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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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65.お年頃の読み物

【注意】

今回はちょいエロギャグ回です。

本編に関係ない内容なので苦手な方は読みとばしても大丈夫です!

ちなみに出てくるのはあかりと加加姫だけです。

 ガラス戸を閉めたぽかぽかの縁側に座って、ひたすらちくちくと布を縫いあわせる。

 そばにおいたトランジスタラジオからは流行りの歌謡曲が流れていて、わたしと姫様は静かに耳を傾けていた。


 黙々と縫っているのは九摩留の新しい着物――あわせ長着ながぎ

 彼はデパートに行くための服を持っていないので突貫工事だった。

 ミシンを使えば楽に短時間で作れてしまうのだろうけど、ミシン縫いは縫合が頑丈なぶん、糸を解いて洗い張りすることも仕立て直すこともできなくなってしまう。そのため手間暇はかかるけど手縫いをしていた。


 作業の切りのいいところでずっとうつむけていた顔を上げて、首や肩を回しながらふと隣に目をやる。

 読書をしていたはずの姫様はいつの間にか横になって小さな寝息を立てていた。

 縁側に大きく広がった白髪の下には枕代わりの座布団が、そして顔には赤い表紙の大衆向け娯楽雑誌が開いて載せてある。

 表紙を飾る女優さんの笑顔を見つめていると、ふいにほろ苦い記憶が蘇ってきた。


 ことの発端は十八歳のとき。友人のキミちゃんからはじめてそれを借りたときのこと。

 その雑誌は国内外の役者さんや歌手の写真が満載で、いろんな座談会や役者さんのお宅訪問にジャズ歌謡特集といった面白い記事も多く、漫画も小説も連載している最高の娯楽雑誌だった。

 それにページの一番下、欄外部分には男女間のあれやこれやを簡単に紹介する事典なるものもあって、自分の知らない世界を垣間見れる貴重な情報のるつぼでもあった。


 キミちゃんからは大したことないと言われた内容だけど、そういったものを一切読むことが許されなかったわたしにとってはどれも刺激的でドキドキするもので。

 でもお父さんからすれば軟派で低俗だと言われそうな内容でもあったので、ついつい隠れるようにして読んでしまった。


 多分それがいけなかった。

 表紙に「思春期の性科学」とでかでか書かれていたのもまずかったと思う。

 ちなみに「思春期の――」は女性のお医者様が十代の様々な悩みや疑問に向きあい、正しい知識を教えてくれるという特集記事で決してやましいものではない、と思う。


 でもやっぱりなんとなく後ろめたい気もして、自室の納戸で行灯の明かりを頼りにこっそり読んでいたところ、なにかを察したお父さんに踏み込まれ、取り上げられ、検閲され。

 世話役候補はこんなものを読むなと滅茶苦茶に怒られたのだった。


「……読みたいかえ?」

「ッ、お、起きてらしたんですね」

「あいたたた……。床で寝ると身体がバキバキになるのう」

「ふふ、背伸びしてしっかりほぐしてください」


 雑誌を外してゆっくりと身体を起こす少女は猫のように丁寧な伸びをする。

 それから彼女はうつ伏せで寝そべり、頬杖をつきながら雑誌の表紙を撫でた。


「泰吉はおぬしにこれを禁止したのだったな。まったくあれにもあきれるわ……おぬしに過剰に潔癖を強いるのだから。これのどこをどう読めば有害図書になるのか、わしにはとんと理解できぬ」

「いいんですよ。お父さんも、わたしのためを思ってのことでしょうから」

「今なら誰も咎めるものはおらぬぞ。読むかえ?」


 姫様は雑誌をすすす、と滑らせてくる。

 わたしはちょっとだけ迷って、それをそっと押し戻した。


「大丈夫です。お父さんが――先代世話役が言ったことですから。読まない方がいいと判断したなら、それに従うのも跡目の務めです」

「カーッ! このいい子ちゃんめ、清らかすぎるぞ! 蹂躙したくなるではないか!」

「ひ、姫様、滅多なこと言わないでください」

「でもまぁ、あかりはそれでよい。そこがよい。ただなぁ……あれを相手にするとなれば今から多少免疫をつけることも重要だと思うのだ」


 あれはわしの血が……となにかごにょごにょつぶやきつつ、姫様は立ち上がって縁側を出る。目で追いかけると、彼女は自分の部屋である奥座敷に行き押入れから行李を引きずり出していた。

