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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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67.試着会(前)

「できた! よかった間に合った!」

「ごちそうさまでした。すごくおいしかった」


 お喋りの合間のささやかな沈黙を破ったのは二人同時だった。

 思わず顔を見合わせる。


「長着、できちゃったんだね」

「はい、なんとか完成しました。あっ、じゃなくてお粗末様でした」


 泰明さんの挨拶に返しつつも、立ち上がって縫い終えたばかりの着物を披露する。

 表は絹で無地の茶色、裏全面は正花しょうはなと呼ばれる綿で紺色をした袷の長着だ。


「どうでしょうか。おかしなところはないですかね」

「どこも変じゃないよ。立派で、とっても綺麗にできてると思う。すごいな、二日で仕立てたんだよね? いいなぁ九摩留の奴」


 心底うらやましそうな声に、お世辞とわかっていても嬉しくなってしまう。

 最近は洋裁ばかりしていたから腕がなまったかと思ったけど、こちらもまだ捨てたものじゃないらしい。


「ありがとうございます。早速試着させてきますね」

「え……ちょっと待って。それ、あかりが着せるの?」

「はい、九摩留は作務衣と浴衣しか着たことがないですし」


 試着ついでに着物の着方を教えてしまおうと思う。

 九摩留は浴衣を着れるものの、兵児帯へこおびでちょうちょ結びするだけの簡単な着方しか知らない。

 長着の場合は下に襦袢を着るし、角帯かくおびだし、それに着慣れるまでは腰紐も数本使うほうがいい。

 なのでそれぞれの締める位置や結び方を教えなければ。


「それ、僕がやってもいい?」

「あ、でも……」


 柱時計に目を向ければ、九時半になるところだった。いつもであれば外でのお喋りを終えてお別れする時間だ。この後もいさせてしまってもいいものだろうか。


「もちろん、あかりや姫様が迷惑じゃなければなんだけど。無理だったら、全然、その……」


 言いながら声から力が抜けていき背後もどんより曇ってくる。


「わたしは問題ないです! 確かに九摩留も男の人に教わる方がいいかもしれませんし、その、用の足し方のこととか。教えていただけたら、むしろ助かります」

「ほんと?」


 泰明さんがぱっと明るい表情に戻る。

 遠慮がちな青年に少しずつ前の雰囲気が戻ってきて、わたしもなんだか嬉しくなってしまう。


「ほんとです。さ、いきましょう」


 二人で座敷に行くと、部屋の真ん中で姫様と九摩留が将棋盤を挟んで向かいあっていた。

 やけに静かだと思ったら将棋をしていたらしい。といっても姫様は小説を読みながら、九摩留は眉間にしわを寄せて頭をガシガシ掻きながらという状況で勝敗は明らかだった。


「姫様、長着ができました。少し九摩留をお借りしてもいいですか?」

「おぉそうか。ではもうこの勝負はなしとしよう。どうせ結果は同じだ」

「クソッ、なんで勝てねぇんだよ! あーイライラする」

「クカカ、わしに勝負を挑もうなど百万年早いわ」

「あらまぁ……」


 九摩留が姫様に将棋を持ちかけるなんて珍しいこともあるものだ。

 屋敷に入って早々に将棋好きのお父さんから教えを受けていた彼だけど、九摩留自身は好きでも嫌いでもないのだと思っていた。


 ちなみに姫様は将棋も囲碁もめちゃくちゃ強い。

 どちらも村で一番強かったお父さんでさえ滅多に勝つことができなかった。


「お前、なにを賭けた?」


 ふいに泰明さんが低い声を出す。

 思わず九摩留を見ると、彼は琥珀の瞳をよそよそしくそらす。


「賭けたって……九摩留、そうなの?」

「なに言ってんだよあかり。この屋敷で賭け事は禁止なんだぜ? 俺は将棋を楽しんでただけだって」

「禁止されてるのはあかりと九摩留の間で賭けをすること。姫様との賭けは禁止されていない。お前はまたよからぬことを――」

「おやおや泰明。おぬしがそれを言うのかえ?」


 姫様の言葉に泰明さんが声をなくして口をぱくぱくする。わたしの視線を受けて、今度は泰明さんが黒の瞳をすいっとそらした。

 少女は赤い眼を細めると笑みを浮かべる。

 

「わしはな、チャンスは平等に与えられるべしと思っておるのだ。これでおあいこだな」

「は? ちょっと待て、それどういう意味だ? こいつもなにか――」

「九摩留、試着だ。とっととすませよう」

「おいコラ泰明! テメェあかりになにしようとした!」


 くわっと牙を剥いて泰明さんに向かおうとする九摩留の横で、わたしはぱっと長着を広げた。


「九摩留! ほら見て、あなた用に仕立てた長着。ついにできたわよ」


 興味がこちらに移った九摩留はおぉっとつぶやき目を輝かせる。


「これが俺の新しい着物か。これであかりとデートに行くんだな」


 男の弾んだ声にわたしもなんだか訂正するのは気が引けて、とりあえず曖昧に笑っておく。

 デートデートと連呼する九摩留をよそに、泰明さんはわたしから長着を受け取ると、流れるような自然な動きで服の上から袖を通した。


「わー思った通りだ。僕と九摩留って身長あんまり変わらないし、これ僕にもちょうどいいかも。ねぇ九摩留、この長着僕にくれない?」

「て……んめぇ泰明この野郎! ぶっ殺す、ぜってぇ殺す!」

「やめて九摩留! 泰明さんも、この子をからかわないでください!」

「泰明、大概にせよ」

「すみません、冗談です。ごめんな九摩留」


 そう言って笑顔で男に謝るものの、目がちっとも笑っていない。

 今二人きりにしたら確実に血を見る気がする。やっぱりわたしが九摩留に着付けを教えよう……そう思っていると、姫様が赤い瞳だけをこちらに向けてきた。


「あかり。ここはわしに任せておけ」

「でも」

「それにおぬし、縫うのに夢中で明日着ていくものも決まっておらぬのだろう? あ、そうそう。わしは例の黒い着物がよいと思うのだが、どうだえ。せっかくだからおぬしも試着してみては?」

「……はい、わかりました」


 さすがのわたしでもこれが人払いだとわかる。

 恐る恐る座敷から奥座敷に入り襖を閉めた途端、ビリッと空気が震えた。

 一瞬で全身の毛が逆立ち、肌がピリピリと痛む。


「くわばらくわばら……」


 思わず雷避けのおまじないを口走りながら、わたしは自室の納戸に避難した。


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