」

「なんで」

「なんでも」


 彼の静かな声に、胸の奥がさざ波立つ。

 どくどくと心臓の音が早い、うるさい。今、九摩留の顔を見たくない。

 これじゃわたしが九摩留を意識しているみたいで、そんなのはアレだ、とてもよろしくないのだ。


「なぁ、俺にしとけって。俺の嫁になれよ」

「姉と弟は結婚できません」

「どうせ偽物の姉弟だろ。できない理由にはならねぇよ。……なぁ、狐は一途だし愛情深いんだぞ? あかりが嫁になったら毎日川で大量の魚獲ってきてやるよ。雉も鴨もいくらだって捕まえてきてやる。金だって、葉月んとこで真面目に稼いできてやるからさぁ。な、いいだろ?」

「あのねぇ」

「それにあかり、俺の前では声あげて笑うじゃん。泰明の前ではすました笑いしかしねえじゃん。あいつより俺と一緒になったほうが毎日絶対面白れぇって」

「……わたしは誰とも結婚しないよ」

「あいつともか?」


 まるで泰明さんとわたしが結婚できるような言いぐさに思わず笑ってしまう。


「泰明さんは、そもそもわたしなんて見てないの。おかしな心配しなくていいのよ」

「見てたとしたら?」


 九摩留の指がわたしのあごにかかる。

 ぐいっと乱暴な手つきで上を向かされると、琥珀の瞳と視線が絡んだ。

 どこか怒ったような眼差しに、瞬時に緊張感が高まる。


「あいつも俺みたいにあかりを見てたとしたら。そしたらどうするんだ?」

「だからそれは――」

「もしも、例えばの話だ。どうするんだよ」

「……どうもしない、かな」

「は? なんだそりゃ」

「もし好きになってもらえたとしても、これまで通りの関係でいたいってことよ」


 姫様のおこもり明け――久しぶりに泰明さんと会って話をしたときのことを思い出す。

 好きになってもらえたとしても、いずれ嫌われるなら。別れるのなら。

 最初からどうもしないほうがいい。


「……じゃあ、俺たちはずっと、死ぬまであの屋敷で一緒に暮らすんだな」

「そうね。もしかしたら今後泰明さんも加わるかもしれないけど、そうなったらわたしと九摩留は納屋で寝ましょうね」


 九摩留の目が点になった。


「どういうことだ?」

「あのね、泰明さんがわたしたちの主になるかもしれないの。あなただって大人になったんだから、どういう意味かわかるでしょ? 姫様と二人きりにしてあげなきゃ野暮ってものでしょ」


 声をひそめて教えると、九摩留はなぜか白けた目をした。

 わたしのあごから手を放してこめかみのあたりをコリコリ掻く。


「言いたいことはいろいろあるんだけどよ。あかりの言う通りになったとしたら、俺とあかりの二人っきりで納屋で寝起きするってことになるよな。それはいいのか?」

「うん。あ、納屋はやだ? 一応改築はお願いしようと思うんだけど。そうそう、もちろん九摩留がお嫁さんをもらったら新しい寝床を作ってもらえるようにお願いするから、そこは心配しなくていいからね」


 九摩留が白けた目を通り越して、なぜか憐れなものを見る目をしてきた。


「あかり。お前さては相当な馬鹿だな?」

「な、なによ急に。馬鹿って言うほうが馬鹿なんだから」

「なんか俺、ちょっとだけあいつに同情したわ」

「それどういう……いたっ」


 男の指がわたしの額を軽く弾く。

 それから妙に疲れた表情であやとり紐を握っていた手を開き、腰をずらして角際に寄りかかる。

 九摩留はあくびをひとつすると、そのまま目を閉じてしまった。


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