 中から数冊の雑誌を持ってふたたび縁側にやってくる。


「ほれ、世の中にはこういうものもあるのだ。勉強しとくか?」

「なんの雑誌ですか?」


 表紙を飾るのはどれも女性の絵で、特におかしなところはない。大きさや厚みはわたしがいつも読む婦人雑誌より小さくて薄いものの、よくある普通の雑誌といった雰囲気だ。

 でもどの雑誌もなぜか風雨にさらされ泥に打ち捨てられたかのごとく、ものすごく汚れていた。正直触るのをためらってしまう。


「読めばわかる」


 姫様はにっこり笑って一冊を手に取り、バリバリと音を立ててページを開く。

 絵本の読み聞かせのようにこちらに見開きを向けられて、わたしはビシッと固まった。


「な…………んですか、これ…………」

 

 それぞれのページには大きく写真が載っていた。

 それは裸の女性があられもない恰好で、縄でとんでもない縛られ方をしている写真だった。

 見たことがない、想像さえしたことがない卑猥な写真に羞恥心よりも衝撃が勝る。

 衝撃的すぎて頭が真っ白になる。


 愕然としていると、姫様は別の雑誌を取って同じように見せてくる。

 そこにはこれまた衝撃的な見出しとともに小さい絵がいくつかと文章がびっしり載っていた。

 

「愛の妙技、教えます! 初めてでも安心の性交秘法大公開! 濃厚遊戯と性感帯!」

「ぎゃああああああああ! でっかい声で音読しないでください!」

「深き繁みに隠されし渓谷……その終わりに現れる窪地の奥……貴兄らの目指す洞穴は」

「わあああああああああ! 小さい声でもだめですやめてください!」

「おや、意味がわかるのかえ?」

「わかりません! でもそこに載ってる時点で絶対変な内容ですよね!?」


 叫びつつ姫様の手から雑誌を取り上げ、バン! と床に押しつける。

 すぐに彼女の脇にあった雑誌もまとめて、上から重石のように手で抑えこんだ。

 今や顔も身体も火が出そうなほど熱い。汗が止まらない。

 

「なっ、なんなんですか、これは!?」

「エログロナンセンスの結晶だな」

「なんでそんなもの持ってるんですか!?」

「知的好奇心の探求ゆえに。ただのう、カストリ雑誌はさすがに買ってもらえなくてな。貯水池まわりの草むらとか橋の下で拾ってきたのだ」

「な……なんてこと……」


 姫様は大変な読書家で雑誌や小説をたくさん読んでいる。

 それらは新聞の広告などを参考に倉橋様に頼んで購入してもらったり、あるいは同じく読書家の奥様からお借りしたりするわけだけど、こんな雑誌は買ってもらえなくて当然だ。

 いたいけな少女姿の神様が読んでいいものじゃない。

 わたしは姫様の前で正座し真面目な表情を作った。


「姫様、世話役として申しあげます。元あった場所に戻してきてください。神聖な屋敷に、神の棲処に置いてあっていいものではありません」

「え~? せっかく見つけてきたのに……なにがいけないというのだ?」

「これは破廉恥極まりないです。不健全が過ぎます。高貴な婦女子の読み物ではありません」


 わたしの言葉に、姫様はどこか呆れたような眼を向けてくる。


「あかりよ。言っておくがわしは処女ではないし、なんなら二児の母でもあったのだぞ? それに高貴な生まれの女は春画で性教育を受けるものだ。これは現代の春画よ。妄想と誇張入り混じるところなぞそっくりではないか。呼び方が気に食わぬなら幻想怪奇画集譚とでも思えばよい」

