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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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57.道切り(2)

「よーし、とりあえずできたな」


 佐々木さんの言葉にわたしはほっと息を吐く。

 茣蓙ござの上には中太の長縄が二本まっすぐに伸びていた。そこへ炒った五穀を包んだ半紙に墨で蛇の目を描いたものを二つ頭部に取りつける。

 それだけでなんとも愛嬌のある藁蛇へ変身した。


 綱吊りも完成したようで、綱の端と端を持って引っぱると、木製のサイコロ、男女一対のふんどしと腰巻をつけた鹿島人形、エビ、タコ、タワシ、絵馬がぶら下がった。絵馬の面にはそれぞれ疫神除、厄神除と書かれている。

 サイコロとタコは多くの目、多くの足で悪いものを怖がらせ、エビは悪いものを跳ねのけ、タワシは悪いものを洗い落とし、鹿島人形は悪いものを通さないという。


 早速作ったものをみんなで持ち、庭を出てお地蔵さんが目印の村境へ行く。

 昨年とりつけたものはすっかりボロボロになり、エビとタワシ、蛇の目がなくなっていた。それらを下ろしてかわりに新しいものをつけていく。

 佐々木さんは吊った綱の下の道路を横切るように、道端に落ちていた木の枝で一本の溝を掘り、蛇の目玉にも使った炒った五穀を入れて埋めた。


「はい、みなさんどうもご苦労様でした! みなさんのおかげで今年の道切りも無事終わりました。これで悪いものは入ってこないでしょうけど、まだまだ寒い日が続きます。くれぐれも病気には気をつけてくださいね。では、解散ということで」


 佐々木さんの挨拶にあの騒ぎを感じさせるところはなにもない。

 みんなもおしゃべりしながらぞろぞろと帰路につく。

 わたしはその場にとどまり、人の波が引いたところで古い綱や蛇を片づけている佐々木さんに近づいた。

 くじに当たった彼はこれから田んぼか畑で一年間村を守ってくれた綱と藁蛇を燃やす。当たり役はやることが多いのだ。


「佐々木さん」

「はいはい、どうした?」

「林田さんですけど、今日のことは……寄合よりあいに?」

「んー……まぁ、言わないとだな。道切りをほっぽるだけじゃなく、お山様と世話役様のことまで言っちまったからな」

「そうですか……」


 寄合は大昔から定期的に行われている村の話し合いの場だ。

 村議会とはまた違って、年間の村仕事――様々な農作業や防火の見廻り、祭礼やお葬式といった家々の協力が必要となる地域に密着したあれやこれやがここで決まる。

 他にも家同士の揉めごとが大きくなった場合の仲裁、作物荒らしや共同作業の放棄といった村の秩序を乱した家に対する制裁決定を行う側面もある。

 仕方ないとはいえつい肩を落とすと、佐々木さんは苦笑した。


「かわいそうなのはわかるけど、これも決まりだ。それに寄合に報告しなくたって今からあっという間に広がるぞ」


 そう言うと彼は身を寄せあうようにして歩く女性陣の背中を見た。


「だからこそのけじめだ。報告して、みんなで話し合って、処遇を決める。林田さんはそれに従う。大丈夫、大したことにはならねぇよ。ずっとのことでもねえし」


 分厚い手がくるくると古い蛇を巻きあげる。

 綱吊りの方も同じようにすると彼は二組の輪を肩に通した。


「決まった期間きちっと従えば林田さんは元に戻る。みんなも一切遺恨を残さない。これで完全に仕舞いってわけだ。でも、それがないと林田さんは終わりのない、見えない処遇にさらされる。それはどんどん過激になるかもしれない。俺の言ってること、わかるかい?」