「そういう問題じゃないです。今すぐ、ただちに、戻してきてください」

「断る。大体、わしは神ではあるが魔性の蛇でもある。蛇はその形状や威嚇姿より陽根を連想させ、交尾の濃厚さも相まって太古から人間どもに性の象徴として崇められてきた側面がある」


 むすっとしていた白髪の美少女は胸に手を当てると一転、ふわりと可愛らしく微笑んだ。


「よってこのわしが格別に性的興味を持つことは道理。性愛を探求するのも自然の摂理。なんならエロ本を供物として捧げてもよいのだぞ?」

「なんと言おうとだめです! それに万が一九摩留が読んだらどうするんですか? あの子はまだ子ども……じゃなくなっちゃいましたけど、あの子が目にしていいものじゃないです。速やかに戻してきてください!」

「あの行李には八重やえに結界を施してある。わしの許しがなければ誰も触れることは叶わぬ。問題ない」

「うううぅぅぅ……姫様ぁ……」


 どうしても譲ってはくれないらしい。

 真っ昼間からこんな会話をしていることも恥ずかしいし、そういった雑誌に手を載せていることすら恥ずかしい。

 こんなときに村の人が来たらどう言い訳したらいい? 九摩留はまだ薪割りをしているからいいものの、終わればこっちに来てしまう。


「あかりよ、少し落ち着け。これも立派な書のひとつ……表現者の豊かな発想と多種多様な価値観が詰まった叡智の結晶であるぞ。これにより己の見識を広げることができ、受け手の中にはそれによって救われる者もあろうて。とても素晴らしいことではないか」

「でもっ……そうだとしても! そういう露骨すぎるのはいやなんです! いやなんです――――!」

「ふぅむ、どうやらおぬしにはまだ早すぎたな。とんだ藪蛇であった。さてどうしたものかのう」


 姫様が柏手を打つとガクッと姿勢が崩れそうになった。

 手の下の雑誌がすべて消えて、かわりに少女の手のひらの上に載っている。

 彼女は口元に形だけの笑みを浮かべていた。


「あかりよ。性に興味を持つのは動物として自然なこと、決して悪いことではないのだぞ? なにせ生殖は本能なのだから。それに愛情表現の一種でもある。その具体的な内容を知りたい見たいと思うのは世の常よ。だからこそこういうものが存在するのだ。それに学校が腫物扱いしてろくに知識を与えないのも悪い。そんなものだからいい歳して接吻で子ができるなどとたわけた噂を信じる輩が出るのだ。……おぬし、そこはさすがにわかっておろうな?」

「み……みとのまぐわいをするんですよね?」


 じろりと眼光鋭く睨まれて、恥ずかしいけど仕方なく古事記にあるイザナギとイザナミの国生み表現を早口で言った。

 わたしに拝み屋の知識はないけど、記紀その他諸々は世話役の教養としてお父さんから浅く広く教わっていた。まさかこんな役立ち方をする日が来ようとは。

 でもこの回答では及第点に届かないのか、姫様の追求は続く。


「具体的には?」

「……あ……が身の成り余れる処をもちて、が身の成り合はざる処にさし塞ぎて国土を生み成さむとおもふ……」

「うむ、わかっているならよろしい。でもなぁあかりよ、ことはそう単純な話ではないのだ。そこに至るまでが、そして至ってからも非常に奥深い世界が広がっておるのだ。おぬしはその深淵、のぞいてみたいとは思わぬのか?」

「それは……」


 言いよどむと、少女はあ、と口を開けた。

 赤い半眼にじーっと睨まれる。


「さてはおぬし、それを汚らわしいとか気持ち悪いとか思っておるな? 愛をはぐくむ行為を恥ずべきことだと思っておるのだな?」

「っ……思ってません、けど、それとこれとは別ですッ。わたしは、その雑誌は過激すぎると言ってるんです」


 わたしだって一応お年頃、本当はちょっと……もしかしたらちょっと以上の興味はあるのだ。

 だからなんでもかんでも性的なものは規制してしまえ追放してしまえ、と思っているわけではない。それはちょっと違うと思う。

 でも顔をそむけたくなるような、あまりに刺激が強いものであっても困る。人には羞恥心というものがあるのだから。

 まずは手のつなぎ方や恋人同士がするような会話から教えてくれるものであってほしい。


「姫様、話をすり替えないでください。どうかお願いですから戻してきてください」

「おぬしもなかなかしつこいのう。……でもまぁあかりの言う通りではあるか。この手の読み物は過激なものも多いからの」


 姫様はふと真面目な顔つきになると手の上の雑誌を軽くにらみつける。

 急に風向きが変わったらしい。一筋の希望の光に目の前が明るくなる。


「未熟なものは衝動的になりやすい。これを読んで興をそそられ、軽率な真似をするやもしれぬ。そうなれば傷つくものも出よう。傷つくだけではすまない場合もあるだろうな」

「そ、そうです、おっしゃる通りです!」

「仕方がない。ではこれを元の場所へ戻してこようかの」

「姫様……!」


 やっぱり姫様は優しい。なんやかんや言いつつもこちらのお願いを聞いてくれるのだ。

 と思っていると、姫様がふと首をかしげた。


「ん? おやおや? でもそうなると困ったことにはならんかのう。誰でも自由にこれを読めてしまうではないか。九摩留もこれを読み放題集め放題になるのぅ」

「え? ……あっ」

「だがそれもやむなし。可愛い嫁御の頼みだからな、早速元の場所に戻してこよう。量が多いから九摩留と手分けして戻して――」

「あああああああ! 待って、お待ちください姫様!」


 慌てて引き留めると、彼女はきょとんとした顔でこちらを見てくる。

 赤い眼はどこまでも無垢に澄みきっていた。


「ん? どうかしたかえ、あかりや?」

「それは駄目です! やっぱり駄目です!」

「ははぁ、駄目とな。ではこれはどうしたらよいかえ? 教えておくれ、あかりや」

「ううう……うううぅぅぅ!」


 燃やしたい。もういっそ炎によって浄化したい。

 でも、これでも本好きの端くれ。それだけは言っては駄目だともわかっている。

 

「……しまって、ください……」

「はぁーん? よく聞こえぬのう?」

「姫様の行李に、しまっておいてください!」


 ニタァ、と。

 一瞬、姫様の口が耳元まで裂けた気がした。

 わたしが負けを認めると、少女はご機嫌そうに腰に手を当てて胸をそらせた。


「カカカッ、承知した! だから言ったであろう、あかりよ。わしはこの村の健全なる青少年を守るためにやむなくこれを屋敷へ持ち帰り厳重に保管しておるのだ。この活動はこれからも続けねばなるまい。なにせわしはこの里山の守り神、そこに暮らす若人の健全なる育成もわしの使命であるからな」


 言ってることがさっきと違う。全然違う。

 じとーっと少女を見ても、彼女はまるで意に介さない。カカカカカ! と大きく笑いながら悠然とした足取りで離れていった。

 一体、彼女の羞恥心はどこへ行ってしまったのだろう。


 徒労感にがっくりうなだれながら針仕事を再開すると、姫様が軽快な足取りで戻ってくる。

 そして隣でごろりと寝転ぶとふたたび赤い雑誌を読みはじめる。 

 

 今までわたしが読んできた本といえばお父さんが読んで可とした小説がほとんどで、雑誌だと料理や裁縫などの実用面を重視した婦人雑誌、ごくごく一部の映画雑誌に限られていた。

 もともと読む暇もそんなにないから特に不満はなかったけど。


「姫様、あのぉ」

「ん? なんだえ?」


 ページをめくりながら彼女はこちらを見上げてくる。

 先ほど姫様が見せてきた雑誌に比べれば――彼女が今読んでいる雑誌はすごく平和な雑誌といえるだろう。 

 うん、あのときはまだ未成年だったけど今では成人しているし、これくらいなら読んでもなにも問題ないだろう。

 多分、きっと、全然、問題ないと思う。


「それ、あとでお借りしてもいいですか……?」


 顔をあわせるのがなんだか恥ずかしくて、一心不乱に長着を縫いながら小声でお願いしてみる。

 くすっと笑む気配とともに聞こえた返答は、優しい声をしていた。


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