「はい、わかります」

「まー最初は林田さんでも先生が薪をくべたようなもんだしな、その辺も考慮されるだろ」


 あかりちゃんのこと言わなきゃ先生だって受け流しただろうに、と佐々木さんはわたしの後ろを見る。

 新しい藁蛇が巻きつく木のそばで泰明さんがこちらを見ていた。目があうと薄くほほえまれる。


「そんじゃ、ちょいとお焚きあげしてくるわ。これ以上先生待たせちゃ今度は俺が危ねえ」


 そう言うと佐々木さんは笑いながら去っていった。


「あかり、一緒に帰ろ。僕も屋敷に用があるんだ」


 わたしのそばに来た泰明さんは穏やかな笑みを浮かべている。

 本当に、林田さんと話していたときとは別人のようだ。


「はい、ご一緒させてください。……ところで泰明さん、意外と好戦的なところがあるんですね」

「僕の大事な家族を傷つけられたら、そりゃあね。僕だけだったらどうでもいいんだけどさ。あかりだって姫様の名誉を汚されたら怒るでしょ?」

「ええまぁ……確かに」


 もしも林田さんが姫様に悪意を持って悪しざまに言ったら、うん、自分でもカッとなってしまうだろう。

 泰明さんは歩きながらわたしの右手を取ると、ごく自然に彼の作業着のポケットに入れた。

 それがあまりにもさりげなくて、こちらも反応が遅れる。


「泰明さん!?」


 明るい村内でのこの行動に変な汗がどっと出る。

 慌てて手を引き抜こうとするも、がっちりと握られてしまい離すことができない。

 この状況、なんだか既視感がある。


「手がすっかりかじかんじゃったね。こうすればお互い温かくなっていいでしょ」

「だめですよ~泰明さ~ん。みんなに誤解されますよ~」

「ほっといたらいいよ、誤解なんて。僕の家族が風邪引かないようにすることのほうが大事だ。あかりは僕のこと、大事じゃないの?」

「大事ですけど!」


 反射的に叫んで、顔がぼっと熱くなる。

 泰明さんはわたしの大声に目を丸くし、ややして白い頬をほんのり紅潮させた。

 口元がゆるゆると柔らかく上がり、きょとんとした目が一転して嬉しそうになごんでいく。

 ふにゃっとした幼い笑みにわたしは言葉を忘れた。


「うれしい……。それならさ、あかり」


 耳元に顔が近づいてふわっと息がかかる。

 ポケットの中で繋がれた手が、きゅっと力を増した。


「僕に、君の家族だという証をくれないかな。僕は君のものだってみんなにわかるように、しるしをつけてよ」

「な…………」


 いつの間にか幼い笑みが消えていた。

 無垢むくから一転、堕落を誘うような妖しい笑みがこちらを見下ろしている。

 どろりと甘く暗さをはらむ声に、お腹の奥底がかすかにうずく。


「僕も君に同じようにするから。僕を家族と思ってくれているなら、ね、いいでしょ?」


 見つめた先の瞳は、陽の光が透けるせいか赤銅しゃくどう色に輝いていた。

 低いささやき声に思考が痺れる。


 印。家族の印ってなんだろう。

 よくわからないけど、家族ならまぁいいか。


 うなずきかけて……でも本当にいいのだろうかと待ったをかける。

 このままいいと言ったら、なんだか秘めごとめいた約束をするようで――それってなんだかよくないような?


 ぼんやりする頭を振る。

 何度も何度も振る。

 足元が頼りなくなって、地面に目を落とす。


 一瞬意識がはっきりして、でもそこであごに手がかかった。優しい手つきで顔を上向かされてしまう。

 綺麗な赤銅色の瞳と視線が絡んで、またぼんやりが始まった。

 頭に霞がかかっていく。


 なんだろう、なにかおかしい。耐えなきゃ。

 耐える? なんで? なにに?

 耐えなくても別にいいんじゃ――いやでも、それは。


「んー……手ごわいな」

『当たり前だ。わしの嫁だからな。耐性がついておる』


 どこかで姫様の声がした。屋敷からおりてきたのだろうか。

 仕事でなければ、屋敷を、空けることは、ないのに……あぁ、だめだ、ぼんやりする。


『泰明。わしは言ったぞ。正々堂々己の魅力だけで落とせと』

「これも己の身に備わったひとつだと思うのですけど。ところで僕の『眼』を勝手に使わないでください」

『おぬしこそわしの『眼』を使うな。人間なんだからもっと人間らしくやれ。泰吉の封じをいつ解いた?』


 泰明さんがポケットに入れていないほうの手と話している。

 ……いや、雀が手にとまっている?


「ごく最近ですよ。あと解いたのではありません、勝手に解けました。それより姫様、この『喉』はどうやっているんですか? もしかして『耳』もこの子経由ですか? なにかコツとか――」

『誤魔化そうとするんじゃない。いいからさっさと屋敷に来い。少し灸をすえてやる』

「いいじゃないですか別に、ちょっと試してみるくらい。それにこれが効いたところで取って喰おうとは思っていませんよ。みなさんに僕とあかりの仲がわかるよう、首にあとをつけるだけです」

『今のおぬしは九摩留以上に信用できぬ。それだけですむものか。気が立っているのはわかるが一時の感情に流されるでないぞ。後悔するのはおぬしなのだから』


 雀が手から飛び立ってわたしの肩にちょんと乗る。


『あとその『眼』な、人の身で使うと反動が凄いから覚悟しておけ』


 ふわりと白檀の香りがし、二月の凍えるような風が吹く。


「んっ、寒……!」


 刺すような冷気に一気に目が冴える。

 意識がシャキッとして、一瞬ここがどこだかよくわからなかった。

 ……そうだ、道切りから帰るところだ。


「泰明さん、どうかしました?」


 目の前の青年が空に目をやって口をへの字に曲げている。

 視線を追うと、雀が山へ飛んでいくところだった。


「なんでもないよ。さ、帰ろっか」


 泰明さんはこちらに顔を向けると黒の瞳を優しくなごませる。

 歩き出す前にそっと手を引っぱると、今度は抵抗なくするりと引き抜くことができた。


 ホッとしつつも、でもほんのちょっと寂しさを感じてしまう。

 困った矛盾を抱えながら、彼と並んで山に入る道を歩きだした。

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